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     古都のブログ小説 京の鐘844 

 

 

 

 志乃の鮮やかな舞の手は、水が高い所から流れ落ちる

 ように、ごく自然に運ばれていた。

 

 

 

 

 だが、そこには何の不自然さもなかったが、

 胸の内では今の自分が、どこの誰かとの不可解な

 問いかけが、

 往きつ、戻りつを繰り返していたのだ。

 

 

 

 

 抑々、父のような年上の秋山と出会ってから、

 彼を愛し、

 彼の指示で夢にも想像できなかった舞や、歌など、

 初づくしの芸事に遭遇し、

 たくさんのファンからの熱い歓声や盛大な拍手に包まれて

 いる自分が信じられなかったのだ。

 

 

 

 

 私の何処に、このような人前で恥じらいもなく、

 この道一筋に鍛えられた舞い手になっている自分が

 理解できなかったのだ。

 

 

 

 

 唄の文句の合わせて舞う手振りも決めるところは

 しっかり決め、流れを留めることもなく

 舞い進む

 自分を飲み込むには時の流れが速すぎた。

 

 

 

 

 秋山は淀みなく舞い進む志乃を見ていると、

 自分が知っている志乃とは思えず、

 大胆な振り付けにも、

 怖気ることもなく素直に舞う志乃に、手の届かない、

 別人格を持つ、

 もう一人の志乃が独り歩きをしているようで怖さが

 吹き荒れていたものだ。

 

 

 

 

 舞は何事もなく綺麗に舞い収め、

 万雷の拍手の中、終わるものと思っていた秋山が

 想像もしていなかった志乃の仕草に

 仰天した仰天したものだ。

 

 

 

 

 志乃は本物の格式ある家柄らの七代目の家元のように、

 センターで両手を広げたあと、

 右手へ向かって片手の袖口を抑え、優雅にお辞儀をし、

 返しに左手へ向き直り、

 片手を広げ、まるで一幅の絵のような流れに、

 観衆から最大の歓声と、

 盛大な拍手が贈られ、中々引きが出来なかったが、

 下手にいた秋山の元へすり足で来て、

 舞のように胸に飛び込もうとしたが、その寸前に

 穂香が飛び出て、

 かっしりと志乃を受け止めてしまったのだ。

 

 

 

 

 とんだ、爆笑の一幕であったが、秋山はホットしたが、

 少しの口惜しさも混ざった顔で、二人にやけくその拍手を 

 贈った。

 

 

 

 

 気のせいか、志乃の顔が歪んだように見えたのは独りよが

 りであったかも知れなかった。

 

 

 

 

 お捻りがあちこちから舞台に投げ入れられる中、秋山は志 

 乃や穂香ら出演者たちをつれて舞台中央に進み出た。

 センターマイクでこの出来事が気になり

「このシーンは予め決めてあったの」

 と聴くと

「いえ、舞納めをする直前に尺の長さが

 かなりあったので、これをとっさに振ったのですが、

 やはり身勝手なものだったでしょうか」

 

 

 

 秋山がこれに応えようとすると

「かっこ、よかったよ」

「あれが、あっての今夜の舞が・・」 

 外野から、盛んに志乃の舞い納めに異議なしを繰り返し、 

 秋山が一声も出せず、

 幕が下りた。

 

 

 

   古都の徒然