先月末、母が旅立ちました

 

 

6月中旬に

「手術をする事になったわ~」と急に連絡があり

なんで? なんの手術?

とビックリするくらい、元気だと思っていた母

 

退院してから会いに行った時には

ずいぶん痩せて、歩くのもフラフラ・・・

 

それでも、しっかり受け答えは出来て

「薬も飲みます!」

「お任せします!」と言ってました

 

 

病状が悪化し、思い立って日帰りで会いに行った時は

滞在時間2時間

「ごめんね、今日長崎に帰るね!」と言うと

ビックリしたようで、ちょっと涙目になって

「大変だね、ありがとうね」って言ってました

 

 

その後、ご予約のお客様をキャンセルさせていただいて

会いに行った3日間が最期になりました

 

食欲がないって聞いていたけど

大好きだったアワビを持って行って

おかゆを作ってあげたら、少し食べてくれました

 

ご飯は食べなくても

約束通り、薬はきちんと飲んでくれていました

 

夜中、むせて咳込んでしまうので

心配になって「大丈夫?」と声をかけると

いつも「ん(何が)~?」みないな拍子抜けの返事をするのが

なんか、可愛らしかったです

 

帰る前には、ご飯は食べないけど

「みかん食べようかなぁ~」とか

ちょっと食欲も見せてくれて

「帰るね、また来るからね!」

「長崎にもまた来てね!」と言うと

頷いて「足鍛えなきゃ」って言ってくれました

 

それが、私への最期の言葉でした

 

 

その5日後、ずっと介護してくれていた妹と

様子を見に行ってくれたK斗に看取られて

亡くなりました

 

 

 

翌日上京し、葬儀まで5日間あったので

自宅で、ゆっくり母と過ごしました

 

 

母の入院で、久しぶりに顔を合わせた兄妹が

母の葬儀のことを、いろいろ調べ・相談し・・・

やはり、母が中心の家族でした

 

こんなご時世なので、無理と思っていた親戚が

遠方からも集まってくれて

母がみんなに愛されていたのを実感しました

 

 

母を好きだった人たちと一緒に

母の好きだった紫の花と

たくさんの「ありがとう」の感謝の言葉で

送り出すことが出来たと思います

 

ソース画像を表示

 

 

母の高齢な姉2人の貴重なツーショットを撮りながら

「母に見せてあげよ~!」と思っている自分に苦笑い

 

 

今までいた人が、いなくなる

 

 

ぼちぼち慣れていくと思います

 

 

ご心配いただいたみなさま

ありがとうございました