このように「尋常行儀の事」では
祖師大師が終生志したように上求菩提・下化衆生を誓い、
「臨終用心」では、
来世での密教との邂逅を懇願しての
御宝号の念誦となっています。
法然や親鸞などが推奨した極楽に
往生するための信仰としての「南無阿弥陀仏」とは、
質的に異なることといえましょう。
法然などが推奨した阿弥陀浄土信仰が
盛んになりはじめた折に、
真言密教における浄土信仰の形成を試みたのが道範であり、
『秘密宗念仏鈔』とされます。
この中に披露される密教の阿弥陀信仰は
大日如来の一徳である妙観察智を司る阿弥陀如来であり、
その智を獲得するための阿弥陀信仰とします。
より肝要なのは
自らに備わる大日如来と等しい本来の覚性である
菩提心を開顕することを真言教学の阿弥陀信仰と
論じています㉔。
註
㉔『秘密宗念仏鈔』(『増補真言宗安心全書』下・p.225-266)