ヨーロッパ路地裏紀行 「フィンランド ヘルシンキ タルッカンプヤ通り」2013.1.11放映
フィンランドの首都・ヘルシンキ。今回の舞台は、ブティックなどが連なるファッションストリートと交差するタルッカンプヤ通り。
聖ヨハネ教会のそば、五叉路でレコード店を営む男と、童話の世界を実現したようなをはく製で人気のショップ店長を紹介。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
フィンランドは、世界トップレベルの教育水準を誇り、家具や雑貨のデザインセンスは、世界中で評価されている。
しかし、パイン材のシンプルな家具やセンスのいい雑貨が、何故この地に生まれたのだろうか。
最近は、少し、精彩を欠くが、何故ノキアのような巨大企業が誕生したのだろうか。
今から60年前に開催されたヘルシンキオリンピックは、チェコのザトペックがマラソンと長距離走で3つの金メダルを獲得したことで知られる。ザトペックは、その後、人間機関車と言われた。
俺にとってのヘルシンキオリンピックの記憶は、フジヤマのトビウオ古橋廣之進が400mで8位、確か最下位に終わったこと。
親父と一緒に雑音混じりの音声が大きくなったり、小さくなったりするフェージング現象を起こす短波放送を聞いていた。
この時、実況を担当したNHKのアナウンサーが「日本の皆さん、どうか古橋を責めないでやって下さい。古橋の活躍なくして戦後の日本の発展は有り得なかったのであります。古橋に有難うを言ってあげて下さい」涙声で語っていた。
そして、古橋は、競泳プールから控室に戻らず、飛び込み用のプール方に行ったとも伝えていた。
400m、800m、1500mで次々に世界新記録を更新した古橋は、オリンピック出場時には、選手生命を過ぎていた。
子供の頃のこの体験で、古橋廣之進の自伝 力泳三十年を興味深く読んだ。
20年前、対馬に行ったことがある。飛行場を出たところで、レンタカーを借りるカウンターの後ろに見たこともないビールの小瓶が並んでいた。ラベルに日露戦争の東郷元帥の絵が描かれている。
日本海海戦は、海外では、Battle of Tsushima と言い、決戦の海域が対馬沖。
日露戦争で、日本が勝って狂喜した国があった。トルコとフィンランドだ。トルコは、露土戦争で、勝ったり負けたりと10回も戦った宿敵がロシア。
フィンランドは、ロシアに侵略されていた。
フィンランドは、オランダのハイネケンに東郷ビールを作らせ、それを飲んでは溜飲下げたという。つまり、日本とフィンランドは、明治38年に繋がった。
そして今、日本から一番近いヨーロッパの都市は、ヘルシンキ。地球は丸いのだ。
