空港✈️に着いてからホストファミリーの発表があった。
ホームステイ先の発表だ。
その後それぞれのステイ先の家へ行き、次の日から
さっそく大学での語学研修が始まった。
私は気が乗らないまま来たせいか、お世話になる家族の人達があまり感じの良い人達ではなった。
基本的に彼らから話かけられる事は殆ど無かった。
「やっぱり来なきゃ良かった💧」
…と
今更嘆いたところで、日本に帰れる訳でもないので、
無駄に嫌われない様に
とにかく明るく振る舞った。
少しショックだったのは
私はアメリカ人は皆、陽気で明るく優しい人達だと勝手に思っていた事だった。
日本で英会話を教えてくれる外国人の人達は皆、
優しい人達ばかりだったからだ。
彼らはきっと日本が好きな人達なんだろう。
これは後から思った事だけど、
彼らは(私のホストファミリー)
アジア人に対しての差別的な意識もあったのかもしれない。
当時は全くそんな事まで考えが及ばなかったが…
とにかく、
私は明るく振る舞う事を意識して
嫌われない様に務めた。
それしか生きる術は無いくらいに思っていた。
そして
自分の部屋にいる時だけが唯一ホッと出来る空間で、
夜になると東の方を向いては日本を想い、一週間くらいは毎日泣いていた。(東の方に日本があると、何故か思っていた💧)
超重度のhomesickである。
そんな時にまた大学の教室で彼女が
「元気無いけど、大丈夫?」
と声をかけてくれた。
私が事の次第を話すと
「それはちょっと酷いね。何ならホストファミリーを変えてもらったら?」
とアドバイスをくれた。
「でもまた次のファミリーがどう言う人かわからないし、何か感じ悪いからやめとく。」と私が言うと
「そっか〜、じゃあ私が時々遊びに行ってあげる❣️
ゆきちゃんも家に来なよ。家族に話しておいてあげるから😉❣️」
と彼女。
「ホント?いいの?」と私が言うと、
「そんな事お安い御用よ❣️私んちのファミリーは優しくて気のいい人達だから、大丈夫よ❣️」
と彼女は言ってくれた。
その時の私の気持ちと言ったら
霧がかって
絶望感しかなかった心に
大袈裟じゃなく本当に希望の光が差し込んだ瞬間だった。
そして彼女には何度もお礼をいい、
それからは時々お互いの家を行ったり来たりしながら、
私も少しずつ自分の周りの環境にも慣れていき、
重度のhomesickが知らないうちに治っていった。
〜続く〜
