大学時代が顕著だった。
大通りを友人達と歩きながら話をするも聞き取れる内容はゼロに近かった。車の通る音や環境音にかき消されて声がほとんど聞こえなかったことが寂しかったし、話の腰を折りたくなくて愛想笑いだけしていた。
幼少期から聞き間違いも多かったし、社会人になった今でもよく聞き返す。聴力検査をしてもなんの異常もなくて、なにか障害があるって指摘されたほうが楽になれるような気がしていた。

メンヘラではないし自意識過剰だと自らを言いくるめているけれど…人の目が気になる、誰かの前で話すのが死ぬほど嫌い、失望されたくないし失敗したくない、希死念慮はないけど早死にしたい etc…こんなよく分からない名前のない生きづらさを抱えて毎日を生きている。心の底から毎日ハッピーで何も気をならなくなるような薬が欲しい。

話は聞き取りづらさに戻るけれど。まぁこのよく分からない生きづらさの一端となるものに名前があることを知った。これも障害なら仕方がないじゃないか〜ってすっっっっこしばかし楽になった。
だからといって性格上と仕事柄これ障害なんで〜とは公言できないし、出来る限りの対処をしていくしかない。自分への言い訳として使っていくだけである。