AKB48は、帝国ホテルで行われた日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)の首脳が集まった晩餐会に出席、「恋するフォーチュンクッキー」を熱唱した。
この下にあるYouTubeのAKB48が歌っている場所は、懐かしき福岡ドーム。
私は1990年福岡に転勤、5年間暮らした。
吃驚したのは、引っ越したマンションの周囲のスーパーは、ダイエーばかり。
ダイエーが九州に進出、自社の店舗を建てた後に地元のスーパー/ユニーを買収したからだった。
そのダイエーが、福岡ドームを作った。
福岡ドームを運営する会社の名前は、ツインドームシティ―。
ツインと言うのは、本当はもう一つドームを建てて、そこを商業施設にすることが、安く土地を手に入れたダイエーと福岡市の約束だった。
福岡ドームは日本で最初のドーム球場、東京・後楽園のサーカスのテント小屋のようなものと比較すれば豪華な建造物だ。
屋根はチタン製、観戦室もかなりの高額で売り出された。
確か、ドーム1個で2000億円もかかると言われていた。
ドームの下が駐車場になっていて、一度、駐車した階数を忘れて往生したことがある。

私が結婚した頃、新婚旅行の定番コースは南九州、私もその口。
その後、海外などの選択肢が増えて九州の観光地としての地盤沈下が起きた。
リゾート法が出来て、その法律の適用第一号が宮崎のシーガイアだった。
蒲鉾型の開閉屋根を持った屋内プールが完成した。
中に入れば、背広を着たままでは暑くていられない、常夏の世界。
プールの横に建てられた高層ホテルの宣伝は、何とロックスターのスティングを起用した。
長崎・佐世保にハウステンボスがオープン、何度も行った。
一度、オランダに駐在していた人を連れて行ったら、オランダより綺麗だと言ってた。
その頃、大手商社が福岡にフランス村を作るべく、秘かに果樹園の買収を始めていた。
最初に本物のエッフェル塔を作る計画だった。
知らないうちに本州と四国を結ぶ橋が3本も出来ちゃったが、九州と四国を結ぶ架橋計画もあった。
九州側の橋は、ここだののぼりを見た。
現在でも、豊予海峡ルート推進協議会(大分県)なる組織は存在するらしい。
三井三池炭鉱が閉山、3万人働いていた八幡製鉄所は1万人に減少、遊休地にスペース何とかと言う遊園地が出来た。
当時の九州は、各県に半導体工場が続々建設され、シリコンアイランドと言われていた。空港と綺麗な水の存在が、半導体工場を建設する条件、九州はぴったりだった。
転勤族が増えるにつれて、納豆をあまり食べない九州で納豆の消費が伸びた。
九州の醤油は、一寸甘目、しょっぱい醤油の代表格・キッコーマンが徐々に浸透していった。
福岡に居た時代がバブルの頂点、そこから長い長い不況に突入した。
今、アベノミクスで若干景気の明るさがほの見えてきたが、まだまだ本格的な回復基調に乗っていない。
中国と韓国とは、軋轢が絶えず、日本人のイライラは募るばかり。
今年の忘年会の余興で、〝恋チュン〟を踊る人は、多いだろう。神様も知らない
涙のフォーチュンクッキー
そんなに
ネガティブにならずに
Hey! Hey! Hey!
Hey! Hey! Hey!
世界は愛で溢れているよ
悲しい出来事忘れさせる
明日は明日の風が吹くと思う
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