悲しくて---、苦しくて---、涙が止まらなかった。
この途方もない絶望感から抜け出したくて-----。
誰なんだろう。
俺たちが愛していたのは、俺たちが失ったのは、
----誰だったんだろう。
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郷土研究部が出来たことを知ったのは、1年生の夏頃だった。
新聞部に退部届けを出した俺に、同じ新聞部だったウニョクはつまらなそうに言った。
『本当に辞めちゃうのか、ドンへ』
『…うん。俺には新聞部は向いてなかったんだよ。元の民話とか、地域伝承とか書いても、みんな関心ないみたいだし…』
『でも…、郷土研究部って、変な噂あるぜ?』
少し心配そうに、ウニョクは眉を下げた。
『昔あった部活が復活したって、表向きはそう言われてるけど、実は郷土研究部のメンバーっていうのは…』
『大丈夫だって、ウニョク。自分で決めたことだし、好きなことやれて、俺は嬉しいよ』
俺は笑って、ウニョクに答えた。
お世話になった先輩たちや、顧問の先生に挨拶をして、郷土研究部の部室に向かう。
俺の心は、わくわく弾んでいた。
楽しみにしていたマンガを読むみたいに。
買ったばかりの洋服に、袖を通すみたいに。
昔話や民話が好きだった俺には、ぴったりの部活が見つかったからだ。
好きなことを出来るのは、すごく嬉しい。
だけど、もっと嬉しいのは、同じ趣味を持つ仲間たちに会えることだった。
----楽しみだな。
七夕伝説の地域別のオチの違いとか、だいだらぼっちの逸話とか、熱く語れる人たちに会うんだ…!
にこにこしながら、校舎の端っこにある部室の扉をノックする。返答を待っていると、背後からにゅっと手が伸びた。
大きな手が、扉の引き手を掴んで、俺の体ごしに扉を開く。
振り返った俺は、腰が抜けるほど、ぎょっとした。
校内1恐れられている不良の、イェソン先輩だったからだ。
『あっ……!』
『悪いな』
『お、俺こそ、すいません!許して下さい!』
『………』
イェソン先輩はじろりと私を見下ろした。
俺は喉の奥で、ひっと悲鳴を上げそうだった。
こんな近くで顔を見るのは初めてだった。
遠くで見かけた時は、友達と一緒に方向転換して、帰り道を変えたほどだ。
イェソン先輩は目を合わせる前から、高校生とは思えない迫力があって、逃げ出したい気分にかられてしまう。
だけど、イェソン先輩は青ざめる俺を見つめて、そっと優しく苦笑した。
『入れよ。----ノックしたって開かねえよ』
『………』
『物ぐさだからな、ここの連中は』
ガラっと音を立てて、郷土研究部の扉が開かれる。
滅多に使われない古びた教室にいたのは、思いもがけない人物だった。
『あれ、ど、どなた…ですか?』
黒板を掃除しているのは、天才少年だった、ということで有名なイ・ソンミン先輩。
『だれ………』
窓辺に腰かけているのは、人気者の王子さまから、汚職政治家の息子に転落したキム・リョウク。
そして----、
『……イ・ドンへ?』
ついこの間まで、学校のスーパースターだった、チェ・シウォン。
『……シウォン……!?』
俺は口元を押さえて、驚きをあらわにした。
『なに?知り合いなんだ、君たち』
『クラスメイト』
リョウクと会話するシウォンに、俺は声を無くして感動した。
----俺なんかの名前を、シウォンが覚えているとは、思ってもみなかったから。
別に謙遜でもなく、卑屈になってるわけでもない。
シウォンは教室に見物人が来るほどの(特に女子の)人気者で、いつも忙しそうで、陸上のこと以外には全く関心がなさそうだった。
彼が廊下を歩いてるだけで、先生や先輩から『頑張れよ』『期待してるぞ』という声が、当たり前のように飛んでいた。
頑張って----、と、俺も声をかけたことがある。
全国優勝した人が同じ学校にいたら、知り合いに自慢話が出来ると、ミーハーに喜んでいたからだ。
----なんて無責任なことだったんだろう。
シウォンは無敵のヒーローじゃなくて、俺たちと同じ歳の、少年だったのに。
『----何?』
長く見つめすぎたせいで、シウォンが不審げに眉をしかめる。
何か言わなければと、俺は慌てた。
『あ、えっと……、大会、残念だったね』
『……ああ…』
シウォンが唇を結ぶ。
言わなくていいことだった----と、真っ青になって俺は混乱した。
ぱくぱくと口を動かしても、上手い台詞が出てこない。
その時、不意に笑い声がした。
『あはは!チェ・シウォンごときには当然の結果だよ。熱に浮かされて、周りが騒ぎ過ぎたのさ』
風に、パーマがかかった柔らかそうな髪を揺らされながら、リョウクが悪気のない顔で笑う。
とんでもない暴言に、俺はなおさら慌てふためいた。
はらはらとシウォンを伺うと、彼はむっとしながらも、どこか明るい表情を見せていた。
普通の男の子みたいな、教室では見たことのない顔。
『うるさいよ、リョウク』
『なにが?壊れた膝を引きずって走った馬鹿なやつだ。こんな愚かものを、僕は他に知らないね』
リョウクの暴言は容赦なく、だけど、2人とも笑っていた。
戸惑いながら、2人の表情を見比べる。すると、リョウクがちらりと、黒板の方に視線を向けた。
『イ・ソンミン、隠れることないでしょ』
はっとして目をやると、ソンミン先輩が教室の隅で、小さくなっていた。
背中を丸めながら、挙動不審な丁寧さで、黒板消しをクリーナーにかけてる。
『ご、ご、ご……』
たぶん、ごめんと言いたかったんだろう。
言い切る前に、細い息を吸い込んで、ソンミン先輩は胸元を押さえた。壁に寄りかかりながら、深呼吸を繰り返している。
具合が悪いのか、俺は駆け寄ろうとした。その前に、イェソン先輩が俺の前を横切っていく。
『大丈夫か、ソンミン』
『……う、うん、……あの……』
息苦しそうなソンミン先輩の背中をさすって、イェソン先輩が俺を振り返る。
『悪いな。初対面の奴がいると、ソンミンは上手く喋れないんだ』
『あ……』
俺がうなずくと、イェソン先輩は俺に微笑んでから、シウォンに顔を向ける。
『シウォン』
『何ですか』
『こいつに聞けよ。お前が部長だろ』
顎でクイッと俺を示すと、イェソン先輩はシウォンに言う。
『何をですか』
無愛想に、シウォンが問う。
『入部希望者じゃないのか』
イェソン先輩の言葉に、シウォンが俺を見た。
----そうだ、俺は入部しに来たんだ。
自己紹介をしなくちゃ、緊張混じりに背筋を伸ばす。
『あ、あの、郷土研究部にぜひ入部したく……』
『あはは、まさか!入部希望者?』
俺の声を遮って、リョウクが笑い飛ばした。
『郷土研究なんて地味な部活、入部希望者が来るわけないよ。僕らだって、部活が出来るなら、何でも良かったわけだし』
『え……?』
『それもそうか』
イェソン先輩が納得する。----何を言ってるんだ?この人たち。
『チェ・シウォンのファンじゃないの?サインでも書いてあげなよ』
『よせよ』
『そして、引き換えに部員になって貰え。5人いないと不成立らしいからな』
『誰でもいい訳じゃないだろ』
迷惑そうな顔をして、シウォンが俺を一瞥する。
さっきよりも不機嫌な声で、シウォンは俺に向かって言った。
『何の用だ、ドンへ』
『……郷土学……』
『何?』
うっとおしそうに、首をかしげるシウォン。
『……みんな、郷土研学のこと知らないの…?』
『………?』
肩にかけていた鞄を降ろして、俺は中身の本を積み上げた。
民話辞典、妖怪伝説、全国の神木やな纏わる説話。郷土学の研究資料を盛りだくさん。
シウォンが目を丸くして----
リョウクが窓から降りて、身を乗り出し----
ソンミン先輩がゆっくり顔を上げて----
イェソン先輩が面白そうに口角を上げた----
俺は声を張り上げる。
『----郷土研究部の入部希望者です!』
それが、俺たちの出会いだった。
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あの4月の日。
死んでしまったのは、----誰だったんだろう。
to be continued...