
存在にあっては、優れている人はひとりもいないし、劣っている人もひとりもいない。一枚の草の葉も大きな星もまったく平等だ……。
だが、人間はほかのものよりも高い位を占めたがる。自然を征服したがる。だからこそ、人間はたえず戦わなければならないのだ。この戦いからあらゆる複雑さが生まれる。無垢な人とは、戦うことを放棄した人のことだ。より高い位を占めることにはもはや興味のない人、自分は特別なのだということを行動で示し、証明することにはもはや興味がない人のことだ。一輪の薔薇(ばら) の花のように、あるいは蓮の葉の上のしずくのようになった人のこと、この永遠の一部になった人のこと、溶け、溶け去り、大海とひとつになり、まさにひとつの波になった人のこと、「私」という考えがない人のことだ。「私」の消失こそが無垢だ。
Osho The White Lotus Chapter 6
解説:
早朝のこの蓮の葉のイメージを見ると、一滴のしずくが落ちたばかりだということが水の波紋からわかります。それはかけがえのない瞬間であり、強く私たちに訴えかけてくるものがあります。重力に任せて葉から滑り落ちることで、そのしずくはそれまでの自己確認(アイデンティティ) を失い、下の水の広がりに加わります。落ちる前にしずくは震えたに違いないということは、想像できます。すでに知っているものと、知ることのできないものとの瀬戸際で--。このカードを選ぶということは、なにかが終わっている、なにかが完結していることが確認されたということです。なんであれ--仕事、関係、あなたが愛してきた家庭、とにかく、これまで自分とは誰なのかをはっきりさせるための助けとなってきたに違いないもの--それを手放し、去って行かせる時です。しがみつこうとせずに、どんな悲しみも受け容れて--。より大きななにかがあなたを待っています。発見されるべき新しい次元がそこにあるのです。あなたはもはや戻ることのできない地点を越えてしまい、重力が働いています。それと共に行きましょう--それは解放を意味しています。
--------
「迷走中」
そんな言葉が自分の中から出てきていた。
どうも、よくわからない、感じが自分の中にあった。ここ数週間。
無理して行動してみても、消えない何か。
筏を捨てる
しばらく前に受け取った、このメッセージが、
また自分の中に、浮かんでいた。
『しがみつこうとせずに、どんな悲しみも受け容れて』
OSHOでも、悲しみを感じることがあるんだな(笑)
もうそれは必要ないとわかっていても、
古いもの、慣れ親しんだものを手放す時の、悲しみ。
あるいは、
覚醒した魂では、何もない、とわかっていても、
人間としての「私」が感じる、悲しみ。
私は本当に手放せているんだろうか。
確かに、「戦う」ことには、もうまったく興味が無い。
『私は私の戦いを終わらせる』
そう決めて、ずいぶんたった。
最後の怖れを手放す時が、来たのかもしれない。
でも、それを私は手放せるのだろうか。
落ちる前にしずくは、震える。
確かに、いま、震えています。
-----
対話セッションのご案内