しなくてもいい言い訳をしてみる | 自分ブランドで生きる ~世界一シンプルな私の創り方~

自分ブランドで生きる ~世界一シンプルな私の創り方~

自分で決めて、自分で生きる。
自分を愛して、自分を生きる。

自分の性格上、支離滅裂な文章は書きたくないと思ってしまう。
outputするものは、筋道立って、他人が読んで理解出来るものでありたいと思う。
たとえば、こんな出来事があって、こんなことを感じて、結果、こんな理解に達したよ的な。

でも、ここのところさっぱり文章がまとまらない。
そして出来事はどんどん起こり続け、どんどん古くなっていく。
でも、outputしたいという気持ちが強い。
自分の中に溜まったことを、外に出さないとバランスが悪いような気がして落ち着かない。

twitterを始めてみて、その瞬間に思ったことはそこに出して、すっきりすることもある。
でも、140文字の制限は窮屈で、やっぱり本当にすっきりはしなかった。
中途半端なままで終わっているような。

でも、誰にわかってもらいたいんだ?
自分の考えの整理のためだから、順序だってなくたっていいじゃん。
基本は自分のため。
そして、「私が書きたいと思うってことは、世界のどこかに読みたいという人が存在するということ」ってことだ。

それに、うそが混じっている言葉は、絶対に許可が出ないことを知っている。
どんなにきれいな言葉を並べても、それが自分を正当化したいがためのものだったり、遠まわしに誰かを批判したいものだったり、そんな気持ちが少しでも混じっていれば、自分の中でoutputする許可はおりない。

だから、ちゃんと筋道だって書くことを、放棄してみます。

と、宣言してみないと落ち着かない、面倒な性格(~_~;)