そう思って来ました。
けれど、子供を産み、孫と接する母を見ていると本当に優しい。
頭ごなしに言う訳でもなく、子どもの想いを尊重して、気長に子どもの気持ちと付き合っている。
あんなに怖かった母は、私の思い込みだったのかしらん。
母は、「孫には責任がないからな。子どもの責任持つのは親やもん。必死になる。」と言っていました。
実家の稼業は自営のため忙しく、連日深夜まで働いていた両親。
今、子育てして分かることは、自分に余裕が無いと子どもの気持ちに寄り添ってやれんということです。
あかんと分かっていても、どうしても自分のペースに合わさせてしまう。
昔は、私に愛情をくれなかったと憎んだ母。
小さい頃、叱られて叩かれてお漏らししたことは忘れてない。
けど、その記憶は断片であり、母なりに頑張って子育てしてたんだと思うんです。
キレイにアイロンのかかった服や、睡眠不足の中毎日作ってくれた食事やお弁当。通わせてくれた習い事に、学校。
会話はほとんどありませんでしたが、上記のことは両親の犠牲によって成り立っていたんですよね。
ご飯より、習い事より、愛情が欲しかった…と思っていた時期もありましたが、愛情がなければご飯も習い事も与えられてなかったはずなんです。
時間がなかっただけなんです、きっと。
今はちょうど良い距離で母と過ごせているので、昔の想いに囚われて母にレッテル貼りをするのをやめようと思いました。
摂食障害者には母娘に確執が云々…とよく聞きますが、今の私にはそのことを追求することは無意味だからです。
その方が良いんです、私にとって。
そのまんま感じたことで良いんかなーって近頃よく思います。