樋口一葉、永井荷風、山田風太郎、古川ロッパ、・・・・・
その中の大御所・永井荷風は、79才で死ぬ前日まで42年間日記を書き続けた。
そして、大の大人が用もないのに街歩きをすることを日本で最初に実践した人と言われている。
都内の街歩き、それも路地裏探訪記を「日和下駄」に書いている。
関東大震災の時、麻布に住んでた荷風は、幸い自宅の倒壊を免れた。
当日の断腸亭日常には、「ホテルにて夕餉をなし、愛宕山に登り、市中の火を観望す。」と記している。
たまに都内に行った時の心配は、地震。
都心で直下型地震があったら、西武線もストップ、とても所沢までは歩けない。
40㎞変人荷風は、こうもり傘と江戸絵図、私の必携アイテムは、
(カメラ、音楽、ワンセグ機能あり)
通話は出来ないが電話帳は入っている。
音楽は、MADONNA、Lady GaGa、Cold Play etc
★非常用サクマ式ドロップス
★地図:震災時帰宅支援マップ
★サバイバルブランケット:NASA開発の防寒アルミシート
★震災笛:瓦礫の下から〝じじいがいるぞー、助けてくれー、ピー!!〟
いつも、歩いている近くの高級ホテルを頭に入れている。例えば、日比谷公園のバラを見ていてドカンと来たら、迷わず、ザ・ペニンシュラ東京か帝国ホテルに飛び込む。
〝○○出版記念パーティーに来た、それもゲストスピーカーだ〟
とかなんとか嘘っぱちを言って、一宿一飯の宿を確保する、
パーティーをやってなくても、
たぶん、ホテル内のじじいを追い出さないだろうから、最悪、フカフカカーペットの上で横になれるだろうと勝手に決めている。
非常時に威力を発揮するかもしれないアメックスのブラックカードでも持っていればいいのだが、
残念ながら、ただの貧乏じじい、カードは、所沢市民ならみんな持ってるウォルマートカード。
永井荷風の日記(断腸亭日常)の最後の記述は、4月29日 祭日。陰。(1959年/昭和34年)
翌日遺体発見、
傍らに置かれたボストンバッグには
常に持ち歩いていた全財産・総額2334万円を越える預金通帳と現金31万円余が入っていた。
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