グーグルアースをダウロードして、昨日テレビで観たイタリアのサルデーニャ島に行って写真を撮りまくり、所沢市内のダイエーの写真を撮って、夫々ブログに貼り付けた。
急に思い立って、疎開先に行ってきた。昭和19年に東京から疎開、一時そこから群馬県三原町に避難し終戦後に再び千葉の房総の町に戻ってそこで5年間暮らした。
あれから62年!!。
グーグルでその町を歩いたが、全く記憶と重ならない。
町の変貌と己の記憶の差が大きすぎて、懐かしさも何も感じない。
確認できたのは、総武線の駅、自分の住んでいたところ、そして通っていた小学校の位置は少しも変わっていなかったこと。
その当時、たぶん4年生か5年生になって仲間に入れもらえた遊びが「スイライカンチョー/水雷艦長」だった。
小学校の高学年、しかも男子だけの遊び、だからこの遊びに加わることはとても嬉しかった。
水雷艦長で検索したらヒットした。
現在でもこの遊びが、教育上好ましいという理由で一部ではあるかが推奨されているらしい。
俺もルールは忘れてしまっていたが、結構複雑なゲームだ。人質を救出するなんてとこがなかなか面白い。
やはり下記Wikiのコメントの通り廃れたらしい。
水雷艦長は、軍靴の艦種ごとの特性をじゃんけんのような三すくみで応用した、鬼ごっこ と戦争ごっこを併せた日本の子供の屋外遊びの一種。第二次大戦前から昭和40年代に入った頃まで男の子の間で盛んに遊ばれたが、遊び方の重要な小道具となった前つばのある帽子を男の子がかぶらなくなるのに合わせたかのように廃れた。
水雷艦長の遊び方 ←詳しいビデオもあるよ。70才以上の爺は必見!!


