日本橋ルネサンス | 老$の徒然草

老$の徒然草

老$の徒然草 
もうじき80歳、ブログはボケ防止の頭の体操
This blog is essays in idleness by Oidoru and a trivia expert monologue.      

文京区に住んでいた60年前、祖母は都電に乗って日本橋に出かけるのが楽しみだった。
日本橋には、三越、高島屋、白木屋の三つのデパートがあったから都内一のデパートの集積地。
中でも白木屋は都電の停留場の目の前だから、祖母には一番便利なデパート。
白木屋は、その後東急になり、現在はCOREDO日本橋に建替えられて上層階にバンカメやメリルリンチが入っている。
お袋は、日本橋ではなく新興のデパートだった西武デパートと生地を売っていたキンカ堂があった池袋に都電で行き始めた。
私が通った文京区の中学校は、三井家が屋敷の一部を寄付したところに出来た学校だった。
すぐ近くに三井家の家が何軒かあり、名前が金高とか金久とか『金』が入っていたのを覚えている。
私は53年前、
お中元とお歳暮の時期に高島屋でアルバイト。
家庭教師の他に経験した唯一のアルバイ先が日本橋。

19世紀初めには、江戸東京は既に世界最大の都市、その中心が日本橋。
遊郭の吉原があり、魚河岸もあった歓楽と商業の中心地。
戦後のある時期まではデパートが3つあったので賑わいがあった。
その後、日本橋はだんだん地盤沈下していく。

それでも日本橋は、三井財閥の本拠地、その名残を留めるビルや創業以来日本橋に店舗を構えた老舗が残っていた。

三井グループは、もう一度江戸のにぎわいを取り戻そうと、日本橋室町東地区の再開発に着手した。
『コレド』という名称は、『CORE(中心・核)+EDO(江戸)』つまり『江戸の中心』という意味の造語。

数年前COREDO日本橋が出来、それに続いて室町にCOREDO1が建ち、最近、室町
COREDO2と3がオープン。
建替えて高層化したオフィスビルの地下から3階ぐらいまで店舗が入っている。





都内の他の商業施設との差別化を図るために和にこだわっている。
イタリア料理の有名シェフが監修したウニ料理専門店や、名古屋コーチンの親子丼店、職人が作りたての和菓子を提供する京都発祥の和菓子店、金沢市の金箔パックを扱う化粧品店などもある。
親子丼を食べた、これが旨い。
ここでは、コーヒーよりかつ節の老舗・にんべんで供されるお出汁の方が良い.

都心には珍しくシネコンもあるので若い人も多い。
海外のエアラインで採用されている革張りシートと最新鋭のドルビーシステム、都内で一番音が良いというのがウリ。
若い女性が連れだって2度目の雪アナをここで楽しんでいる。

日本橋再開発の最後の課題は、橋の上の景観ぶち壊しの首都高とその下の汚い川。
首都高をとっぱらい、川をきれいにするためには気が遠くなる金が必要、金満家の三井でもどうしようもない。
首都高は無理にしても川を何とかしたい、所沢でも市民有志の手によって川が綺麗になった。
しかし、神田川から分岐して隅田川に合流する日本橋川は、こんな手は通用しない。
私は、この貴重なノウハウを持っている李明博元大統領に来てもらったらなんて考えたこともあったが、・・・・。

戦前まで出来た隅田川での水泳もかなわず、和船の行きかう江戸の風景は、山本一力の描く時代小説だけの世界。

福岡は大都市なのに一級河川がない、昔からため池の水を利用して稲作をやってきた、その福岡に奇跡の川・室見川がある。
この室見川の河口で獲れる透明な白魚の踊り食いは今でも春の風物詩。

にほんブログ村 シニア日記ブログ 70歳代へ
にほんブログ村