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第一次世界大戦後、イギリスの外交、国防戦略は1919年の戦時内閣が定めた「10年原則」と呼ばれる政策に基づいて立案されていた。この「10年原則」とは“今後の10年間、イギリスはいかなる戦争にも臨まない。またこれに、いかなる規模の軍隊の派遣も行わない”というものであった。そのためイギリス軍の任務は自国の領土と国民を守ることに限定され、第一次世界大戦前の世界秩序である「イギリスによる平和」は完全に過去のものとなった。
当然、この「10年原則」によって国防費は大幅に圧縮され(1919年に6億400万ポンドであった国防費は1920年には2億9200万ポンドまで削減、1921年には1億1800万ポンドになってしまった)、イギリス海軍の兵力の削減を余儀なくされた。それでも、1921年にワシントン軍縮条約が締結されるまでは(アメリカとの対抗上)ある程度の予算が確保されていたが、1922年度予算からより一層の予算削減が行われた。そして、その傾向は1936年まで続くことになる。当然ながらイギリスは第二次ロンドン軍縮条約の締結を切望しており、ワシントン条約期限切れ以降の新戦艦についても、排水量3万5千トン、主砲口径36cmという、第二次ロンドン条約における制限下で設計していた。
ところが、日本が第二次ロンドン条約の批准を拒否し、そのうえ1937年には中国への侵攻を開始したことから、イギリスの外交、軍事政策(中でも極東政策)は再検討を余儀なくされた。その結果、イギリスは日本に対抗しつつ本国にも十分な戦力を維持するための大規模な軍備増強計画と、その指針となる「新しいい海軍力のスタンダード」を立案、発表した。
この計画によるとイギリスは1944~45年までに戦艦20隻、巡洋艦100隻、空母15隻(うち3隻は予備役)駆逐艦198隻、潜水艦82隻を持つことになっていた。この間イギリス毎年1億6000万ポンドを海軍につぎ込み、計画達成までには8億ポンドの費用が必要と見積もられた。
新しい海軍力のスタンダードにおいては、イギリスは「ドイツと非交戦状態にあるものの、ドイツ海軍を中立化させるために本国に十分な戦力を維持しなければいけない場合」と「同盟下にあるフランスと共同してドイツと交戦しつつ、日本とも戦う場合」の両方についてイギリスの領土及び殖民地、そして英連邦諸国を防衛することが海軍の防衛課題とされた。
しかし、日本はイギリスが予想した以上の規模で海軍を拡張し、そのうえドイツ、イタリアも敵国として台頭してきた。そのためイギリス海軍はユーラシア大陸の両端に敵と対峙する事となり、限られた戦力を以下に配分し、やりくりするかが国防政策の焦点となったのである。実際、イギリスからシンガポールまで艦隊を回航させるには、理想的な状況でも28日かかり、現実的には53日かそれ以上、最悪の場合70日間必要であると見積もられていた。そのため、イギリスは回航にかかる時間を少しでも減らし、かつヨーロッパと極東の両方に圧力を加えるため、地中海にも本国艦隊に次ぐ大規模な艦隊を配備することとしたのである。だが、1939年に第二次世界大戦が始まったとき、イギリスは海軍増強の途上にあり、ヨーロッパと極東の両方どころか、どちらか片方に圧力を加えるのが精一杯という情況だったのである。

当時のイギリス海軍の兵力は以下の通り


・戦艦12隻

・巡洋戦艦3隻

・空母7隻

・巡洋艦64隻

・駆逐艦184隻

・潜水艦57隻


ドイツ・イタリアと単独で比べれば大兵力といえるものの、イギリスには守らねばならない長大な海上交通線があり、それを護衛するには膨大な兵力が必要であった。

1.インド~オーストラリア~アレキサンドリア~地中海~本国

2.インド~オーストラリア~南アフリカ・ケープタウン~西アフリカ~フリータウン~本国

3.カナダ~大西洋~本国

と主要なルートだけで地球一周にもわたる距離となる。イギリスはこれを維持できなければ、戦うことはおろか生存すら危ういのである。
これにともない、イギリス海軍は次のように展開していた。

本国艦隊
 平時はプリマス、戦時はスコットランドのスカパフローを基地にドイツの大型艦に対抗する。個艦の能力が高いドイツ戦艦に対抗するために、新型艦と巡洋戦艦が優先的に配備されていた。

地中海艦隊
 アレキサンドリアを根拠地として、イタリア海軍に対抗する。極東艦隊への支援も任務としていた。開戦直前でこの時期まで、地中海艦隊が全艦隊中最大兵力を持つという伝統があった。

極東艦隊
 インドのカルカッタとシンガポールを基地に日本に対抗する。英独開戦直前には巡洋艦と空母を主力に相当な兵力がいたが、兵力不足により主力を引き抜かれてしまう。

H部隊
 ジブラルタルは平時は地中海艦隊の基地であるが、地中海中央でイタリア海軍が活動すると連絡線が途切れるため、半ば艦隊から独立した形でH部隊を編成、開戦後に派遣した。H部隊の兵力は時期によって違うが、戦艦・巡洋戦艦1~2、空母1、巡洋艦1~3といった編成が多かった。

西方近接海域部隊、海峡部隊
 リバプール、プリマス、ポーツマス等を基地に本国付近での護衛を担当した。

フリータウン、ケープタウン、英領西インド諸島
 ここには常設の部隊はいないが、ドイツの通商破壊に対抗するために、巡洋艦・駆逐艦を主力とした部隊がしばしば派遣されている。





「ビスマルク」を前に一撃で轟沈した巡洋戦艦「フッド」。