寝室をいつも同じ人が使うようなもう少し慎ましい家では家具はもっと多かった。

ウィリアム・ハリソン師は、小農でも「ベッドをタペストリーや絹の垂れ布で飾っていた」と言う。

しかし労働者の「粗末な寝床」は原始的なままだった。

新たに田舎家を建てることは認められなかった。

貧農が入会地で放牧するのをやめさせるため、そしておそらくそれによって課税額が上がるのを避けるためである。

エリザベス女王が定めた「新たなコテージの建設および修理を禁ずる」法は、200年近く法令書に掲げられていた。

テューダー朝の「コテージ」とは現在この言葉が示すようなものではなかった。

今ではコテージといえば、田園地帯にある煉瓦や木骨煉瓦でできたこぎれいな別荘で四部屋以上の規模のものだが、かりにほんもののテューダー朝の建築物だとしても、これは「自作農の家屋」というべきものである。

みすぼらしいテューダー朝のコテージはとうの昔に崩れ落ち消え去っている。