春一番に誘われて湯島天神に出かけた。
丁度、梅が見頃だった。
この夥しい願掛けは圧巻、絵馬を括り付けるのも一苦労だろう。もう、この時期には取り付けている人はいなかった。
右の東大理一合格祈願「」とあるように皆受験生のもの。日本の最高学府東京大学が間近に控える土地だけあって受験熱の高さも半端ない。
湯島天神は文京区にあるから学問に特化した天神様なのだ。
福岡の太宰府天満宮は、観光地だ。
東風吹かば、匂いおこせよ、梅の花、主無しとて、春を忘るな
は、めぐりくる春には必ず花を咲かせ、香りだけでもいいから東風(こち)にのせて自分のところへ届けてくれと・・・・・
そして、ここからは頭のいい奴が考えた。
道真を慕って京の梅が太宰府まで飛んできたと“飛び梅伝説”なるものを言い出した。境内にはその梅が一杯ある。それだけでおさまらなくて梅ケ枝餅というのまで発明し、参道にはこれを売っている店が何軒もある。
天満宮の隣にかつての政庁跡がある。平泉の毛越寺と同じように建物は残っていないが、何か髣髴させるものがあった。
当時の太宰府は、京都が本店とすれば、その支店みたいなところ。左遷と言っても、それなりに平安時代の京に次ぐ地方行政機関ではあった。
菅公は、右大臣まで登りつめたが、左大臣藤原時平に讒訴され、太宰府に追いやられて、そこで没した。死後天変地異が多発したことから、朝廷に祟りをなしたとされ、復権を果たした上、天満天神として信仰の対象になった。
たぶん、湯島天神は、それが定着した後に、太田道灌や徳川家康の庇護を受けたのだろう。
現在御茶ノ水駅前にある湯島聖堂は、元々湯島天神のところにあり、その湯島聖堂のところにあった昌平黌が、後の東大、東京教育大、御茶ノ水女子大、国立博物館などに分化して現在に至る。
だから、湯島天神の願掛けは、多くの受験生の人事を尽くして天命を待つの最後の通過儀礼なのだ。
昔、カンコーと言えば、学生服のブランドだった。今もあるのだろうか、もう黒い学生服は、あまり着る奴もいないかもしれないな。





