ある美しい月の夜、1匹の病んだ狼女が森を彷徨っていた
毛は抜けおち、ゼィゼィと息が荒かった
夜露でのどを潤しもうダメかと草原に腹ばいになった
かすかに風が吹いている、さやさやと草が揺れとても心地がよかった
こんなタイミングで死ぬのも悪くない
狼は思った
静かに目を閉じて、深い眠りにつこうとした
その時、狼の眠りを邪魔する声がした
その声は異様に大きく狂気さえ感じさせた
狼は半ば強引に痛んだ身体を引きずって、その声の方へ向かった
そっと近付くと
何やら想像と反する立派な小屋に、煌々と明かりがついていた
こちら側は暗い
その明かりは段の上に照らされていた
明かりの先に一匹の白い鳥が奇妙な叫び声をあげて羽をバタつかせていた
羽をバタつかせるたびに、暗闇から大きな笑い声が聞こえる
何が笑っているのかは分からない
とにかく暗闇から大きな笑い声が聞こえるのだった
狼もその奇妙な鳥を見ることになる
そうして奇妙な声を聞いて笑い、羽をバタつかせた頃にはお腹を抱えて笑っていた
その白い鳥が奇妙な声をあげる度、暗闇と段の上とが共鳴し合う
狼のゼィゼィは、やがてヒャッヒャッーに変わり、アッハッハッーに変わり、ぶワハハハハハヒーヒーに変わった
こんなに笑ったのはいつぶりだろう、狼が笑うことを思い出した瞬間だった
そうして奇妙な鳥はどこかに消えた
次に出てきたのは奇妙な双子の姉妹だった
人間のカタチをしているが、魔法使いと水の精だった
何やら二人で相談ごとをしているようだ
一体何が始まるのだろう……
狼は二人の違いををキョロキョロと見比べた
突然魔法使いが不条理な魔法をかけた
その直後、水の精が素早く不条理に水を蒔いた
暗闇から怒涛のような笑い声が起こった
あまりの衝撃で狼は思わず大きな尻尾をバタつかせて笑い転げた
それから魔法使いは2、3度魔法を使い水の精はその度水を蒔いた
そして最後にビオラの音色のする水を撒きチューリップの花を咲かせた
暗闇から大きな拍手が鳴り響く
この時には狼の身体に異変が起きていた
次に出てきたのは人間と言う名前のついた野菜だった
何の野菜かは分からないが、緑色をしており、大変卑屈で臆病者に見えた
根を張り土に埋まっている野菜ではなく、木になるタイプの野菜だった
見ているこちらがオロオロと心配になった
しかしそんな心配をよそに緑色の野菜はクルクルとスピンし始めた
クルクルとスピンして自らの花びらをこちらに蒔いた
暗闇からまた大きな笑い声が起こった
特に病んだ子どもたちの声が大きく響く
野菜嫌いのはずの子どもたちがたくさん野菜の花を食べた
クルクルとスピンをし、花をこちらに蒔く度に大きな笑が生まれた
そうして花占いの終わりのように最後のひとひらを撒き終わる頃には、暗闇から拍手が起こっていた
この頃には狼に、大変な異変が起きていた
そうして次に出てきたのはヘンテコなおじさんだった
ヘンテコなおじさん?ではなかった変人のおじさんだった
変なおじさんではなく変人のおじさん
変態のおじさんともちょっと違って、変人の、しかもおじさんだった
かみのけが坊主頭で、愛に飢えていてヘンテコなカタチをした変人のおじさん
そのおじさんは、ヘンテコな話しをしながらヘンテコな百面相をした
もうそのヘンテコ具合と言ったら、他に類を見なかった
おぞましいほどヘンテコな話しをしながらおののくようなヘンテコな顔をした
暗闇からまたまた大きな笑いと声と拍手が鳴り響く
百面相が終わる頃には狼もこのヘンテコな顔の変人のおじさんが大好きになっていた
意外と立派な小屋の小さな段々が揺れていた
また、つぎに出てきたのは、どこかの国の何かのスーパースターだった
スーパースターとはほど遠い、貧相な顔に卑しさ溢れる口を携えていた
不敵な笑みを浮かべ、自信満々に高々と拳を振り上げるそのさまは、見ていて滑稽でもあった
何分経ったのか暗闇からは何も聞こえなかったが、不思議と狼は心地よかった
スーパースターのキラキラとした首かざりを狼は嬉々とした目で見ていた
そうして次に出てきたのが、何やら僧侶のような乙主のような、その間のようなイノシシだった
そのとなりにブリキのロボットがおり、イノシシがブルースを唄うとロボットはキコキコと奇妙にステップを踏んだ
暗闇は、やんややんやの大盛り上がり
特に後ろ側からは、何か熱気に近い笑い声が聞こえる
ブルースを歌い終わり、僧侶のようなイノシシが大きなお経を唱える頃にはロボットはネジが外れバネが飛び出し、足がもげ、しまいには頭からもくもくもくもくと煙を出した
楽しそうに笑いながらロボットは壊れて行く
その様を見て狼は、もう一度遠吠えをして暗闇と明かりの段と共鳴した
そうして最後に僧侶のようなイノシシが暗闇に言葉を投げた
「おわりははじまり」
狼は次を待ったが、次はもうなかった
静かに目を閉じて、静かに息をついた
そして狼は、この暗闇と灯りとの共鳴がもう最後なのだと悟った
目の前から意外と立派な小屋が消えていた
「この世は冗談でできている」
狼がその昔、唯一の友から教えられた言葉
ふっと息をはき空を見つめる
「おわりははじまり」
狼はフサフサに生えた毛を風になびかせながら、整った息をして、足取りも軽やかに目の前に伸びた一本道を颯爽と、少しだけ切なそうに歩いて行った