今日の一枚 ~ 再誕生 ~ | 自分ブランドで生きる ~世界一シンプルな私の創り方~

自分ブランドで生きる ~世界一シンプルな私の創り方~

自分で決めて、自分で生きる。
自分を愛して、自分を生きる。

少し大変な日々が続いていた。

わかったことは、「私は強い。」ということだ。
そして、強いということは、時にはソンだなぁ、という感情も現れる。

もう子供のように、「助けて!なんとかして!私を見て!私を救って!」というところは自分の中に無い。
そうしてみたい、そう出来たらラクだろうな、と一瞬は思う。
でも、本当に自分はそれをやりたいのだろうか?そうしたら本当にラクだろうか?と、考えれば、それはまったくの『NO』だ。
そうやって得られるものは、一時の助けになったとしても、本当の意味での助けにはならないということを知っている。
だからもう、それを欲しいとは思わないし、必要とはしていない。

自分でなんとか出来る、ということもわかる。
それは、助けが必要であれば、きちんと「今、少し大変な状況なので助けていただけませんか?」と、頼むことも出来るし、適切な頼む相手をみつけることも出来るということも含む。

それでも、生身の人間である私の感情は痛むところもある。
怒りもくやしさも悲しみも寂しさも感じる。
そして、それを感じることも、自分に許せる。
人間だから、感じて当たり前。
そして、いつか消えていくことも知っている。
だから、ただじっと受け止める。


久しぶりに引いたOshoの今日の一枚。
めずらしく説教では無く、Oshoにほめられた気がした。
わたしがたどりついたところは、「従うことは出来ない、しない、けれども争うこともしない。」だった。
全部、受けとめよう。


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再誕生




禅では、あなたはどこからも来ていないし、どこにも行かない。あなたはまさに今、ここに在る。来ることもなければ、行くこともない。あらゆることが、あなたのそばを通りすぎていく。あなたの意識はそれを映しだす、が、それと一体化することはない。
ライオンが鏡の前で吠えると、その鏡も吠えると思うかね? あるいは、そのライオンが行ってしまい、子どもが踊りながらやって来ると、鏡はライオンのことなどすっかり忘れて、その子といっしょに踊りだす――鏡は子どもといっしょに踊る、そう思うかね? 鏡はなにもしない、ただ映しだすだけだ。
あなたの意識は鏡にすぎない。
あなたは来ることもなければ、行くこともない。
ものごとは来ては去っていく。
あなたは若さを迎え、年を取る。あなたは生き、死んでしまう。
こうした状態はすべて、意識の永遠のプールに映しだされたものにすぎない。


解説:
このカードは、フリードリッヒ・ニーチェが『ツァラトゥストラはかく語りき』で述べている意識の進化を表わしています。彼は駱駝(らくだ)、ライオン、子どもという三つのレベルを語っています。駱駝は眠たげで、怠惰で、自己満足しています。自分はお山の大将だと考えて妄想の世界で生きていますが、実は、あまりにも他人の意見を気にしすぎて、自分自身のエネルギーはほとんどありません。その駱駝から現われ出るのがライオンです。これまでずっと生を見逃してきていたことがわかったとき、私たちは他人の要求に対して「ノー」と言いはじめます。集団から抜け出し、独りで、誇り高く、自分たちの真理をうなりをあげて吠えるのです。しかし、これで終わりではありません。最後には、おとなしく従うこともなければ反逆することもなく、それでいて無垢で、自発的で、自分自身の実存に真実である子どもが現われ出ます。まさに今、あなたがどのようなスペースにいようとも——眠くて憂欝であろうと、あるいは吠えながら反逆していようと――それを許しさえすれば、それはなにか新しいものへと進化していくのだということに気づいていましょう。



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最善というのは、「あなたが考える最善」ではない。

数日前にふと、そんな声がした。
最善とは、宇宙の意図に沿うこと。
自分の意図も全部手放して、全てゆだねること。

次のレッスンが始まった気がする。