
深まりゆく秋に、転勤した仙台を想いだす。東京と比べると、秋から冬へのテンポが早く、つるべ落としに深まりゆく秋に、寂しさがいやます。
当時の仙台は、地下鉄がなく路面電車が走っていた。
晩秋に街路樹の落ち葉が路面電車の軌道内に
落ち、電車のブレーキがきかなくなることが
路面電車の撤去の理由にもなった。
仙台に転勤が決まって住まいを探していたら窓を開けると目の前に大きな枝垂桜があった。桜を見たくて、そのマンションを借りた。
所沢に戻り、転勤の想い出に庭に仙台枝垂桜を植えた。
4.5年で大きくなり、晩秋に落ち葉が道路にちらばり、毎日はかなくちゃいけないので切った。
それでも、もう一度植えてまた切り倒した。
桜は日本原産の木、だから植えたら、ほっといても大きくなり、毎年花が咲く。
若い人の住みたい街の1位は吉祥寺、年寄りのそれは鎌倉。
そう言えば、この頃、鎌倉に行っていない。
鎌倉は天気のいい日に行ってはダメ、それでなくても人が多いから。
天気の悪い平日がいい。
仙台の秋は、芋煮会のシーズン、当時はどこの会社にも芋煮会用の大きな鍋があった。
山形が発祥地だが、仙台でも芋煮会は会社の大事な行事、広瀬川の川辺が大賑わい。
《晩秋の鎌倉》
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