麺の製造をはじめたのが、明治34年(1901年)の老田屋。
それは、五代目惣吉がはじめたといわれております。
家の下を水路が通り、水車を家の中で回していたようです。
『老田屋』自体はそれ以前から、米や油などを商っていたようです。
いまでも、「米乃粉「や「きな粉」を販売しております。
1800年ころにはすでに、飛騨神岡で商売をしていたようです。
私が小さい頃まで使用していた石臼も
で、仏壇にある記録をひもといてみると、初代さんは
「享保~天明(1716~1789)」時代におられたようです。
それ以前は北陸の方にいたようです。
六代目が神岡の「船津大火」といわれる火災で焼失した
家を再建し。大津神社の移転にも尽力したらしい。
七代目は神岡に会計事務所や商工会議所をつくったり
昭和20年に今の寿司屋「三平」さんと共同で
「神岡ラーメン」を考案。
(その後、味そ乃、八兵衛さんとも新しい味を開発。)
八代目(現社長)は昭和48年に「元祖高山ラーメン」を
発売しました。
さて、九代目の私。![]()
何をしようかな。
ココロモトナイナ
とりあえず、この不況をのりきらなくっちゃ![]()
がんばります![]()
(九代目)

