生命とは何か。

人はどこから来て、どこに行くのか。

人間が存在する意味や目的は何であるのか。

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生命に関する素朴にして本質的な疑問を、

1200年前に自らに問い質した人物がいる。

 

真言宗の開祖弘法大師  空海である。

 

空海は、〔この身このままに仏になる〕

という即身成仏の教えを唱えたことで知られる。

 

即身成仏とは、

いかなる人も大いなる生命のひと筋の顕れであることに

目覚め、自らの神聖性を輝かせること

と言い換えられる。

 


空海は、

十八歳の時に将来を嘱望され

最高学府の大学に入学するが、

程なくして山林での修行に明け暮れる日々を重ねることになる。

 

 

儒教・道教・仏教という

空海自身の意識の変遷を克明に綴った

『三教指帰』には、

虚空蔵菩薩の真言を百万遍唱える修行で感得した

神秘的な体験により、

自己存在や生命の本源に気づくことになり、

その本質を究めたいという想いを日毎に募らせていく。

 

 

肉や酒はいうまでもなく五穀を断ち、歌舞を遠ざけ、

替わりに大気を操り呼吸を調える修練により、

生まれながら身体に具わっている能力を発揚させるとともに

不老長寿をも得たことを告白している①。

 

 

修行中の食事の摂生をはじめ、

身心を鎮める呼吸法などは、

飽食の時代を満喫する現代人が講習で眼にする健康法や

ホリステック医療の現場のメニューやプランなど髣髴させ、

1200年ほど前の書物である『三教指帰』が色褪せてみえない。

 


「生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く、死に死に死んで死の終わりに冥し②」という死生観に翻弄されながらも

空海の想いは自然に、山林での修行から

生老病死の超克を謳う仏教へと向かっている。

 

 

仏道修行で求道し続けて巡り逢うのが

『大日経』という経典が開演する密教であった。

 

 

釈尊が人々に応じて説法する教えとは異なり、

密教は真理の光そのものである大日如来が

直々に説き明かす肉身に仏を顕現する教えであった。

 

 

『大日経』には生きとし生ける

動物・植物・魚類・虫等にいたるまで、

あらゆるものが大いなる生命の光り輝く顕れであり、

山川草木等の自然の風景も深淵なる如来の心境の映しと論じられる。

 

 

「禽獣卉木皆これ法音なり④」と聴く空海には、

獣や鳥類の声や草木の揺らぎさえも、

霊妙なる真実の説法と響いていた。

 


大日如来の世界を具象的に表現するものに、

四百を超える仏・菩薩・明王等を描いた曼荼羅がある。

 

 

 

諸尊は大日如来の円満なる智慧と活動を現し、

仏・菩薩の一尊一尊にはすべて、

中尊の完全なる円満性が備わっている。

 

 

人間も大日如来の顕れとして生をうけ、

如来の本質と等しい生命を輝かせて、

それぞれの想いを成し遂げて本源に帰一する存在、

つまり生あるものすべては、

大いなる存在の智慧(普遍なる神聖意識)によって活かされた生命を生きることになる。

 


科学文明を謳歌する現代人には、

大いなる存在などは遠い世界の御伽話か

夢物語のように響くのかもしれない。

 

 

ここ数十年の科学・技術の進展には目覚ましいものがあり、

人々はその恩恵を被って豊かな生活を享受しており、

科学の更なる伸張はますます人間や社会を

快適なものにしていくであろうと信じてやまない。

 

その一方で、

科学の急速なる進展により、

地球の温暖化やオゾン層の破壊、

森林の砂漠化などの環境問題が発生し、

有限な資源に依存しているエネルギー問題も顕著になりつつある。

 

 

 

数々の難病を克服し、

長命を獲得することに貢献している医療の分野でも、

現代病をはじめとする病いは尽きることはなく、

デザイナーベービーやゲノム操作などの

遺伝子を巡る様々な問題も山積みになっている。

 

遁れることのできない身近な課題としての死や老いは、

ひとり一人の前から離れることはない。

 

 

これらの問題も将来的に生命科学などによって

解消され克服されてゆくと期待が高まる中で、

科学自体の行き詰まりを憂いる声も聞こえている。

 


世界の情勢はますます混迷を極めており、

国内に眼を移しても東日本の大震災以降、

全国で頻発する地震や火山の噴火及び自然災害を

数多く経験したことにより、

これまでに築いてきた文化や価値観が変容しつつある。

 

 

機会ある毎に持続可能な世界と

新たなる価値観の構築が議論され、

グローバルな視点に立った意識の改革が求められている。

 

システム哲学者アービン・ラズロは『マクロシフト』

新たなる世界を目指すために、

古き神話である自然は無尽蔵にして巨大な機械である・人生は生き残りのための闘いである等との決別を宣言し、

惑星的な意識の回復を求めてやまない。

 

 

さらに

『叡智の海』では情報体としての宇宙を明かし、

物質・生命・意識を統合する理論の構築を提唱している。

 


先端の科学者が

二十一世紀の課題として口を揃えるのは、

生命・心・宇宙の解明である。

 

 

「人間は生命の神秘を解きあかす力をもつ心を授かっている」と諭し、

「人間が宇宙的存在としての

自らの尊厳を肉体的自我以上に自覚すれば、

この世界は平和になることだろう。⑤」

 

と、心(意識)と生命の尊厳への目覚めを促したのは

ほかならぬアインシュタインであった。

 


ロバート・デッキーは

宇宙が必要として知性を持つ人類を生み出したという

「宇宙の人間原理」説を唱えた。

 

「観測者としての人間がいるから宇宙が認識され、

記述される」と発展させるのは

ブランドン・カーターである。

 

 

アストロバイオロジーの研究で著名な松井孝典博士⑥は、

物理定数や宇宙定数などを背景とする

宇宙論に携わる研究者であれば、

一般論としてこの原理を否定する理由は見あたらない

と紹介する。

 

 

人間原理に従うならば、

人間の知性は宇宙の真意なるものを解明するために、

より一層深まり進展することが望まれる。

 


情報の社会といわれ、

心の時代が持て囃された1996年頃に、

いち早く心や意識の問題に取り組んだ脳科学者に

松本元博士⑦がいる。

 

 

脳科学をはじめとする自然科学は、

ようやく「心」や「人とは何か」

という課題に到達しようとしている、

この何かを科学的に解明できないとしたら

自然科学としては不十分であると自らに課せられた。

 


これまで宗教や哲学の分野で扱われてきた心や意識が、

現在では自然科学の分野からの検討が試みられている。

 

 

意識を脳内のニューロン情報の集積、

或いは光フォトンの凝縮体、

また脳が想定するモデルと捉えるなど、

様々な考えが提出され、

その所在についても細胞内のミトコンドリア、

細胞中の水分子などとする報告が散見する。

 

 


意識を現代科学的にみると情報であり、

しかもエネルギーをもつ可能性をも示唆する

とされるのは奥健夫博士⑧である。

 

 

 

現行の心や意識の研究は

心理学・認知学・神経学などに大別されるが、

いずれも現象を測定する科学的な検証であり、

意識の本質的な解明までに届いていない、

と疑問を呈せられる。

 

 

心の発生を研究する新たな意識理解の視点として、

脳を量子レベルにまで究明され、

量子脳理論による解釈を提案される。

 

 

量子脳理論では

意識や心を「光の集合体」と解する。

 

 

心や意識は

「光」の波動と類似した性質をもっており、

人体もある種の光が人体の原子に凍結し、

全身を調和させていると論じられ、

ラリードッシー⑨が唱える

第三世代の非局在医療を超える

意識の健康学(意識情報エネルギー医学)を構想される。

 

 

 

原子核工学者の山田広成博士は

「電子には意志がある」⑩という説を

25年以前から唱えている。

 

 

電子は波動ではなく粒子であり、

電子にはそれぞれに個性があると主張され、

電子も人間と対話し干渉し合うので、

物理学の対象となるといわれる。

 

電子は宇宙がビッグバンによって始まる

138億年前から不変なるものとして存在する。

 

 

電子に意志があるということは、

鉱物や動物・植物はいうまでもなく、

微生物や菌類にいたるまで

意志をもっていることになる。

 

 

人間は六〇兆もの細胞でできているが、

細胞を構成しているのも電子である。

 

 

山田博士は危機に瀕している地球文明を眼にされ、

生命現象を扱う新たなる量子生命科学と、

共生主義を根本とする量子哲学による

恒久平和論を提案されている。

 

 

ホリステック医療を先駆けられている

帯津良一博士⑪は、
仏教の意識論を象徴する

阿頼耶識を生命現象の場と看破され、

その本性としての虚空のいのちの場を対象とする

霊性の医学(大ホリステック医療)を唱えられる。

 


マクロからミクロに及ぶ自然科学における

意志や意識の扱いからも想定されるように、

今世紀の課題である宇宙・生命・心(意識)は

個別の問題ではなく、

ラズロ博士が描く情報体としての

宇宙の有り様と緊密な関係を暗示している。

 

 


空海は薩般若智(如来の智慧)による即身成仏の世界を、

我則法界・我則大日如来・我則一切菩薩⑫と明かした。

 

薩般若智は今日的には普遍的意識・神聖なる意識とも置き換えられるが、この智の開顕には日常の意識や認識からの脱却・転換が求められる。

 

 

通常の常識を転じて調和した如来の普遍的な意識に昇華する意識の質的転換を仏教的には「転識得智」と呼ぶ。

 

 

転識得智に不可欠なのが、

宗教的な瞑想であり祈りである。

 

 

祈りを願い事ではなく

「神のみ声を聴くこと」と明言にしたのは

マザーテレサ⑬であった。

 

 

世界的な遺伝子研究者にして

サムシンググレートで知られる村上和雄博士は、

祈りを「生命の宣言」⑭にまで高められている。

 

 


宗教の本質は、

本来この世的な御利益や願望成就・病気治しではない。

自らの意識を高め神聖そのものである普遍的意識を開き顕わすためにある。

 

 

即身成仏を展開する密教の特徴は、

意識を転換するための祈りの方法を

個々人に応じて開示する多様性にある。

 

 

神聖なる意識を顕現することは、

大いなる存在としての自身の生命を輝かせること

に通じると思われる。

 

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※注
①『三教指帰』
②『秘蔵宝鑰』
③『大毘盧遮那成仏神変加持経』
④『遍照発揮性霊集』
⑤『アインシュタイン、神を語る』
⑥『生命はどこから来たのか?』

3
⑦『愛は脳を活性化する』
⑧『意識情報エネルギー医学』
⑨『祈る心は、治る力』
⑩『量子力学が明らかにする存在、意志、生命の意味』
⑪『大ホリステック医学入門』
⑫『吽字義』
⑬『マザー・テレサ 愛と祈りのことば』
⑭『人は何のために「祈る」のか』