毎日、チートデイ。ではなく、惰性の貪り。
疲れ過ぎて、心が狭くなっています私(´-ω-`)
仕事と育児と家事が全部グダグダです。
それを言い訳に過食。
●仕事
前任の方の仕事内容があまりにずさんで整理に大変。
整理するために質問するも、自分が答えられない内容になると怒り出す前任者。グチャグチャな業務を整理するだけであり、頑張ったところで標準になるだけ。
前任者のグダグダ運用のせいで、現担当の私が他部署からお叱りを受ける。仕方ないけど、つらたん。
仕事を早く回したいのだけど、時短勤務ゆえ時間が足りず残業出来ずで、結果を出すのが遅くなり凹む。内容も詰めが甘いのを自覚してるので更にモヤモヤ。
だけども、周囲には「時短勤務で早く帰れて良いねー」と言われることもあり、複雑な気持ちになる。
(人はその人の立場にならないと分からないことが多々あるから仕方ないわいなー。)と聞き流すようにするけど、良い気はしない。
●心が狭くなって凶暴化
保育園のお迎えに間に合うように必死で働いてダッシュで迎えに行くも、保育士さんに「お母さんギリギリ〜〜」と言われ(黙れ!)と思う。その後、幼稚な自分に自己嫌悪。
●帰宅後の嵐
慌てて食事の支度をしていると、イヤイヤ期突入の子どもがかまってくれーと大声で泣き叫ぶ。
やっと食事を始めてもゆっくり食べることはできず、食後は直ぐに寝室の空調の準備とお風呂の準備。
食後、子どもと少し遊び、その後、嫌がる子どもを連れて入浴。
お風呂から上がると急いで自分の髪を乾かし、これまた泣き叫ぶ子供の歯磨きをして寝かしつけ。
●毎日帰りの遅い夫
寝かしつけたら、今度は夫の夕飯の支度。
●寝る前に…
就寝前の床掃除
保育園の連絡ノートの記載
●この合間に過食
働きながらの育児と家事は大変ですが、自分で決めたことなのでそこは割り切っているつもりです。
でも、大変なことが重なるとイライラしてしまいます。
結果、整理できない気持ちのはけ口は「食べること」へ。何か食べたいわけでもないのに、味の濃いものを口に入れ、咀嚼し、飲み込みたくなる。
求めているのは、解放感なのかなぁ…。
拒食から過食嘔吐に移行した時の、あの飢餓からの解放。あの感覚が脳に刷り込まれているのかな。
誰のせいでもない。何かのせいでもない。取るに足りない些細な事。でも誰かにわかって欲しい…。
そんな気持ちの整理が下手なんです、私。
そして、考えないために食べ物やお酒に逃げる。
友人と食事…とか、買い物…とか、ドライブ、映画、運動、キャンプ、読書…私の選択肢にはありません。
そんなもので、頭や心はカラッポにならない。
この「カラッポ」ってのが良くないんでしょうかね。
考えるのやめたところで、現実は何にも変わらないのになぁ…
わかって貰えないことに弱い私。
わかって貰えないからって、何がそんなに居心地が悪いんだろう。
自分が分かっていればそれで良いのに…。一人でも分かってくれる人がいればそれで良いのに。
なんでこんなに孤独に感じるんだろう。
やっぱり自分の基盤が脆弱だと思います。
幼少期にうまく育むことのできなかった自己肯定感が、今に響いています。
