立場 | 自分ブランドで生きる ~世界一シンプルな私の創り方~

自分ブランドで生きる ~世界一シンプルな私の創り方~

自分で決めて、自分で生きる。
自分を愛して、自分を生きる。

相変わらず、会社での悩みはつきない。

解決していない問題は、さらに大きくなって突きつけられる、だっけ?
目の前の他人の問題は、自分の中にある問題、だっけ?
他人は自分の鏡、だっけ?

なんであいも変わらず、同じような問題で悩まなくてはいけないのだろう、と考える。

どうしてあとからあとから、こうも仕事が出来ない人が目の前に現れるのか?

以前は30代の困ったちゃん達に悩まされていたのだが、最近、40代のメンバーが立て続けに増員され、こっちの方がよりしんどい。
「仕事が出来なくて困ったもんだ」と言うと、要求するレベルが高すぎる的なことを言われたりするのだが、そんなレベルじゃないのだ。
たとえば、スケジュールを引かせれば、締め切りを過ぎた線を引いてくる。
ターゲットが遠いものから作業を始めて、締め切り間近のものはそのあとにやる、という予定を出してくる。
説明を聞いていない。資料も読んでいないんだろう。というか、読んでも忘れるのか(-_-;)
これが私と同年代、年上、しかも経歴的には「リーダー経験豊富」、単価が他より高いという人たちなので始末に悪い。
やっぱりプライドもあるわけで、ダメ出しをすると、不条理に怒られてる的にムッとした顔しているのがありありなのも、正直しんどい。
中には、その後やっと自分の間違いに気がついて、しょんぼり落ち込んでいる人もいたりして、そういう40代をみるのもつらいのだ。

仕事でダメ出しをするのは、『その人の仕事』に「NO」と言っているのであって、『その人』に「NO」と言っているのではない。
『私』が言っているのではなくて、『私の立場』がしゃべっているのだ。
「それも給料のうち」だと思うから、立場として言わざるをえないから私は「NO」を言う。
相手にとっても同じように、「NO」を言われることも、「給料のうち」だと思っているのだが。
私が相手を叱責しなければいけないのも、相手が私から叱責されなければいけないのも、「おたがい給料のうち」だからだと。
あなた個人を、あなたという人間を責めているのじゃないのよ、と思っているのだが、でもそんなことは相手には伝わらないだろう。

そうか、私は「伝わって欲しい」と思っているのだな。
事情を汲んで欲しい、と。
私はいじわるでやっているんじゃないのよ、と。

嫌われたくない、とは思っていない。これは確かだ。
でも、いやな人間だとは思われたくない、と思っているのだ。
好き嫌いは好みの問題なのでどうでもいいのだけれど、「いやな人間」というのは存在を否定されたような気分になる。

私にとっては「嫌われたくない」と「いやな人間とは思われたくない」は大いに違うのだが、それも「他人からどう見られたいとか思っている」というレベルでは同じことだ。

いやな人間とは思われたくない。

この私の信念(?)は、かなり強力で頑固みたいだ。

他人にどう思われようといいじゃない、と思うそばから、でもいやな人間だとは思われたくない、という思いが浮上してくる。

なんでだろうか?

それは自分に自信が無いから、とか言うんだろうな。
自分に自信があれば、他人にどう思われようと気にならない、とか。

そういう言い分(?)理想論(?)あるいは方法論(?)もわかるけれど、なんだかいまひとつ自分の気持ちにはフィットしない。

いやな人間だとは思われたくない、と思っている自分も認めてあげる、なのか???

これはもう少しはフィットする感じはする。

でも、まだ何かしっくりこない。
なんだろうか。
よくわからない。

しばらくはこの問題ととりくむのだろうなぁ...
消えて無くなりそうな気配が全然無い。