小説「海と陸の彼方へ」

 

第一章ブエノス・アイレスの輝き

 

第2話……悪魔のように可愛い女エヴィータがモデルとしてデビューする

 

前書き

ルドラは前エピソードに於いてマル・デル・プラタで沿岸漁業を推進した。その後漁業は発展し、サバ缶、イワシ缶などを製作する缶詰工業も盛んになったようである。262年後のマル・デル・プラタに飛ばされたルドラはシヴァ神に言われたとおりに鉄道でブエノス・アイレスまで行き、日系人カフェで中田という日系人4世に会う。彼からは資本金を出してくれと頼まれただけだったが、カフェで悪魔のように可愛い女の子エヴィータと出会う。彼女はシャルロッテのような悪女であった。見かけは天使、中身は稀に見る悪女という典型的な悪魔である。

 

本文

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登場人物「1934年1月1日時点」
主人公ルドラ14歳。手持ち現金600万アルゼンチン・ペソ。金塊29トン。ルドラ映画産業㈱会長兼オーナー「資本金6千万アルゼンチン・ペソ」。
ノンヴィグノン「Nonvignon」20歳。ルドラの正妻。元ダホメ国王ウェグバジャの正后。穏やかで母性あふれる女性。マッスーファ族「Masufa」出身でシャルロッテに負けず劣らずの美貌の持ち主。
ハングべ「Hangbe」3世女0歳。ルドラとノンヴィグノンの娘。
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部下
タリオ「勇敢な戦士」21歳。ルドラの部下。ルドラ缶詰工業㈱専務。ルシエンヌの兄。シワトルの夫。カリブ族の男。獰猛。格闘技の達人。
シワトル「花の女神」28歳。タリオの妻。元タバスコ領主の妻。聡明で美しく、性格は穏やかで優しい。
ルシエンヌ「明るい」19歳。カリブ族の女。女戦士。弓矢「毒矢」の達人。
モンバナ「高い山」男1歳。ルドラとルシエンヌの間の子。
カノア「風」40歳。ルシエンヌの父親。
アマタ「永遠の」38歳。ルシエンヌの母親。
ヘロニモ・デ・アギラール30歳。スペイン人。元コルテスの部下
イシュトゥル 「Ixchel」19歳。アギラールの妻。
パカル 「Pakal」男4歳。アギラールの息子。
ゴンサーロ・ゲレーロ28歳。スペイン人。
イディア・ンジンガ17歳。ゲレーロの妻。酒好き。陽気なアマゾネス。時々姿をくらます。
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その他の人々
マリア・エバ・ドゥアルテ15歳。日系人カフェの女給。悪魔のように可愛い女。高みに連れて行ってくれる男を求めて突進する。手段は選ばない。
カタリナ・エバ・ドゥアルテ19歳。マリアの姉。レストラン&バーの女給をしていると言うが。
中田ボニファシオ37歳。日系人4世の男性。カフェ、レストラン&バーの経営者。
高梨アデルミラ31歳。日系人4世の女性。麻雀店、ビリヤード場の経営者。
レティオ・チュチョ32歳。メスチーソ。エステル・ラジオのプロデューサー。賭博好き。
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大型ガレオン船1隻「2,000名乗り、改良野戦大砲500台搭載」小型ガレオン船10隻「100人乗り、改良野戦大砲30台搭載」、キャラック船50隻「500名乗り、改良野戦大砲50台搭載」、砲丸5万発、後込め式小銃10万丁、弾丸500万発。馬5,000頭。荷馬車500台。
傭兵部隊「シラジの女奴隷軍500名、元ベニン王国黒人女奴隷軍500名」
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南アメリカ
帝国書院「地歴高等地図」P75,76

アンデス越え
帝国書院「新詳高等地図」P82

1934年10月2日火曜日午後10時:チノ・エル・ビエホ
震えているカタリナを日系人カフェの前まで取り敢えず連れてきた。

ボニファシオがバーから出てきてカフェの裏手にある従業員宿舎を教えてくれた。ここの一室にマリアとカタリナが一緒に住んでいる。隣の部屋が空いているから今日はそこで寝てくださいと言われた。

カタリナたちの部屋のドアをノックすると、マリアが出て来た。

姉さん、どうしたの?

ルドラが事の顛末を話すと、マリアは震えだした。

おい、どうして震えているんだ。そいつはカタリナの首を締めて殺そうとしていたから俺が救ってやったんだ。車には火を付けて爆発させたから証拠なんて残っていない。心配するな。

そうじゃないのよ。お姉さんはポン引きのルシオ26歳から紹介されて金持ちの客を取っていたのよ。警察がルシオに聞けば全部白状してしまうわ。

そうか。ルシオが普段何処に居るか知っているか?

貴方が客と揉めた路地の向かい辺りに車を何時も停めているわ。

ルドラとタリオはすっ飛んでいき、アメ車の中に居た男を引きずり出して身元を確認しました。身分証にはルシオ・イポリト26歳とあります。ルシオが管理している娼婦たちの身分証もありました。一枚ずつ確認すると、カタリナの身分証も出てきました。

ですが、名前がカタリナ・エバ・ドゥアルテではなく、カタリナ・イルデフォンソ19歳となっていました。マリアの姉だと言うのは嘘ですね。

ルシオを脅すと客の身元をすっかり白状しました。金持ち客のリストを持っていたのでそれも出させました。こんなやつを生かしておく理由もないのでルドラは首を絞めて殺し、さっきと同様に、油を撒いてから火を付けました。

さっきの車はすっかり燃え尽きていました。タリオが覗き込んでみますと死体はまっ黒焦げになっており、何処の誰か判別のつかない有様です。

ルドラはこの世界に来てからふたりも殺してしまいましたので流石に反省し、足が付かないように葬儀社と火葬場を経営しようと思いつきました。ルドラ映画産業㈱を親会社にして、ルドラ缶詰工業㈱、ルドラ葬儀社㈱を子会社にすれば良いのです。

1934年10月3日水曜日午前7時:チノ・エル・ビエホ
ルドラとタリオはモーニングセットを二人前注文し、チップ込みで20ペソを前払いしました。

マリアとカタリナが入れ代わり立ち代わり、ルドラのところにやってきます。昨晩のことが心配なのでしょう。

殺人現場とこの店は通りが違うし、警察もここまでは来ないだろう。だからそんなに心配するな。

と安心させるつもりでルドラが言ってやると、それぞれ答えることが違います。

マリアは「あれからレティオさんの方はどうなったかしら」と聞くし、カタリナに至っては「ルシオが死んだので私はお金持ちのお客さんを失ったわ。どうして生活を賄っていけば良いのかしら。ルドラさん、何とかしてよ」と言う有様です。

そこにレティオからルドラ宛に電話が掛かってきました。初めての電話なので緊張しながら受話器を取ると交換手の女性が出ました。

エステル・ラジオのレティオさんからのお電話ですが、お繋ぎしてよろしいですか?

勿論だ。繋いでくれ。

レティオに代わった。

ルドラさんか。この間のラジオパーソナリティの話だが、無かった事にしてくれないか?

何だと。今更どういうことだ。返答次第では只ではおかんぞ。

いやね。俺の方も調べてみたんだが、マリアさんは15歳だろう。18歳未満は雇えないんだよ。

正規の職員にしろと言っているわけではないんだ。アルバイトでも良いんだよ。

アルバイトも社則で無理なんだ。申し訳ない。

がちゃんと切られた。

マリアが不安そうにルドラを見ている。このままでは俺が嘘を付いたとマリアに思われてしまう。

ルドラは困ったが、ぱっと思いついた。昨晩殺したルシオが客の名簿を持っていたな。

ルドラが客のリストを一枚ずつめくるとフェルナンド画報㈱社長ベンハミン・グラナド39歳の名前があった。

ルドラはフェルナンド画報㈱に電話し、ベンハミン・グラナドを呼び出した。

ルドラが軽く顧客リストの話を持ち出し、今から会社に伺いたいと申し出ると、向こうの方からここへ来ると言い出した。30分後、ベンハミンはカフェに現れ、ルドラと2,3分話したあと彼はマリアと面談した。

ベンハミンさん、結果はどうかね。

ルドラさん、良い子を紹介してくれた。うちとしては彼女を読者モデルとして使いたい。

マリアはまだ15歳なんだが、それでも良いのかね。

水着のモデルとしては使えないが、ちゃんとした服を着させれば大丈夫だ。彼女と話をさせてくれ。

ルドラはマリアを呼び、エステル・ラジオのレティオが18歳になるまでは雇えないと断ってきたが、フェルナンド画報㈱さんがモデルとしてぜひ使いたいと言っているんだがどうするね。

ルドラさん、どうもありがとうございます。フェルナンド画報㈱さんのお話をお受けさせていただきます。

そうか。それは良かったが、カタリナにお前の姉のフリをさせるのは以後やめろ。どうしてそうしているのかは分からないが、嘘がバレるとややこしいことになるぞ。

分かりました。そうします。

ルドラとタリオは土地・建物を探しに、ブエノス・アイレスの不動産屋に出掛けた。

☆不動産屋
5月広場とサン・マルティン広場の間を結ぶ繁華街のど真ん中に地上5階地下2階のビルを見つけた。当面はここで良いだろう。20万ペソと言われたが、15万ペソに値切り現金で購入した。勿論ルドラ映画産業㈱名義である。ついでに自動車のディーラーに寄ってアメ車を2台購入した。中古だから合計6万ペソで手に入れた。

最上階は全フロアをルドラが自宅として使用する。1階はレストランと映画館など堅気の店が入り、地下1階はマッサージ店などが入る。地下2階は駐車場だ。リフォーム費用に5万ペソを費やし、完成は1ヶ月後である。

郊外に土地と建物を購入し、火葬場と葬儀社を建築した。これには10万ペソを投資した。来月完成である。

すべての手配を終えて、中田のカフェに顔を出してみると、カフェも隣のマージャン店も暴漢たちの手によって取り壊されていた。呆然と廃墟にたたずむ4人。

泣きぬれている高梨アデルミラに事情を聞いてみると、借金があったそうだ。

中田ボニファシオがグラノジェルス金融㈱に50万ペソを借り、高梨アデルミラが連帯保証人になっていたそうだ。

今までは月々の金利を収めればそれで良かったのだが、この場所にナイトクラブを開くことが決まったそうで、今日突然現れて50万ペソ耳を揃えて返せと言われた。

今までは月利5,000ペソだけを支払えば良かったので、5,000ペソしか用意してなくてどうにもならなかった。

ルドラがグラノジェルス金融㈱の経営者の名前と住所を聞き、取り敢えずひと月後の火葬場の完成を待つことにした。

4人にはルドラビルに泊まるよう言い渡し、それぞれに当座の生活資金として、2,000ペソを渡しておいた。

1934年11月3日土曜日午後7時:ルドラビル5階
ひと月後、リフォーム完成祝いとマリアのモデル進出を祝って盛大なパーティーを開催した。マリアの母親と妹がルドラを見つけ挨拶した。

私がマリアの母親フアナ・イバルグレン40歳です。この子は末娘のエルヴィラ・ドゥアルテ12歳よ。何時もマリアに良くしてくださって感謝しています。

ルドラはフアナの腕を取り、キスを浴びせかけました。ああ、フアナよ。貴方がそんなに美しいからマリアのように可愛い子が生まれたのですね。マリアさんとエルヴィラさんの他にお子様はいらっしゃらないのですか?さぞかし、お美しいお子様たちでしょうに。

どうもありがとうございます。他にも4人居たのですが幼くして亡くなってしまいました。父親も5年前に亡くなり、母子3人だけが残ったのです。

そうでしたか。それは大変ですね。それではこうさせて下さい。フーニーンの田舎からブエノス・アイレスに出てこられたと伺いました。このビルの一階にある映画館の支配人のポストが空いているのです。出来ましたら貴方にお願いしたいのです。給与は毎月2,000ペソ「約27万円」差し上げます。住むのは5階の一角に3LDKの離れがありますので、そこに住んで下さい。

この魅力的な申し出にフアナは気絶するほど驚き、ルドラにキスの嵐を浴びせかけルドラを強く抱擁した。

ルドラはフアナに当面の支度金として5,000ペソと前払いの給与2,000ペソを渡した。彼女たちは5階の離れに荷物を置きに上がり、ルドラはカタリナとゴンサーロ・ゲレーロ夫妻をその場に呼んだ。

ゴンサーロ。お前に仕事を頼みたい。

はい。どんなことでもお申し付け下さい。

このビルの地下一階にマッサージ店を作ったのだが、お前に経営を任せたい。マッサージ店と言っても要は売春宿だ。

客はベッドの使用料金100ペソ「約13,500円」を支払い、女の子とは別途交渉するのだ。

カタリナもやり方は分かるだろう。ポン引きの代わりに店がお前たちを客から守るわけだ。

はい。良く分かります。料金は私が客と話し合って決めるわけですね。

そうだ。100でも200でも好きな金額を客に伝えれば良い。店の電話を使って常連客を呼んでくるのも構わない。

☆グラノジェルス金融㈱社長カジェタノ・グラノジェルス32歳邸
その日の深夜、ルドラ、タリオ、アギラールの3人は屋敷に忍び込み、カジェタノ・グラノジェルスとその妻を拘束した。覆面をしており、身元がばれる気遣いは無い。

何が目的だ。金ならいくらでもやる。命だけは助けてくれ。

いや、金には不自由していない。お前を痛めつけてやりたいだけだ。取り敢えず手持ちの債権リストをここに出せ。

ははーん。お前らは債務者だな。債務をチャラにしようというつもりだろう。名前を言えば債務をチャラにしてやるよ。

馬鹿め。名前など言うものか。おい。30秒以内にこいつが債権リストを出さなければこの女の首を締めろ。

10も数えないうちに女は失禁し、男はリストの場所と金庫の在り処を教えた。

ルドラは債権リストを燃やし、カジェタノ・グラノジェルスに白紙の借用書を描かせ、妻アドリアナ・グラノジェルス24歳に連帯保証人のサインをさせた。期日は昨日の日付である。すでに焦げ付いた借金でカジェタノ・グラノジェルスの財産はこの時点ですべて奪われたことになる。実在しない男の名前を誰かに書かせ、ルドラがその男から買い取ったことにすればルドラは善意の第3者となり、罪に問われることはない。

今回はここまでにいたしましょう。次回をお楽しみに。

 

後書き

ルドラはカタリナの首を締めていた顧客を殺したことで顧客をカタリナに斡旋したポン引きのルシオを始末しなければいけなくなる。ルシオから顧客リストは押収したがふたりも殺害した見返りとしては少なすぎる。ラジオ会社のレティオから18歳未満(マリア)は雇えないと断ってくる。困ったルドラが顧客リストからフェルナンド画報㈱社長を見つけ出し、彼にマリアをモデル雇用させることに成功する。中田と高梨の店が壊された報復を計画し、見事に成功する。