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 気がつけば年が明け、これまでに家族の来訪や友人の来訪すらあった。

そのために一人では観光しにくい、郊外の観光地にも足を運ぶことができたし、

一人では入りにく料理店に入ることもできた。


 季節はすっかり冬になっている。しかし、慣れ始めるとこんなものかと思えることすらあり

習慣とはなかなか恐ろしいものであると知ることになった。


 変化はそれだけではない。居を移した。これまで以上に自由が増えた分、実は何かを

もてあましている。心理的な緊迫感が幾分か緩み、かつ自分のテリトリーができたことで

何かをもてあますようになった。

思いがけないこの変化はもしかしたら習慣によるところのものなのかもしれない。



 時間がたち気がつくことはやはり物価についてのことである。日本の物価が絶対の水準では

ないのは当たり前だがどうも生活しずらい部分がある。意に反して出費がかさむことがある。

ちょっとしたものをちょっとした気持ちで買うと日本と同じかそれ以上の額を要求されることもある。

これはここ北京に滞在する多くの日本人が抱えている困惑のうちの一つではなかろうか。


 そして、偽物に対する意識もやはりこれぞ中国なのだなと思わせる。そして、同時に観光客や

滞在者もその価格に何となく動かされる。郷に入りては郷に従えと言わんばかりに中国の感覚に

どっぷりとつかるのである。確かなことは、慣れないうちは電化製品は少し高くても正規ルートで

正規品を買うことである。安く購入しても維持が煩わしくなるケースが多々あるからだ。


 しかし、携帯電話に関してはなかなか偽物が発達しているようである。一つには市場の大きさが

結果的に偽物のクオリティーを押し上げている可能性が高い。結果として偽物であったとしても、

なかなかの価格を提示されるようになってきたようである。


 ところで最近、中国人の注目の的である不動産価格はどう見るべきだろうか。不動産には

流石に偽物はない、とは日本人は言えない。法律さえも変えた耐久偽装が起きたではないか。

不動産にだってそういう意味では偽物がありうる。なかなか恐ろしい話だ。



 中国での生活は非常に有意義であり、観察する目標に欠くことはない。

日本人として中国人とどのように接し、どのように友好的な関係を築いていくべきか。

文化は草の根から、と言うが陸続きではない両国の懸け橋となるべき政府も飛行機会社も

足元が不安定とあってはなんだか石橋を叩いて渡るよりほかない。


 中国国内から日本をみると日本の良さよりも日本の悪さが目立つのはなぜなのだろうか。