アルゼンチンタンゴ | 老$の徒然草

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もうじき80歳、ブログはボケ防止の頭の体操
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私が1958年の浪人中、戦後の区画整理事業が終わり、ピッカピッカの新宿・歌舞伎町が生まれていた。
その一角に、映画とアルゼンチンタンゴの街があった。
地球会館は坂本政一楽団、隣のACBは、早川真平とオルケスタ・ティピカ東京(歌手は藤沢蘭子と菅原洋一)。
歌よりもバンドネオンの演奏が好きだったので地球会館によく行った。
初めてデートした場所も地球会館だった。
値段は覚えていないけど、今の感覚で言えば、コーヒー1杯がついて1000円か1500円、その値段でタンゴの生演奏が楽しめた。

新橋には夜来香(イェーライシャン)という大きな吹抜けのある変わったお店があった。
回り舞台ではなくステージが3階ぐらいエレベーターで上下して、タンゴが演奏されていた。
演奏している方は、宙吊り状態だから気が気じゃなかったかも。

喫茶店では信濃町のタンゲーラ(タンゴ的なもの)があったが、神田神保町の小路に「ミロンガ/アルゼンチン・タンゴの社交場or後のタンゴになる前のスタイル」が残るだけとなった。 

2年前、渋谷文化村で「アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち」を観たのが、私にとっての最後のタンゴとの付き合い。

今、新宿コマ劇場が建て替え中だ。
2015年の完成・開業を予定しているが演劇場は収益性が低いとして入居が見送られている。

アルゼンチンは、1929年には世界で5番目に裕福な国、首都ブエノスアイレスは南米のパリと言われていた。
ブエノスアイレスの地下鉄は日本最古の地下鉄銀座線建設のモデルにもなったが、今、丸ノ内線の古い赤い車両が走っている。
アルゼンチンは2001年にデフォルトを起こし、現在のGDPは日本の6%にとどまる。

日本とアルゼンチンは戦前からの長い友好関係が続き、フォークランド紛争(マルビーナス戦争)中にも日本が英米の再三の要請にもかかわらず、日本としては珍しくアルゼンチンへの禁輸措置や断交を行わなかった。

その理由は、日露戦争に備えて1隻でも艦船が欲しい日本にアルゼンチンが譲ってくれたこととタンゴを通じた親近感があったかもしれない。
戦艦「春日」、「日進」の縁もあって、日露戦争後の日本海軍への敬愛振りは大変なものだったらしい。

南米はコロンビアを除く全ての国が日本の地上デジタル放送規格を導入することになっている。
これからテレビ番組の相互交流が進むのではないだろうか。

<映画・伝説のマエストロの予告編>
老$(オイドル)の徒然草
<一番好きなfeliciaとバンドネオンの嘆き>

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