更新原稿
古都のブログ小説 京の鐘131
「なので、来週、君にも出て貰うからね」
志乃が両手で奈菜を軽く押しのけ、秋山へハグを求めるように両手を広げた。
今はラジオの世界だから、聴衆には絵が届かない。
人前にしては大胆な志乃の行為に秋山も少し腰が退けたが、直ぐこれに合わせ、志乃を優しく抱擁した。
=ほーっ=
との吐息が、どこかで漏れて聞えた。
報道車近くからも拍手の音がヘッドホンに力強く響いて来た。
皆、志乃の声を聞くことで、何かしら安堵に似た心持ちがしていたのだろう。
CM明けに穂香と奈菜に志乃が
「やってみる」
手にしていた志乃の編み笠を差し出した。
「うちの分まで、もって来はったん」
志乃の顔色が明るく変わった。
「じゃ、この部屋から少し玄関の方へ町流しをしてみるね」
「せんせ、いいですよね」
穂香の後押しに、秋山は首をふって、
「いや許可は5分間しか舞えないのだから・・5mほど進んで帰って来るのだ」
二人が小さく頷いた。
三人が急ぎ編み笠を被り、穂香、志乃、奈菜、の順で一列に並んだ。
この日のおわら舞披露は事前に医局内のOKは
とれていたのだ。
その代わり、幾つかの制限内の約束を守る条件が
あった。
中でも、志乃の体調次第が最大の難関であったので、
主治医の判断がどう出るかが問題であった。
ただ、
5分以上の舞は絶対禁止の約束は何があっても護らなきゃ
全てが終わりになる厳しいものであった。
音響の点では廊下で音楽を流すのは流石に不可で、三人にはヘッドホンが付けられ、しかも、おわらは静かに舞うので、検査室周辺の廊下でも短時間の利用は可能となったのだ。
「廊下の3っの窓を急いで開けろ」
秋山の指示が矢継ぎ早に跳んだ。
報道車からの指示を待ち、OKが出ると同時にCDからの
おわらの音曲がヘッドホンに流れて来た。
三味、太鼓に三味線と胡弓の音が幕あけを飾って
心地良いテンポで進んだ。
始めに、前唄の甲高い声が出た。
♪ きたさのーさー どっこい しょのしょ
唄われよーう わしゃ囃す
穂香が先頭になって舞始めると、志乃も静かにあとを追った。
立ち上がりに小首を傾げる、志乃のいつもの舞姿に、秋山は少しの不安を感じつつも、なんとなく予想外の順調な進行にほっと安堵の吐息を漏らした。
この廊下には検査室が並んでいたので、音は漏れないが
舞の静かな足の運びに大概の人は何か異変を感じたいるはずだ。
三人が揃って廊下に出て玄関方向へ舞進めると、報道車
(中継車)近くから拍手が上がっているのをちらっと見た。
音曲が流れているラジオを聴いているリスナーからの声援も聞こえ始めた。
病院内でも動きがあった。
三人の舞姿を見付けると急ぎ部屋を跳び出し、何人かの医療スタッフが興味深そうに見ていた。
また、開けた窓の外から、盛んに手を振る女子大生らの姿がちらっと目に入った。
何か言っているようであったのだが、廊下までは聞こえなかった。
盛んに手を振る人達の数が増えだした。