すっかり症状が良くなったと思っていたけど、
最終嘔吐から、まだ1ヶ月半しか経っていなかった。
最終的に摂食障害を治す事って、
もしかしたら、
自分の考え方や、物事の捉え方を
直すことなのかなーと思えて来ました。
ダイエットから摂食障害に陥ったのには、
自分の性格やら、生育環境、文化的背景、社会的背景等の諸々と、
著しい自己評価の低さが絶妙にマッチングしてしまったからなんだろうと思います。
原因はいろいろありすぎて特定が出来ないので、原因探しはボンヤリさせたままです。
完璧主義だから摂食障害になった。
母娘関係に問題があったから摂食障害になった。
真面目だから摂食障害になった。
これに当てはまるから摂食障害になる訳ではないし、さほど珍しいことでもない。
知ったところで劇的に良くなるわけでもない。
それだったら原因探しより、
どうやったら治るか実行する方が早い気がする。
という考えに至った今日この頃。
なんだか、妙に思えて来たんです。
以下の理屈。
例1)
お菓子を食べ過ぎた。
だから、もっと食べて吐いて肥らないようにしよう。吐けばチャラになる。
「だから」の使い方がおかしい。
「だから、少し運動をしよう。」もしくは、「次の食事で調整しよう。」
お金使って、時間使って、身体痛めつけて、精神的にダメージを与えているのでチャラではない。
例2)
過食したのに、吐かずに寝落ちしちゃった。
もっともっと詰め込んで吐かなきゃ。
数時間前に食べたものは消化されているし、
もっともっと詰め込むんでも、カロリーが加算されるだけ。帳消しにはならない。
なのに、追加で過食する行動。矛盾している。
例3)
500gも肥った。
顔にもお腹にもお尻にも肉がついた。
誰にも会いたくない。醜い。
肥ったって思われる。
実際、4~5キロ位変動しないと、
人からは痩せたことも、肥ったことも指摘されたことはない。
自分自身、他人の数百グラムの変動に気付いたことなんてないくせに、自分はたった数百グラムの数字に縛りつけられている。おかしな話だ。
自分自身は他人から言われた一言で
何日も何週間も悶々とするけれど、
言った張本人のその人は、
私のことなんて微塵も思い出さずに、
その日の夕食を楽しく食べているんだろうな。