封切り直後の映画・風立ちぬを見た。
この映画は、宮崎 駿監督作品、音楽 久石 譲、主題歌「ひこうき雲」荒井由実。
宮崎監督は所沢在住、現在世界で唯一飛行可能の零戦も所沢に里帰りしている。
「風立ちぬ」は、『となりのトトロ』に次ぐ所沢市民必見の映画。
宮崎 駿監督による堀越二郎と堀辰雄のトリュビュート映画、二人に敬意を込めて“生きねば“と訴えた。
「風立ちぬ、いざ生きめやも」という有名な詩句は、ポール・ヴァレリーの詩『海辺の墓地』の一節を、堀辰雄が訳したものである。
映画の評価は、人それぞれだろう。
子供向けのアニメではない。
真珠湾の奇襲に備えて、日本海軍は、同じような地形を選んで゛猛特訓をつんだ。
その結果、奇襲作戦は大成功、ゼロ戦は世界一の戦闘機と言われた。
しかし、この卑怯な作戦は、remenber the Pearl Harborの合言葉でアメリカ国民の戦意高揚を招いた。
今を時めく内閣参与の浜田宏一先生も著書で米国民の心理を伝えている。
日本人は、信用ならない、それがB29による焦土作戦そして原爆投下に、・・・・・
飛行機好きの宮崎監督も、零戦の運命を冷静に伝えている。
今にして思えば、零戦と戦艦大和は、日本人の独善的、独りよがりのロマンだった。
だから無謀な真珠湾攻撃を始め、敗色が決定的になっても矛を収めることが出来なかった。
冷静であるべき専門家が神話を作り、日本国民がその神話を信じ、最後まで神話に翻弄された。
零戦も神話だった。
太平洋戦争は、零戦に始まり時代遅れの戦艦大和の不遇な運命で閉じた。
零戦は、皇紀2600年、1940年の誕生。
零戦は、元来ゼロ戦ではなくレイ戦。
生まれた瞬間が世界一だった。
老$も1940年生まれ、生めよ増やせの年だから赤ちゃんコンクールにも入賞。
零戦も私も生まれた時が頂点、その後は下り坂だった。
70年以上経っても日本では未だに零戦の人気は高い。
今年の所沢の航空発祥記念館は、アメリカから里帰りした零戦と堀越二郎展のお蔭で来場者が増えた。
零戦の真実(英スピットファイア、米グラマンF6Fヘルキャット、独メッサーシュミットとの比較)
○速度も航続距離も言われている程じゃなかった
○戦術の進化に対応できていない
- 高速での操縦性に劣る
- 無線が役に立たないので連携困難(アメリカはレシプロエンジンの時代に、もうトップガンの世
界)
○構造上の問題がある
- 無理な軽量化のため無理な急降下は自滅への道
○防御も決定的に弱い
- 零戦に乗るパイロットは無防備に近い
- 最も被弾しやすい翼内にガソリンタンクがあるのですぐに発火する
○運用上の問題もある
- 艦上戦闘機なのに翼を折り畳めない。
そのため空母積載数が増やせない。ヘルキャットは手動で主翼を折り、更にそれを胴体に折り
曲げバッタみたいな形する。
- 自動操縦装置がないので、長距離飛行作戦には不向き
トイレもないので、気力も消耗。
つまりゼロ戦は、パイロットのアメニテイーなんて全く無視した飛行機。
日本全土に焼夷弾を落としまくったB29は、高いところを飛んでいて、零戦初め日本の戦闘機は歯が立たなかった。
戦闘機より高射砲の方が役に立った。
陸海軍の専門家は、物量はかなわないが質では同等ぐらいに思っていた。
ところが、輸送用のトラックなんかも話にならないくらい劣っていた。
防空壕で親父が聴いていたラジオは、アメリカ製のマジックアイの付いたスーパーヘテロダイン7バンドのオールウェーブだった。
戦争に負けて日本がそれと同じものを作れるようになるのに10年か15年かかった。
何とグラマンのヘルキャット(地獄の猫)が零戦を操縦している!!
究極のパロディーだ。


