TOKYO | kimama

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おもったときに、おもったままに。

きがむくまま、

てきとうにね。

ただいまTOKYO一週間ちょい。

不思議なもので、高松にいるときは、
毎日が過ぎていくんが、すごいゆっくりで。
8月はすごく長かった様に感じる。
こっちに帰ってきて、時間を気にするせいか、
一日が過ぎていくのがすごく早い。
もう、九月も後半にさしかかっています。

同じ日本なのに、こんなにも時間の流れが
ちがうもんなんか。
今ってのを逃したら、逃しっぱなしで、
たれながすように、時間が過ぎていく。

高松では、時間は、流れていく。
こっちでは、過ぎていく。

そんな感覚になんとなくついていけずに、
ちょっととまどう。

もちの存在の大きさに気づく。
さみしい。もちにあいたい。

体調はそこそこ。そもそも、体調がいいって
なんなんやろう。
起こる物事すべてが、ベールに包まれとるような感じで、
別にはっきり見たいとも思わんし、悪いことでもないような。

むきだしの心で居ることは危険ってやっと分かった。

自分が自分であるけれど、人や物事に接するときに、
体ってゆうワンクッションおいて遠くから感じるというか、
見るってゆうか。
そうしたら、おちついた感じで居れる。
少なくとも、自分の中で処理出来る。

あたしが、今まで信じて、大事やと思ってた気持ちを、
壊すことにした。
きっとそれがいちばんいいんや。きっと。
望むことも、期待することも、やめた。
甘かったよ、あたしは。

こんなかんじで居ると、毎日が楽しい訳じゃ無いけど、
誰も、傷つけずに済んどるんじゃないかと思ったら、
やっていける。

はやく、もちにあいたい。