アトランタ

アトランタ

アトランタの歴史、地理、都市外観、政治、経済、交通、教育、文化について簡単に紹介しています。

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○名所と芸術
2005年10月に開館したジョージア水族館は世界最大の水族館である[70]。水量31,000tにおよぶこの水族館の水槽ではジンベエザメ、シロイルカ、オニイトマキエイなども飼育されている。2007年5月には、リニューアルされ、水族館の近くに移転されたワールド・オブ・コカ・コーラが開館した。ワールド・オブ・コカ・コーラでは、コカ・コーラの歴史を紹介すると共に、来館者が世界中のコカ・コーラ社製品の試飲をできるようになっている。

ジョージア水族館やワールド・オブ・コカ・コーラのほかにも、アトランタには芸術や歴史をテーマにしたいくつもの美術館・博物館がある。アトランタ歴史センターは全米でも有数の歴史博物館である。ミッドタウンのウッドラフ・アーツ・センター内に建つハイ美術館は、常設展示品だけで11,000点の作品を展示しているアトランタ随一の美術館である。マーティン・ルーサー・キング・ジュニアが少年時代を過ごした家は、国家歴史登録財に指定されている。アトランタ・シクロラマは、南北戦争のアトランタの戦いを描いたパノラマ絵画で、同名の博物館の館内に展示されている。20世紀初めに建てられた家具王ローズの家や、「風と共に去りぬ」の原作者マーガレット・ミッチェルの家も、それぞれ国家歴史登録財に指定され、博物館になっている。子供向けの博物館としては、ファーンバンク科学センターなどがある。

ピードモント・パークでは多くの祭典や文化的なイベントが行われる[71]。ピードモント・パークの隣にはアトランタ植物園がある。ダウンタウンの南東にあるアトランタ最古の公園、グラント・パーク内にあるアトランタ動物園ではパンダを飼育している。東郊にそびえるストーン・マウンテンは世界最大の花崗岩塊である[72]。ストーン・マウンテンの花崗岩壁には、ストーンウォール・ジャクソン、ロバート・E・リー、ジェファーソン・デイヴィスの3人の南軍将軍の肖像が浮き彫りで彫られている。

アトランタで活動している演技芸術団体にはアトランタ交響楽団、アトランタ・オペラ、アトランタ・バレエ、ニュー・トリニティ・バロック、アトランタ少年合唱団などがある。アトランタ交響楽団はウッドラフ・アーツ・センター内にあるアトランタ・シンフォニー・ホールを本拠地としている。

○スポーツ
アトランタにはMLB、NFL、NBA、NHLの4大プロスポーツがすべてチームを置いている。MLBのアトランタ・ブレーブスは1871年に創設されたメジャーリーグ最古のチームである。発足当時はボストンに本拠を置き、チーム名もボストン・レッドストッキングスといった[73]。ブレーブスがアトランタに移転したのは1966年であった。1974年には、ハンク・アーロンが当時のホーム球場であったフルトン・カウンティ・スタジアムで715本目の本塁打を放ち、ベーブ・ルースの記録を抜いた[74]。1991年から2005年まで、1994年のストライキを挟んでメジャーリーグ史上最長の14シーズン連続地区優勝を果たした[75]。その最中、1995年のワールドシリーズでクリーブランド・インディアンスを破り、ワールドチャンピオンに輝いた。1997年には、ホームをそれまでのフルトン・カウンティ・スタジアムから、前年に開催されたアトランタオリンピックのメイン会場を改装し造られたターナー・フィールドに移した。ブレーブスは、ニューヨーク・ヤンキースやボストン・レッドソックスと並んで、メジャーリーグで最も人気のある球団の1つである[76]。

NFLのアトランタ・ファルコンズは1965年に創設されたチームで、創設当初からアトランタを本拠地にしている。1991年までは野球のブレーブスと同じフルトン・カウンティ・スタジアムを本拠地としていたが、1992年に現在のジョージア・ドームに本拠を移した。1998年のシーズン後には第33回スーパーボウルへの出場を果たしたが、連覇を果たしたデンバー・ブロンコスの前に敗れた。ジョージアドームではスーパーボウルは2回、1994年と2000年に開催されたが、地元のファルコンズはいずれにも出場していない[77]。スター選手であるマイケル・ヴィックの登場で人気は一気に高まった。

NBAのアトランタ・ホークスは、もともとは1946年に設立されたトライシティーズ・ブラックホークスというチームで、創設当初はアイオワ州東部のミシシッピ川河畔の町、ダベンポートを中心とする都市圏を本拠地としていた。その後チームは1951年にミルウォーキーへ、1955年にセントルイスへと移り、1968年からアトランタに本拠を置いている[78]。ホークスはセントルイスでプレーしていた1957年のシーズンにNBAファイナルで優勝したが、アトランタに移ってからはプレーオフには出てくるものの1回戦やカンファレンス準決勝で敗退するシーズンが続き、NBAファイナルには出場していない。2008年には、WNBAのアトランタ・ドリームも創設された。男子のホークス、女子のドリームともに、フィリップス・アリーナを本拠地にしている[79]。

また、NHLのアトランタ・スラッシャーズもフィリップス・アリーナを本拠地にしている。アトランタ・スラッシャーズは1997年に創設された。新設チームの多くがそうであるように、スラッシャーズは創設以来しばらくは低迷を続けた。2007年にはプレーオフ進出を果たしたが、長い歴史を持つニューヨーク・レンジャースの前に1勝もできずに敗退した。

○メディア
アトランタ都市圏のメディア・マーケットは全米の2.0%にあたる2,310,490世帯を抱え、全米8位の規模である[80]。そのためアトランタ都市圏内には、主要テレビ局の支局やCNNをはじめとするテレビ局や、音楽、スポーツ、トークなど幅広いジャンルをカバーするラジオ局が多数置かれている。

アトランタはケーブルテレビ番組制作の一大中心地である。テッド・ターナーはこのアトランタの地にメディア帝国を創り上げた。まずターナーはUHFのテレビ局を買収し、ターナー・ブロードキャスティング・システム (TBS) を設立した。次いで、ターナーはCNNを設立し、ダウンタウンの西にCNNセンターという本社ビルを建てた。ターナーの会社が成長するにつれて、カートゥーン ネットワーク、BOOMERANG、ターナー・ネットワーク・テレビジョン (TNT)、ターナー・サウス、CNNインターナショナル、CNNヘッドラインニュース、CNNエアポート・ネットワークなどのチャンネルを次々と開設した。これらのチャンネルの本局も全てアトランタに置かれた。また、ターナーとは関係が無いが、ウェザー・チャンネルの本部もアトランタの北西郊、コブ郡のカンバーランド/ガレリア地区に置かれている。

ターナー・ブロードキャスティング・システムのほか、オハイオ州デイトン発祥でアトランタに本社を置くコックス社も、アトランタ内外のメディア事情に大きな影響を与えている。ケーブルテレビ事業を手がけるコックス社の子会社、コックス・コミュニケーションズは、全米で3番目に大きいケーブルテレビ事業者である[81]。また、コックス社はアトランタを代表する日刊紙であるアトランタ・ジャーナル=コンスティテューション紙 (The Atlanta Journal-Constitution) も発行している。また、コックス社の主席ラジオ局であるWSBは、南部で最初に設立されたAMラジオ局である。

○宗教
アトランタ市内には礼拝のための施設が1,000か所以上ある[82]。アトランタにおいては歴史的にプロテスタントの勢力が強く[83]、南部バプテスト連盟、ユナイテッド・メソジスト教会、長老派教会 (PC(USA)) などの教派が拠点にしてきた。しかしながら、1962年にアトランタ管区が創設されてからはカトリックの信者も急速に増えてきている。その背景としては、主にカトリック信者である中南米からの移民の増加が挙げられる[84]。アトランタ管区はバックヘッドにあるクライスト・ザ・キング大聖堂を本山にしている。

米国聖公会のアトランタ教区はジョージア州北部全域、中部の大部分、および西部のチャッタフーチー川流域にまたがり、その本山はバックヘッドの聖フィリップ大聖堂である[85]。また、アトランタにはこのほか、アメリカ福音ルーテル教会やユナイテッド・チャーチ・オブ・クライストもオフィスを置いている。救世軍はアメリカ合衆国南部軍国の本営をアトランタに置いている[86]。北郊のサンディスプリングスには、末日聖徒イエス・キリスト教会(いわゆるモルモン教)の寺院も置かれている。

また、アトランタにおいては、アフリカ系アメリカ人の伝統的な教派であるナショナル・バプテスト連盟やアフリカン・メソジスト福音教会も強い勢力を持っている。これらの宗派も含めた6つの宗派の神学校は超教派神学センター (ITC) を構成している。かつては、ITCはアトランタ・ユニバーシティ・センターにも参加していた。

アトランタ都市圏内には約120,000人のユダヤ教徒がいると推定されている。これは全米の都市圏で11位となる規模である[87]。また、アトランタには35か所のモスクがあり、約75,000人のイスラム教徒がいると推定されている。

参照元:ウィキペディア「アトランタ

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アトランタ都市圏には30以上の高等教育機関がある。中でもとりわけ知名度が高いのはアトランタ北東郊にキャンパスを構えるエモリー大学である[68]。1836年に開校したエモリー大学はメソジスト系の中規模私立大学で、学部生約6,000人、大学院生約4,000人を抱えている。少数精鋭のリベラル・アーツ教育に特に力を入れており、USニューズ&ワールド・レポート誌の大学ランキングでは常に上位25位以内に入る高評価を受けている。メインキャンパスの60km東、エモリー大学発祥の地であるニュートン郡の小さな町オックスフォードには、創設当初の学校がエモリー大学併設の2年制リベラル・アーツ・カレッジ、エモリー大学オックスフォード・カレッジとして残っている。また、同学は経営学の分野においても高い評価を得ている。

ミッドタウンの西にキャンパスを構えるジョージア工科大学は、1885年にアトランタ、ひいてはアメリカ合衆国南部に工業に根ざした経済の基盤を創るために設立された大学である[16]。ジョージア工科大学はその名が示す通り、設立以来一貫して自然科学・技術に特化した教育を行ってきた。また、同学はスポーツにも力を入れている。ジョージア工科大学のスポーツチーム、イエロージャケッツは近隣のクレムソン大学やフロリダ州立大学などと共に、NCAAのディビジョンIのカンファレンス、アトランティック・コースト・カンファレンスに所属している。同カンファレンスは特に男女バスケットボールの激戦区として知られている。ミッドタウンという立地条件で、充実した体育施設を有しているため、1996年のアトランタオリンピックでは同学で多くの競技が行われ、また選手村にもなった。

ジョージア州立大学は1913年にジョージア工科大学の商学部を分離して設立された州立大学である。同学は明確なキャンパスを持たず、ダウンタウンの中心部、ファイブ・ポインツの近くに校舎や施設を集中させている都市型大学である。前述のジョージア工科大学とこのジョージア州立大学、アセンズに本部を置くジョージア大学、およびオーガスタに立地するジョージア医学校の4校は、ジョージア大学システムの中でも研究を主とした大学として位置づけられている。

このほか、アトランタ都市圏にはオグレソープ大学、アグネス・スコット大学、クレイトン州立大学、南部工芸州立大学、ケネソー州立大学、ジョージア・ペリメーター大学などの4年制および2年制の大学がキャンパスを構えている。また、アトランタはアトランタ・ユニバーシティ・センターと呼ばれる、かつてアフリカ系の学生に高等教育の機会を与えるために設立された大学のコンソーシアムが本部を置いている。このコンソーシアムには、アトランタ初の黒人大学として1865年に設立されたアトランタ大学に起源を持つクラーク・アトランタ大学をはじめ、モアハウス大学やスペルマン女子大学などが参加している。

アトランタのK-12課程はアトランタ教育局の管轄下にある公立学校によって支えられている。この学区は小学校58校、中学校16校、高等学校20校、チャーター・スクール7校を有し、49,000人以上の児童・生徒を抱えている[69]。また、同局は中学校・高等学校レベルのオルタナティブ・スクール2校、男女別学校2校、および生涯教育センターもサポートしている[69]。また、同局はFMラジオ局およびテレビ局も所有・運営している。

市北部には、日本の学校法人聖学院が運営する小学校及び幼稚園、聖学院アトランタ国際学校がある。

参照元:ウィキペディア「アトランタ
アトランタの玄関口となる空港はダウンタウンの南約16kmに位置するハーツフィールド・ジャクソン・アトランタ国際空港 (IATA: ATL) である。同空港は利用旅客数と離着陸数において、「世界で最も忙しい空港」として位置づけられている[59]。2007年に同空港を利用した旅客は約8,938万人、離着陸した航空機は延べ994,396機にのぼる[60]。デルタ航空最大のハブ空港である同空港には、同社の便を中心に、全米各地のみならず、中南米、ヨーロッパ、アジアへの路線も就航している。1925年に自動車レース場跡地を転用して開港したこの空港は、アトランタの地域経済発展にも大きく寄与してきた[61]。

アトランタではI-20、I-75、I-85の3本の州間高速道路が交わる。これらの州間高速道路はいずれも幹線の高速道路で、I-20はバーミングハムやコロンビアなどへ、I-75はチャタヌーガやタンパなどへ、I-85はモントゴメリーやシャーロットなどへそれぞれ通じている。また、I-75を南東へ約130km行ったメーコンでは、サバンナへと通ずるI-16がI-75から分岐する。これらの高速道路上にはグレイハウンドの中距離・長距離バスが走っている。

アトランタ市内では、I-20は東西へ、I-75は北西-南東方向へ、I-85は北東-南西方向へそれぞれ通っている。市の中心部では、約12kmにわたってI-75とI-85が同じ道路を共用しており、ダウンタウン・コネクターと呼ばれる片側6車線(両側で12車線)の高速道路となっている。このダウンタウン・コネクターは1日の通行量が340,000台におよび、全米の州間高速道路の中では最も混雑の激しい10か所のうちの1つに数えられている[62]。

これらの幹線の州間高速道路のほかにも、アトランタには全部で12本の放射線が走っている。また、位置付け上はI-85の支線となっているI-285は、アトランタの市域を囲む環状線である。このI-285はちょうどアトランタ都心部と郊外とを分ける境界になっている。高速道路網の整備が進んでいるアトランタ地域においては、移動手段として自動車への依存度が高く、「南部のロサンゼルス」とも呼ばれることもある[63]。

アトランタ都市圏における平均通勤時間は全米でも最長の部類に入る。また、あまりにも自動車への依存度が高いため、アトランタの交通渋滞は全米最悪の水準である[64]。アトランタは全米で最も大気汚染のレベルが高い都市の1つであるが、その要因として、自動車による長距離通勤と交通渋滞が挙げられている[65]。これに対し、アトランタ都市圏における大気汚染のレベルを下げるため、ザ・クリーン・エア・キャンペーン (The Clean Air Campaign) という非営利団体が立ち上げられた。ザ・クリーン・エア・キャンペーンは、通勤に使われる自動車の量を減らすために相乗りなどの新しい通勤方法を提案したり、地域住民の健康維持のためにスモッグ警報を出したりしている[66]。

自動車への依存度が高いアトランタであるが、公共交通も整備されてきている。アトランタ・マルタ(正式名称: アトランタ都市圏高速交通局)は東西線・南北線の2本の地下鉄、およびフルトン郡、ディカーブ郡、グイネット郡にまたがる路線バス網を運営している。特に南北線はハーツフィールド・ジャクソン・アトランタ国際空港を南の起点とし、ダウンタウン、ミッドタウン、バックヘッドを縦貫し、サンディスプリングス市に至る、アトランタの大動脈と言える路線である。バックヘッドの1駅南で南北線と分岐する北東支線はドラビル市へと至る。南北線と東西線はダウンタウンの中心、ファイブ・ポインツで交わる。また、アトランタ都市圏内のクレイトン郡、コブ郡、グイネット郡は、アトランタ・マルタとは別個の、郡の路線バス網をそれぞれ運営している。

アムトラックの駅はミッドタウンの北、ブルックウッド・ヒルズ地区にあり、ダウンタウンからはかなり離れている[67]。この駅の周辺にはアトランタ・マルタの地下鉄の駅はないが、バス停はある。この駅にはニューヨークとニューオーリンズを結ぶ長距離列車クレセント号が停車する。

参照元:ウィキペディア「アトランタ