区切り | 自分ブランドで生きる ~世界一シンプルな私の創り方~

自分ブランドで生きる ~世界一シンプルな私の創り方~

自分で決めて、自分で生きる。
自分を愛して、自分を生きる。

30日まで働く会社に長年いると、年々「正月気分」から遠ざかっていく。
家族がいないので、別に何かを準備する必要もないし。
でも、なんだかちゃんと世間は「年の瀬」になっていて、通勤電車も既にすっかり空いているし、スーパーに寄れば年末仕様に変わっているし、巡回しているブログもメールも、この一年を振り返って編ばかりで、世間ってそうなのかーと思ったら、なぜか急に疲れを覚えた。
この一年間の無理と我慢が、一気に表出したような疲れだ。

「絶対不可能」と思ったのに、結果、欠勤なしで乗り越えた。
なぜなら、休日出勤の連発で代休がたまったから、というなんともはやな理由。
まじめに会社を辞めることを考えた。
その先のあてはまったくないけれど、「とにかくもううんざり」という気持ちが押さえきれなくなって、ならば思い切って辞めてみたら、と思った。
でもここ数週間、いろんな人に会い、いろんな話をして、いろんな経験もして、今はなんとか踏みとどまろうと思っている。
でも、明日のことはわからない。

大晦日と元旦。
一晩寝て何が変わるわけでもないのに、なぜ「この一年を振り返って」をやりたくなるんだろう。
とりあえず、「区切り」があるというのは、そこからリセット出来ていいってことなのか...



日曜日にアレクサンダーの個人レッスンを受けた。
寝るときにも力が入っているので、せめて眠りに落ちるまでの間だけでも、力を抜けるようにしたい、というテーマを持っていったら、セミスパインをやりましょうか、ということになった。
(セミスパインとは、膝をたてて床に寝るような姿勢です。)
脚・腕を先生に動かしてもらうにつれ、背中が腰が緩んで落ちていく。
からだが長く広くなっていくのを感じる。
膝、股関節、腰。
腕・肩・肩甲骨...
からだの場所がはっきりしてきて、楽に動くようになっていく。

でも、何かどこかに小さな違和感があるのを感じていた。
セミスパインの姿勢のまま、頭の後ろにハンズオンを受けると、クラニオで後頭骨に触れられるのと同じなわけで、からだが勝手に動き出すのを感じた。
「クラニオ体質だよー、反応しちゃうよー、どうしようか。」と戸惑いつつ、先生に伝えると、「からだが動きたいように動いて。そのままの動きを止めないで。」と。

わたしのからだは左側へぎゅーーーーっと曲がりたがっていた。
折れ曲がって縮みたがっていた。
その動きに従っていく。
「いったんエネルギーを溜めこんで、それから一気に放出したい。」と感じる。
とにかく、いったん縮んで内側に溜めたい! 蓄えたい!

小さく小さく内側に丸まっていく。

そして、ぱーーーっと外に向かう衝動がやってきた。

かたまりの中からほどけて、むくむくと、伸びるように、螺旋を描いて踊るように、からだが向かいたがっていた。

ほどけた世界は明るくまぶしく、すっきりとしていて、「なんだか生まれ変わったみたいな気分です。」と思わず口から出た。

「もしかしたら、リバーシングが起きたのかもしれないわね。」

リバーシング?


Re Birth?!

そうか、生まれたのか、私は!
こんなに軽々と、すっきりと。


「それはバーストラウマね。」
クラニオのセミナーで横向きのポジションの練習でクライアント側になったとき、息苦しくなって触れられることが無理になってしまった。
そのときに、クラニオの先生がそう言った。
「どういうことですか?」と尋ねたのだが、限られた時間だったせいか、それともまだ言わない方がいいという判断だったのか、先生は「ふふん♪」といつものように笑うだけだった。
その先生は今年急逝された。
もうそのことを尋ねる機会もそれについて学ぶ機会も無くなってしまったのだな、と思った。

そのことを思い出した。

何かがひとつ終わった気がした。

区切り、がついた
のかもしれない。