古都のブログ小説 京の鐘822

 

 

 9月1日、新・おわら街流しの本番の日を迎えた。

 

 

 

 幸い天気もよく、暑さも、そこそこで、猛暑の夏を、

 たった一日で、

 秋へと見事に季節変わりをしていた。

 

 

 

 街流しの先頭を行く、京都・新・おわら街流しの横断幕が

 届いたので、

 交代要員を含め、担当のADから四人の女子大生が

 立ち位置の確認や歩く歩幅などの指導を受け、

 次第に緊張感が高まっていた。

 

 

 

 スタート地点から、この横断幕を持つ女の子たちが

 いきなり秋山の元へ走り寄って来た。

 

 

 

 「せんせ、うちら、

  まさか行列の一番先頭では無いですよね」

  と、早々と泣きを入れた。

 

 

 

 「君達が一番先頭を歩くのは知っているはずだが・・」

 秋山の一言で、

 半泣きとなり、慌てて穂香や奈菜が側に来て、

 四人を宥めているうちに、

 大学名を書いた小さなパネルを持つ子らが

 「怖い、怖い」  

 と、譫言のように繰り返し、奈菜や穂香らを呆れさせた。

 

 

 

 現場の喧噪に気押されたか、胸が高鳴る女の子たちに

 引きずられたか、秋山まで

 「どうも、俺も、まだまだな」

 これまで、

 数多くの場数を踏んで来た経験も、毎回、初もの企画の

 スタート時は少々、

 気が重いのはよくある事なのだが・・

 

 

 

 つい、半月前に開催したあの五山送り火では、

 まったく感じられない格別の切迫感が

 身を揺すり、

 何事も少し、上ずっているのには正直、参った。

 

 

 

 先ずは観客との距離感がまるで異なることだ。

 

 

 

 五山送り火はラジオのサテライト・スタジオのような

 テントの中での番組進行とは、

 何事も違い過ぎた。

 

 

 

 スタート地点から少し離れてはいたが、

 両脇にM社とT社の女子アナが肩を並べてのスタートで、

 余裕があったのは両社の女子アナだけで、

 肝心の秋山には扱うものが有り過ぎて、今回はMCと演出

 との二役は、いささかに気が重かった。

 

 

 

 朝のゲネプロ

 (ノン・ストップでの本番そのまんまの通し稽古)では、

 司会の二人のアナは完璧で、

 秋山だけは思いついた事だけ話すので、

 そこは飛ばして、

 タイムだけ進ませての進行で緊張感など、

 まるで無かったのだが。

 

 

 

 この日、

 本気で緊張していたのは意外とカメラ班の方で、

 カメラテストで構図を決めていたはずなのに、まさかの、

 本番の日になって、

 気にいらないことが続出し、M社までカメラのセット位置

 の変更を云い出したりして、

 ゲネプロの開始が大幅に遅れたほどだ。

 

 

 

      古都の徒然 耳を澄ませて・・

 

 

 

 

  NKKBSPより

 

 先月の終戦記念番組の一つで、

 俳優の吉永小百合さんが先の大戦で戦没された

 若き学生画家の

 日高康則残さんの作品が展示されている

 長野県上田市の

 山中にひっそりと佇む美術館・無言館内で、

 (戦没学生慰霊美術館)

 戦後50年を経て、モデルとなった女性から届いた

 心の籠った感想文を、俳優の吉永小百合さんが

 朗読し、

 訪れた人々に深い感銘を与えたもので・・・

 

 

 

 

 日高さんは

 子どもの頃から絵が上手だったので東京芸術大学で

 絵を学んでいて、

 掲載している絵のモデルとなった女性との仄かな

 恋頃を秘めての

 作品作りなどの経緯を含め、彼女の康則さんへの熱い思い

 の丈が綴られていて・・・

 

 

  吉永小百合さん

 

 吉永さんの朗読の旨さは業界でも、つとに知られていて、

 この日の

 彼女の朗読はモデルになられた方から

 何かしらが乗り移ったような

 素心の愛が感じられ、私も深く感銘を受けたものです。

 

 

 

 

 二人は画学生と着衣モデルとして、

 大学で初めて出逢った頃から互いに魅かれいたようで、

 特に日高さんに

 裸婦のモデルになってくれるように嘆願された、

 彼女は恥ずかしさに耐えながらも

 この大役を引き受け、

 素晴らしい作品が出来上がったものです。

 

 

 

 

 語り逢う内に、ふたりとも鹿児島出身であったことから

 意気投合されたとの

 エピソードに加え、なんと、朗読している吉永さんも

 お父さんが鹿児島出身とあって、

 偶然のなせる技も何かしらの美しい触れ合いが

 あったか、

 詠む人と、語りを聞く人達が一つの輪を描いているような

 不思議な感覚に襲われた

 気がしました。

 

 

 

 

 日高さんはこの裸婦画を描いて間もなく、

 戦地へ学徒出陣し、

 戦没されたとの連絡を得ると、

 モデルさんは一生結婚せずに80代まで

 彼との美しい思い出を糧に過ごされたとの文章に、

 声なき、声に耳を澄ませて・・

 との思いが募っていたようで・・・とても感動的な作品に

 仕上がっていました。

 

 

 私にとっても久しぶりに

 哀しいけれど、心の籠った素敵な番組に出会えて、

 とても幸でした(#^^#)。

 

 

 ※資料映像 NHKBSPより・・・

 

 

  

 本日もいいね返しは深夜0時から行うつもりですが

   毎晩、深夜に1時間30分ほど掛けて

   二日分の残りの400人ほどの方に、

   お返ししているのですが、もう、睡眠不足で、

   くたくたになり、ついに

   朝も寝坊してしまい・・(-_-;)。

 

 

   このため、

   どこかで、一時的にいいねを止めて、

   残された方へのお返しを完全に済ませた後で、

   再開しようかとも考えています。

 

 

   他に何か良い方法があれば、教えて下さいね(__)。