若かりし病床の頃、異性に対する憎悪と愛情が、なぜか頻繁に鬩ぎ合っていた時があった。

当時、鬱状態の中で理由なき憎悪がいつも優勢になり、病状の悪化の原因ともなっている

トラウマが、自己判断を鈍らせていたように思う。

対象が異性であったのは何故か、今となれば、概ね見当はつくが、機会があれば何時か

書こうと思う。その頃は、死に対する恐怖からの回避だったのか、はっきりしない。

いま老いて、人間の誇りは自身を生き切ることと確信する。そして、欲望との決別、

失望や落胆は時の流れに置き去り、引きずらないことと決めている。

火葬場の主役は、もう少し後らしい。僕を今生かしているのは、おそらく、わずかな男性

ホルモンかもしれない。

名演出と名演技、目標と人生の情熱は終わりまで枯らせてはいけない。

逃げ場はもはやないのだ。そこで、老いを奏でるための可愛い悪事を、僕は密かに企む。

どうだろうか、今夜あたり。