世界一周魅惑の鉄道紀行
世界のセレブが集うリゾートエリア、南フランス・紺碧海岸。真っ青な地中海と太陽が眩しいこの場所に、セレブが愛する最高のホテルが点在。ニースではまるで美術館のような豪華五つ星ホテルへ。海を見下ろす高台の村・エズでは絶景を見晴らすシャトー・ホテルで地中海料理を堪能。憧れの小さな国、モナコでは瀟洒を極めたデラックスホテルにため息。旅するなら一度は行ってみたいホテルを探して、カンヌからモナコまでを巡る旅。
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東洋のコートダジュールを名乗ったところがある。 静岡県伊豆の岩地温泉だ。のんびりした漁村を取り囲む、青く輝く海と緑深い山。その岩地温泉を観光地としてアピールしようとした。まずは、彼の地と同じような瓦の色を真似た。ところが一般の民家がなかなか腰を上げない。それはそうだ、瓦を変えるなんて金もかかるからかえって不揃いになってしまった。
真似した相手がいけなかった。
南仏は、沿海リゾート地とし世界に冠たるところ、日本の金持ちが行っても息をのむようなホテルが林立している。だから初めから無理な話だった。
その後、日本珍百景にノミネートされるようになって村民の熱意も失せたのだろう、最近その評判を聞かない。
丁度今頃は河津桜が必ずニュースに登場する。
パリ市内ブローニュの森の一画にバガテル公園がある。幾何学模様の庭園や菖蒲園、池などがあり、季節の様々な花を楽しむことができる、パリ市民にこよなく愛される公園。
河津の桜堤は駅のすぐ近くにあるが、その山奥にパリのバラ園をそのまま再現した河津バカテル公園がある。ここはかなり忠実に再現されていてオランジェリーなどの建物も同じに作っている。
このバラ園が出来た時にパリ・バカテル公園から送られたバラがある。名前を伊豆の踊子と言う。これを買って来て庭に植えた。いつまでたっても幹が大きくならず、5月に一輪だけ小さな花が咲く、その風情、その名の通りの伊豆の踊子だ。やはりパリ生まれは埼玉の地になじまない。
このバラは、別名はカルトドール(Carte d'Or)で、直訳すると「金のカード」、所詮貧乏人には縁のないバラだった。
中国に石景山遊楽園というテーマパークがある。ディズニーランドを真似たパクリ遊園地の総本山として日本でも知られるようになった。
ミッキーマウスだろうと言ったらミッキーキャットとか言い訳したあのテーマパーク。俺は、あの時、中国には著作権なんて概念がない国だと思った。その後、ディズニーに訴えられて、今は指定された模造品は撤去されている。
お城の建物はそこそこだったから中国人はそなりに満足しているらしい。
長くオランダ駐在していた友達を連れて長崎のハウステンボスに行ったことがある。
彼曰く、オランダでもこんなきれいなところはないと言っていた。
あのハウステンボスを作ったのは、神近義邦という快男児、最初に風車を備えたレストランをやっていたが、その後作ったテーマパークのオランダ村が大当たり、興銀から大借金をして1900年代初めにハウステンボスを開園した。
鋪道に敷くレンガもオランダから取り寄せたくらい細部まで凝りに凝った。しかし、経営がうまくいかず社長の座を降りたが、その後紆余曲折があって、今はHISが買収しやっと黒字化にこぎつけた。
ハウステンボスは、民間企業としては最大規模の5700億円を投じて作られた大テーマパーク。
やはり、本物を目指したことが結果的には幸いした。自然との共生、1000年続く街という壮大なコンセプトの元に設計されていたので、ヨーロッパの町並みがそうであるように、百年とか長い時間を経て味が出るよう、植木一本一本、組まれた石や岩一個一個に相当こだわっている。
一つだけ難点を上げると敷地があと2倍から3倍あったらなと思うが、もともと自治体が工場誘致を目的に未利用地を造成したものの売れずにいたところだから仕方がない。
今一番力を入れているのは、バラだ。
このバラを目当てに全国から訪れる人が多い。
俺は行ったことがないが岡山のチボリ公園は閉園に追い込まれた。
デンマークのそれと同じものを再現したが失敗した。
自治体が経営主体だったこと、その場所がアンデルセンとは何の関係もないことなどで、童話の世界は雲散霧消した。現在はアウトレットになっている。
ハウステンボスを作った創業者が最終的に目指していたのは、入場料を取らないオープンなものだったがさすがにそれは実現していない。
戸建住宅の玄関にはモーターボートが係留できるようになっていた。たぶんあれは分譲されずに宿泊施設かなんかになっているに違いない。
ヨーロッパを真似ることは難しい。
そして日本人の一番不得手な分野が街づくりだ。
鹿児島の特攻基地で有名な知覧というところがある。
その場所は、江戸時代は薩摩藩鹿児島市のブランチみたいなところ、現在も残っている武家屋敷は、角館よりも多く、あの一角を見ると昔の方がよっぽど良かったじゃんと思う。
現在でも人が住んでいて、平屋の住まいに広い庭、そして美しい生垣がある。
沖縄戦の特攻基地があったのに戦災を免れた奇跡の地だ。
250年経っても、街づくりに関しては日本人はちっとも進歩していないってことかな。





