にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ  にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村   にほんブログ村

  知多市南部から常滑市北部の地域は、かつて大野谷と呼ばれていた。中世から近世にかけて大野庄があり、この地域の支配者である一色氏、佐治氏の居城した宮山城(大野城)があった。「張州府志」によれば、大野庄は図の24か村を含むかなり広域の名称であった。現在の常滑市北部から知多市南部、阿久比町の一部にわたる地域を占めていた。
 「大野庄」の名称が荘園制の消滅後は次第に使われなくなるが、この地域は一つの文化圏を形成し、知多半島西部海岸の政治・経済・文化・交通の中心地として栄えていた。
 「大野谷」の俗称は、今も「大野谷虫供養」としてその名をとどめている。虫供養は四百年以上もの昔から各地で行われてきが、虫供養が行われている地区は、大野谷と言われるすべての地域で行われているわけではない。

大野庄  知多郡

大野庄の村々の変遷
大野谷の村々の変遷