大沼優記の"ぬまぶくろぐ"

大沼優記の"ぬまぶくろぐ"

大沼優記のブログ。沼袋に関する情報を発信する地域密着型ブログ、ではありませんのであしからず。

昨日は駄文が長過ぎて本題まで辿り着きませんでした!

こりゃ失敬!!(ビシイッッッ!!!)

さて。

改めてお知らせです。

この度、役者としての活動を休止することにいたしました。

再開の予定はございません。

おそらく再開はしないと思います。

やりたくなった時にふらっとやれるような世界ではないと個人的には思っていますし。

なので、表向きはお休みですが、実際のところはそういうことなのだと思っていただきまして。

この場に書いている段階で、表向きも何もないわけですが。

「この場が表じゃないのなら、表はどこにあるのだろう」というわけですが。

でも、そういうことといたしました。

思えば、

2001〜2008 劇団夢のミルクこうじょう
2011〜2016 シアターキューブリック
2016〜2025 エムキチビート

と、3つの劇団ならびにその間のフリーの期間・あと、大学在学中は立教大学演劇研究会にも所属して…と、長いことやってまいりました。
(余談ですが、エムキチビートの太田守信さんは立教大学の同期です。太田さんは文学部、僕は法学部だったので当時面識はありませんでしたが)

高校の同級生と劇団を旗揚げして踏み出した一歩が全ての始まりでした。

あの日のことは忘れることなど到底できません。

そう、あれは2001年の3月……のこと?

んー、2月?…あれ、1月だっけ?

いやいや、2000年だったっけか?

おい、ばあさんや、わしの名前は何じゃったかの。

いつ頃のことか忘れてしまいましたが、長い旅路でした。

手元にある最も古い画像を探してみました。

2003年、21歳の自分です。(右上)


お手伝いさんが混ざってるみたいだろ?

このお芝居の主役なんだぜ?

うすっ!

オーラ、うすっ!

オブラートのような薄さのオーラを纏った僕が、気づいたらこの中でぶっちぎりで長く役者を続けていました。

まさか今後、当時まで生きた年月以上の時間をお芝居に費やすとは思っていない頃の自分。(21歳)


22年後の自分。(43歳)


ん、夜だと白髪とか分かりにくくていいですな。


時が流れました。

コロナ前までは、年中お芝居をやっていたような気がします。

24年半…キリが悪いので25年にしますが、25年間でたくさんの方々に出逢えました。

役者をやっていなかったら、これだけの方々とのご縁になんて恵まれなかったことでしょう。

不思議なもので、ここ最近いろんな方々が夢に出てきてくれます。

そして、その度に当時を思い出しては「濃い日々だったなぁ」などと思ったりしております。

ロマン溢れる日々でした。

いや。

ヌマン溢れる日々でした(言いたいだけ)

そう、それはヌマンティックな日々でした。

特に関ケ原で活動していた時期は、群を抜いてヌマンティックでしたな!(言いたくてたまらない)


関ケ原にいた頃の自分(29歳)



ここのブログは2011年の6月から書き始めまして。

14年半近く…キリが悪いので15年にしますが、たくさんの駄文を書き連ねました。

今日の記事で928件目のようです。

昨日が5年以上ぶりの更新だったので、10年で926件。

え…?4日に1件…?

結構書いてたな!

お芝居のセンスがあったかは定かではありませんが、文章を書くセンスはあったと個人で勝手に思っています。

たまに読み出しては、1人でぷぷっと吹き出しています。

画像は、ある日のブログより。



【聖を不意に失う】と書いて、セフィロスだなんて…。

ぷぷっ…。

ぶほーっ!!

ぶっ!ごっ!

ごふぇぇっっ!!

吹き出すを通り越し、勢い余って口から魂が漏れ出てしまいます。

危ない危ない。

あと、どの記事も好きですが、ふと思い出した記事の中ではこれも好きです。
https://ameblo.jp/ohnumayuuki/entry-12356792448.html


いいですなぁ。


いい具合にくだらないですなぁ!


ブログを終わりにする理由は特にないのですが、役者をやらずにブログだけ書いても需要があるのか分からないですし。


でも、まぁ、辞めなくてもいいのかぁ。


5年書いてなかっただけでも休止と何が違うのか分からないし。


「書きたくなったら書く」のスタンスでいいのかぁ。


あ、ごめんなさい。


撤回します。


ブログはたまに書くかもしれません。


まさかの、同じ記事の中で辞めるのを撤回する展開。


うん、書くかもしれないし書かないかもしれません。


多分ほとんど書かないとは思いますし、結局一度も書かずに終わる可能性大ですが、そこは好きにやっていきます。


ふにゃふにゃした僕の声を褒めてくださった方々、ありがとうございます。

「ふにゃふにゃしてるなぁ!」なんて自分では感じますが、おかげで自分の声に少し自信を持つことができました。

何かの拍子にふと思い出していただけることがあったら、ぜひこの動画でもご覧ください。



元気にふにゃふにゃ喋っております。

さて。

これにておしまいです。

25年の旅路の終点にしてはあっさりと書きますが、これにて幕引き。

これからは、たまに1人でぼんやりこれまでの活動を振り返ったりしようと思います。

………。

………?

あ!

表向きは休止でした!

これにてお休みに入ります!!

危ない危ない。

何か、いろんな経験ができたらなと思っています。

あと、退団するわけではないです。

どこかで見かけた時は、是非声をかけてください。

「わー!」って手を振ります。

「さよならだけど、さよならじゃない」

そんな、やまだかつてない言葉で締め括りたいと思います。

このブログを読んでくださった皆さま、これまで応援してくださった皆さま、どこかで一緒にお芝居をしてくださった皆さま、ありがとうございました。

そして。

やりたいように人生を過ごさせてもらった家族に感謝を。

また、どこかでー!
ご無沙汰しております。

実に、5年ぶりのブログ更新です。

5年て!!

でも、この歳になると5年なんてあっという間なものだなぁと思う。

ふぬ、毎日を噛みしめたいものですな。

さて。

今日はお知らせです。

えっと、その前に今日はハロウィンですか。

ハロウィンといえば。

小学生の頃の行事で仮装大会があった。

あれは低学年だったか中学年だったか。

「何の格好するー?」なんて、みんなでわいわいきゃっきゃしながら準備したものだ。

僕は「ドラゴンボール」から、サイヤ人の格好をすることに決めた。

戦闘服をダンボールで作り、スカウターのモニター部分を下敷きを切って拵えた。

透明な下敷きだったが、やはりここは赤一択だろう。

下敷きを赤色のマッキーで塗りたくった。

さて、どうやって装着しよう。

実際のスカウターのように耳から固定させる術など持ち合わせていない。

ここは…。

貼るしかないだろう。

僕はマッキーのインクまみれの下敷きを眼帯よろしく左目に貼り付けた。

ふん、満足だ。

気分はサイヤ人の王子だった。

幼心とは恐ろしい。

仮装大会を終えた翌朝、鏡を見ると。

目が開かないほどに左目がパンパンに腫れ上がっていた。

「くそったれーーっっ!!」

あの瞬間の僕は、仮装をしていたどの瞬間よりもサイヤ人の王子だった。

「演技は、外見よりも中身が大事なのだ」と、幼心ながらしみじみ思ったものである。

さて、お知らせです。

あ、ハロウィンといえば。

過去のブログにこんなことを書いたのが、つい1年前のことのような気がするけど、この記事が…8年前ですか…!


久しぶりに読んでみるか。

どれどれ?

………。

おんなじこと書いてるやないかい!!

過去に言った話を忘れて、あたかも初めて話すかのように繰り返し始めたら、いよいよだ。

ふぬ、老いとは儚いですな。

さて、お知らせです。

あ、ハロウィンといえば。

小学生の頃の行事で仮装大会があった。

あれは低学年の頃。

「何の格好するー?」なんて、みんなでわいわいきゃっきゃしながら準備したものだ。

その中で僕は、野茂英雄の格好をすることに決めた。

プロ野球で絶頂の人気があった頃の野茂だ。

仮装大会当日。

僕は、近鉄の帽子を被った。

ユニフォームなんてものはない。

私服だ。

私服に近鉄の帽子を被って、時折「野茂だよ」と誰にとはなく発しながら練り歩いた。

幼心とは無敵だ。

もしもあれが近鉄ファンの少年の仮装だったら完璧だったのかしらん。

中身のない話を無駄に長々と書いてしまいました。

久しぶりだったのでね。

THE 駄文。

こりゃ失敬!!(ビシイッッッ!!!)

お知らせは明日書きます。

ハッピーハロ………



ウィィィーーッッッ!!!
まず最初に。

弱音を吐いたり、後ろ向きなことを書くことは不安なことであるし、怖いことであるし、読む方々だってあまり気持ちの良いものではないということは承知している。

ただ。

もしも心が壊れてしまいそうなら、時にはそれをしたっていいのかもしれない。

ということを書きまして。


かなり時間が経ったけれど、先日38歳の誕生日を迎えた。

この歳にもなれば、誕生日についての感慨もあまり無くなるものかと思っていたけど、今年は少し違った。

ずっとずっと部屋で1人過ごす生活の中で、何を書いたら良いのか、自分は何者なのか、そもそも何のために生きているのかが分からなくなる日々。

そんな中、お祝いの言葉をいただけることがどれだけの力を漲らせるのかを切々と感じた。

「大沼さん」「ぬま」「ぬまさん」「ぬまちゃん」と、名前を呼んでいただけることは、「あぁ、自分は確かに生きているんだ。たくさんの方々と繋がっているんだ」と確かめられた。

「またお芝居が見たいです」という言葉が、失いかけている自信を少し取り戻させてくれた。

そう。

僕は、自信を失っているのだ。

日々の生活を営むことに対しても、お芝居に対しても。

どちらかというと、自ら自分を信じることを遠ざけているのだと思う。

自分に舞台に立つほどの魅力と、そもそもの覚悟があるのか?

自分には、もう需要が無いのではないか?

それなのにお芝居を続けようとして、中途半端に人生を生き続けるのか?

などなどを自問する日々。

そんな日々の中で最近思うこと。

思い描いた人生に辿り着くことって、それは多分ごくごく稀なことで。

多かれ少なかれ、進みたい方向に向かって進んでいたつもりでも軌道はズレていくものなんだなぁって。

実際、去年の今頃は今の自分の状況なんて予想だにしていなかった。

それどころか一昨年の今頃は、今の状況や身の周りの環境をほんのひと欠片さえも想像していなかった。

それはウイルスがもたらした未曾有の災禍によるものもあれば、その場その時の感情に流された言動によってもたらされた環境の変化もある。

だけど、起こってしまったことはどうひっくり返しても起こる前には戻れない。

だったら。

明日を創ることを手放していても仕方ないのではないか。

具体的にどうすれば、より良い明日を創れるかはまだ全然分からないけど。

分からないけど、とりあえず笑えばいいのかなぁって。

笑っていても泣いていても、世界は変わらずに動いているのだし。

太陽は昇るし、緑は輝くし、街の景色は変わらない。

どんな時でも、世界は何も変わらずに動き続けるのだ。

だったら、笑うしかないのかなぁと。

笑うのはとても力のいることだけれども。

それでも。

笑っていれば、きっといつか。

またいつか。

どこかで笑顔で会えますように。

かなり時間が経ってしまいましたが、改めまして。

お祝いのメッセージをくださった皆様、ありがとうございました。