今日は、lesson 42。
あいかわらず淡々とワークブックは進んでいます。
lesson 40だけは、2日間やりましたが。
10分ごとに思い出す、という日だったけれど、あまりに忘れてほとんどやらなかったので、次の日も取り組むことにした。
でもやっぱり、忘れる。
思い出してまたやるけど、また忘れる。
で、次に進むことにした。
ここで完璧さを求めるよりも先に進んだ方がいいような気がしたので。
ワークブックは香咲さん版でやっているのだけれど、しばらく前から英語版も見るようになった。
謙遜でもなんでもなく、私の英語力は中学生レベル。もしかしたらそれ以下。
英語で話しかけられると石になるタイプです。
ACIMに触れるようになって戸惑ったのが、「そんな日本語、人生で初めて口にします。」というような単語に出会うこと。
日本語だし、単語としての意味はわかっているけれど、今まで使ったことが無い、つまり、使うような場面に出くわしたことがないわけで、どうにもこうにもぴんとこないもどかしさを感じていた。
わたしの聖性が、世界を清めています。(lesson37)
ここでもうはがゆさは頂点に達した(笑)。
で、「聖性」って、「清める」って、元々はなんて言ってたの?と思って、ほこりをかぶっていた英語版を引っ張り出した。
My holiness blesses the world.
なんだ、わかるじゃん(笑)。
英語がそもそもわからないがゆえに、わかりやすい???
「聖性」とまったくなじみの無い日本語で言われるより、「holiness」という英語で言われた方がなぜかすんなり入ってくる。
使ったことが無い単語なら、いっそ英語の方がそのまんまでわかった気になるという不思議。
(あくまでも、私の場合は、ってことです。)
というわけで、ずいぶん前に買ったまま、ほぼ開いたことの無かった英語版がなんと役立つときが来た!
でも英語で読んでいるのは、lessonのアイデアの部分だけですよ(^^ゞ
説明文は英語ではまったくわかりません。日本語で読んでます。
で、今日のレッスン。
神がわたしの強さです。ビジョンは神の贈り物です。
これも、英語の方がわかりやすかった。
そして、このアイデアが自分の中に入ってきたら、一気に今までのレッスンのあまりピンと来ていなかった部分がクリアになっていった。
私の強さは、破壊する強さでもないし、対抗する強さ、戦う強さでも無い。
おそらく、前へ進むというような強さとも違う。
全部を受け入れて、いまこの瞬間にいること。
最初からすべて赦されてなにも起こっていない、ということを受け入れる。
そういう強さ。
神のビジョンで世界をみる私の視線。
それゆえ、わたしの見るもの全てに神がいるし、わたしが見ているこの世界は清められる。
瞬時に。
だからこそ、わたしが見ているこの世界はわたしが創り出したもの。
この新しい世界の見方。
これが神からの贈り物。
わたしはひとりではない。
神と聖霊とイエスと、三位一体。
その一体の中にわたしもいる。
だからこそ、わたしはあなたであり、わたしは世界になる。
境界線が消えて、分離という夢から覚める。