『奇生虫』 大凪 揺  Continuation9 | 大凪 揺のブログ

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         十一
「なっ?・・・何なのよ、それっ?。一体どういうこと?」
「いや、それがですね・・・成り行きで・・・」
っと、この様な話の展開へとなったきっかけはやはり沙希さんのことであった。
 結局そよ風程度にしかなれず二十分弱ほどかかって美月のマンションに着いた俺は、予定通り、っつうか目的通り飯を食いに、っつっても先日も一緒に来たファミレスだが、に美月と来たのであったが、当然の如く最初に切り出された話題は麗子のことであった。
「ねぇ、とりあえず今度、麗子ちゃんと二人で会ってやってくれない?」
「え~~~・・・やですよぅ」
「なんでよ?。何もそのまま付き合ってあげなって言ってるわけじゃないのよ、というか、それは私もさせないけどね・・・」
「・・・ふ~ん・・・そっか、そっか」
「え?、それじゃ会ってくれるの?」
「へ?・・・誰とですか?」
「・・・コノヤロ・・・ボケたふりばっかすんじゃねぇよっ。いま納得してたじゃねぇかよっ」
「ん~?。納得・・・ですかぁ?」
「てめぇいい加減にしろよっ。今『そっか、そっか』って言ってたろうがっ」
「え?・・・ああっ、それは違いますよぅ」
「違うって、何がよっ?」
「いや~、やっぱ美月ちゃんって俺のこと好きなのかなって」
「はぁっ?。テメェはまだそんな寝惚けたこといってんのかっ!」
「だってさぁ、麗子とは付き合わせないみたいなこと言ってるし。ウフッ」
「ななっ?・・・『ウフッ』じゃねぇよっ!。それは私がどうとかじゃなくて、テメェみたいないい加減な奴と付き合ってもろくなことにならないからって意味で言ってるって前から・・・」
「ほらっ、つまりはそういうことですよ」
「?・・・『そういうこと』ってどういうことだっ!」
「あっ、そういえば、ひょっとして美月ちゃんって・・・まだ処女?」
「なっ!・・・ば、バカヤロ~ッ!」
っと・・・どわ~~~っ!。び、ビックリしたっ・・・勢い良くコップを持ったから水をぶっかけられるとかと思った・・・。それで互いが全く別の意味で動揺してほんの暫し間が出来た後「あっ、あのですね・・・なんでそんなことを聞いたかと申しますとですね・・・」
と、俺の方から再び会話の口火を切ると「そ、『そんなこと』って、な、なんだ?・・・」と美月もまだ動揺しておるようだ。
「だから、美月ちゃんがまだ処・・・」
「だぁっ!。何回もそんなこと言うんじゃねぇ!」
「えっ?、だって美月ちゃんが『なんだ?』って聞いたから・・・」
「も、もういいからっ。・・・でっ?。どういうことだっ?」
「・・・はいっ?・・・」
「だ、だから、今度は何でいきなりそんなことを聞いたのかを聞いてんだろうがっ!」
「え?・・・あっ、ああ、それはですねぇ、美月ちゃんもあんまり恋愛自体に興味がないのかなって思いまして・・・」
「ん?・・・んんっ?。だったら最初からそれだけ聞けばさっきのはいらないんじゃ・・・」
「え?、さっきのって?」
「て、テメェ・・・」
「あっ!・・・ご、ごめん、今のは悪気があって聞き返したんやなかったんよ」
「ほうほう、あんたにも悪気が無い時があるんかい?」
「し、失敬なっ・・・って、もう~、話逸らさないでよ~」
「な、何言ってんのよっ。元々は、あんたが変なことを聞いてきたから話が逸れたんじゃないのっ」
「変なこと?・・・ああっ、あれはあれでですね、非常に重要な意味があるのですよ」
「もうっ、回りくどく言わないで簡単に言いなさいよ」
「えっと、つまりですね、ああいった『行為』はですね・・・」
「ん?『行為』?・・・」
「え?・・・『行為』じゃなくて『交尾』と言った方がわかりやすかったですかな?、ぶひゃひゃ・・・」
「て、テメェ、いい加減に・・・」
「ま、まあ、とりあえず話を聞いてくださいまし」
「わ、わかったわよっ。んで?」
「んじゃ、話が戻りやすが、ああいった行為というものはですね、なんと申しましょうか、今まで見えなかった男と女というか、恋愛感情自体における自分自身の心理というものが見えてくると申しましょうか・・・」
「だ、だから、回りくどく言うなっていうのっ」
「わっかりましたよぅ~。つまりは、美月ちゃんは頭は良いのに恋愛に関しては無知、というか、アホ、というか鈍感・・・」
「おいっ!」
「おっと、言い過ぎたわ。こいつは失敬・・・ぬははっ。けど、こういうことに関しては、美月ちゃんから見たら俺は、先輩、っつうか、師匠、いや、神やな。うん。わははっ」
「・・・あのさぁ、もう突っ込むのも面倒くさいんだけど・・・」
「ま、まあ、早い話、美月ちゃんは非常に恋愛に無知なゆえに麗子ちゃんの心理も良くわかっていらっしゃらないなぁっと言いたかったわけですよ」
「ど、どういうこと・・・?」
「元々、美月ちゃんは何で俺を麗子ちゃんと会わそうとしてるんだっけ?」
「だ、だから、一度だけでも二人で会えばアンタのいい加減さがわかって付き合おうなんて思わなくなるかも知れないじゃない?」
「わかってないなぁ~、ホント美月ちゃんは無知ですなぁ~」
「な、何なのよっ。何がよっ?」
「そんなことしたら、逆に思いが募る可能性も・・・」
「あはははっ・・・無い無い。それはないわよ」
「だって、いい加減さも何も、あの娘は俺が現在無職という体たらくぶりも知ってる上であのようなことを言ってきたの美月ちゃんだって知ってるやないの」
「ま、まあそうだけど・・・ほんと何を考えてる、というか血迷ってるのかしらアノ娘」
「ち、血迷ってる・・・って・・・ま、まあ、ええわ・・・。で、それと何だっけ?」
「?・・・『それと』?・・・って何?」
「ほらっ、美月ちゃんが俺のこと好きなんじゃないかって麗子ちゃんが・・・」
「ああっ、そうそう、その誤解も解いてほしいのよ」
「そうっ。それよ、それ」
「な、何よ?。何なのよっ?」
「さっきさ、俺が『つまりはそういうことですよ』って言ったの覚えてる?」
「えっ?・・・ええ・・・っと・・・」
「ほらさっき、美月ちゃんに処女かって聞く前に・・・」
「だぁっ!。わかった。っていうか思い出したわよ」
・・・や、やべぇ・・・か、可愛ええ・・・っと、いかん、いかん。
「つ、つまりさ、それって逆効果やと思うんよね」
「どういうこと?」
「だってさ、美月ちゃんの本心は美月ちゃん自身にしかわからないわけじゃない?」
「そ、それはそうだけど・・・って・・・というか、さっきから本心を言ってるんだけど」
「だから~、それが本心かどうかというのも相手にはわからないでしょ?。俺だって誤解してる・・・やも知れんし・・・」
「いや、あんたはしなくていいっ」
「いやいや、つまり、その誤解してるやも知れん当人に他の人間の誤解を解かせることは
かえって逆にその誤解を強調させてしまうんやないかと言いたいわけで・・・」
「う~ん・・・それって考え過ぎじゃない?」
「もうっ。だ~から美月ちゃんは無知だっていうのよぅ」
「っさいわねっ。じゃあ、結局のところどうしたらいいっていうのよっ」
「う~ん・・・ほっとけばいいんやない?」
「なっ?・・・ほっ、ほっとくって・・・」
「うん。だって元々、麗子ちゃん本人が会って直接返事を聞きたいとか言ってるわけやないんでしょ?」
「うん?・・・ま、まあ直接聞きたいとは言ってなかったと思うけど・・・」
「だったらええんやない?。美月ちゃんの口から『無理』って伝えて、後はほっとけば・・・」
「けど、それだけで済むと思う?。だから私がやめときなって・・・」
「それっ!。それですよっ!」
「な、何が『それ』なのよ?」
「麗子ちゃんは別に美月ちゃんに俺の事で相談してるわけではなくて、ただ俺からの返事を聞きたいと言ってるだけなんでしょ?」
「ま、まあ・・・そう・・・なのかな?・・・」
「そこへ、美月ちゃんが俺への告白自体がまるで人生の汚点でもあるかの如く・・・」
「だってそうじゃないっ?」
「ちょっ・・・ああそうですか。だったらこうしましょうよ。美月ちゃんも正直に『私も好き』って言えばええやないっ?」
「『好き』・・・って誰をよ?」
「『誰』って、俺、俺、裕介君でしょうが」
「な、何でよっ!。それに何だ?今の『正直に』っつうのはっ?」
「『正直に』は、まあ言葉の綾っちゅうもの・・・って、そんなんはええねん。だから、それが嫌だったら余計なこと、っつうか、美月ちゃんの私情は入れずに単純に『無理』だって伝えてくれるだけで大丈夫やって」
「・・・ホントに?・・・そう思う?」
「うん。もしくは『今、自分探しの途中で恋愛自体に興味がない』とでも言っといてよ。ぬははは~っ」
「まあ、確かにあんたは『自分探し』が必要だけどね・・・」
「ちょっとぅ~、そこは別に強調せんでもええのよ・・・。っと、まあとにかく試してみんさいよ。あっ、クドイようだけどくれぐれも私情は挟まんようにね」
「わ、わかったわよっ。・・・あっ、そういえばさ、あんた真面目な話があるって言ってたわよね?」
「へっ?・・・何でしたっけ?・・・」
「なっ?・・・『何でしたっけ』じゃねぇよっ」
「あっ、ああ、そうそう」
「何、何?。あっ、もしかして会社に戻る気になったとか?・・・」
「いえいえ、全く違います」
「じゃあ、何よっ?」
「あっ・・・しかし・・・え~っと・・・先ほどまでの話の流れからですね・・・この話をするのは心苦しいと申しましょうか・・・非常に話しづらい空気になってしまったと思われましてですね・・・ここは日を改めて・・・」
「何だ、何だ?、どういうことだっ?・・・いいから話してみろよ」
「えっと・・・う~ん・・・怒らない?」
「はぁっ?・・・どういうことだ?。私が怒るような話なのか?」
「いえいえ、話自体はそうじゃない・・・と思う。っつうか思いたい・・・?」
「いいから話してみなよ。内容はともかく真面目な話なんだろ?」
「ええ・・・まあ・・・」
と、ここでやっと、というかなんというか、沙希さんの話題を出したところ「なっ?・・・何なのよ、それっ?。一体どういうこと?」と始まったのである。
「いや、もうホント成り行きとしか申し上げられないというかなんというか・・・」
「あんたさ、さっき麗子ちゃんのことで人のこと『恋愛に関して無知』だとかなんとかぬかしてたよなっ?。お前がどれだけ恋愛に関しての知識が豊富かどうか知らんけど、そうやって成り行きで巧く渡り歩くのがテメェの恋愛術かなんかなのかよっ!」
「いえいえ、決してそういうわけでは・・・」
「それじゃ、お前はその娘のこと好きなのか?」
「いえいえ、まだ会ったばかりやし決してそのようなことは・・・」
「それじゃ、これから好きになる可能性もあるわけだな?」
「いえいえ、俺の現状からいって決してそのようなことは・・・」
「はぁっ?。だったら、さっきまでの話は何なのよっ!。条件が一緒だったら麗子ちゃんにだって会って直接言ってくれればいいじゃないっ?。あんたの得意な成り行きという恋愛術を使ってねっ!」
「いえいえ、決してあの娘のこととその娘のこととは・・・」
「違うっていうのっ?。あっ、それとも麗子ちゃんよりその娘の方が可愛いからかっ?」
「いえいえ、決してそのようなことは・・・」
「・・・おいっ!。さっきからなんだ?。テメェはインプットされた言葉しか喋れないロボットかなんかかっ?」
「いえいえ、決してそのようなことは・・・」
「わかってるわっ!馬鹿っ!」
「あっ、それはそうと、なんかさぁ、美月ちゃん疲れてるみたい。とりあえず何か甘いものでも食べない?」
「つ、疲れてるって、あんたが疲れさせてるんだろうがっ!」
「まあまあ、とにかく甘いものでも食べて気持ちを落ち着かせましょうよぅ」
「お、落ち着かせ・・・って・・・わかったわよっ、食べるわよっ、食べればいいんでしょっ!」
「そうそう、イライラは身体に毒ですよ」
「て、てっめぇ・・・。あっそうか、デザートはあんたの奢りだって言ってたわよね?・・・
そんじゃ『チョコレートパフェ』」
「チョ、チョコレート・・・パフェですか?・・・うわっ、高っ!」
「はい?。今何か言いましたか『恋愛の先輩』?」
「あっ、いえ・・・高いなぁ・・・っと・・・あっ、いやカロリー・・・うん。カロリーが高いなぁっと。だ、大丈夫ですか?、こんな夜分に・・・太りますよ?」
「ああっ、御心配なく『恋愛の師匠』」
「えっと、それじゃ僕は『安い』ジュースでも・・・」
「何?『安い』ものですか?『恋愛の神』」
「あっ、違ったカロリーの『低い』・・・ものでしたね・・・あはっ・・・あははは・・・。って、それはそうとさっきから『恋愛の・・・』って嫌味ですか~?」
「べぇっつに~~~・・・」
 そして、それぞれの追加ものをウェイトレスに告げると今度は先ほどとは打って変わってここから暫しの沈黙の時が流れる。それで「な、なんや・・・こいつは間がもたん」ってんでタバコを吸おうと思ったのであるが「あっ、あかん。そういえば美月の威嚇に負けて今日も禁煙席やったわ・・・」と、いうわけで、しゃ~ねぇから水でも飲んで紛らわせ・・・って、無いやん。それで「う~・・・ニコチン~・・・ニコチン、コチン、コチン・・・。み、水~・・・みず、みず、みず・・・」っつって、脳内で意味も無くエコーをかけてみたりなんかしながら先ほどまでさほど気にしていなかった店内の他の客を見回しておると、けっこうな組数のカップルが眼に映りこんできおった。
「なぁ、今夜もいっとく?」「え~?。『いっとく』?、って何をぅ?」「決まってるだろ、っていうかわかってるだろぉ~?」「え~、何のことだかわかんなぁ~い。えへへっ」「こぉいつぅ~~~でへへっ」「あははっ」「うふふっ」「おほほほっ」・・・って、アホかっ。もたぬ間を人間観察ならぬ、カップル観察でもたせるのはまあ良しとしよう。しかし、耳に届かぬ会話を勝手に当てて遊ぶのはやめんかいっ。しかも、なんやこの胸糞の悪くなる会話はっ。などと飽く迄も脳内にて突っ込みつつも遊んでおると「お待ちどう様でした」っつって美月のチョコレートパフェと俺のホットコーヒーが運ばれてきた。
「先生?。本当にコーヒーだけでいいんですか?」
「うん。だって美月ちゃんが二人分の・・・いや、太りそうやし、それにコーヒーは御代わり自由やし経済的・・・いや、とにかくコーヒーが飲みたかったんですよぅ・・・って、それはそうと、その『先生』とかいうのもうやめていただけませんか?・・・」
「わっかりました。師匠」
「・・・もう、美月ちゃんは意地悪なんだからぁ~」
などと言いながらコーヒーをとりあえずグビッと一口。うっ・・・不味っ・・・ファミレスのコーヒーってこんなに不味かったけか?・・・。ん?・・・あっ、そやっ、『憩』やっ。あそこのコーヒーを飲んだせいや・・・って、”せい”?。これではまるで『憩』が悪いみたいやないかいっ。それで「すんませんっ、マスター」と、これまた脳内で謝罪の念を上げたりなどしておったのだが、にしてもこいつはあかん。御代わりどころかこの一杯も飲み切れるかわからんぞ。ってんでとりあえずカップをテーブルの上に戻すと突然「けど・・・学生の頃から思ってたんだけど・・・不思議よね・・・」と、美月がナプキンで口の周りのクリームを拭きながら呟くようにそう言ってきおった。
「は、はいっ?・・・『不思議』って・・・何がですか?・・・」
「何でだろ?・・・」
「あっ、いや、だから~、何がですか?」
「う~ん・・・」
っと、そこで目の前のパフェを少し右へずらし、両肘をテーブルに、そして顎を手の平に乗せて暫し唸りながらマジマジと俺のことを見てきた美月。これに対し俺は「や、やめて・・・そんなに可愛い仕草をしながら綺麗な瞳で僕を真正面から見つめるのは・・・それは、ある意味犯罪ですよ」などと思いながら、いや、本気で照れながら「なななっ、何ですか?。・・・いや、ホント何なのよぅ~美月ちゃんは~・・・あはっ・・・あはははっ・・・」っと、こいつはあかん、ってんでさすがに視線を外すと「ホント、何であんたみたいな奴に女の子が寄ってくるんだろ?・・・」と、今度はしみじみとした感じで言ってきおった。
「は、はい?・・・」
「だから~、どうしてあんたみたいな・・・って、もういいわ・・・」
「な、何、何?、何なのよ急に美月ちゃんはぁ~」
「別にどうでもいいんだけどさ・・・見るからにいい加減そうだし、その見た目もこれといって特別いい男でもないし、向上心が無いというか勝ち負けを気にしないのかは知らないけど、やれば出来るのにすぐに飽きるんだか諦めるんだかで何でも簡単にやめちゃうし・・・ホント、一体あんたみたいな男のどこに魅力があるのかしらね?・・・」
「ひ、酷いなぁ~。僕ぁ自分に正直に生きてるだけですよ。うん。それと魅力なんてぇものは自分ではわからんけど・・・あっ、美月ちゃんの目にそのように俺が映っておるのであれば、それはいわゆるあれではないですか?。あの母性本能?というやつでは?」
「ふ~ん・・・母性・・・本能ねぇ~・・・」
「だってさぁ~、そんなこと本人に、しかも直にそのように言ってる美月ちゃんだって、こうやって何だかんだでいつも会ってくれてるじゃないのぅ~。美月ちゃんだって女の子なんですよぅ~」
「だ、だってそれはいつもあんたが強引に・・・それに私はあんたに特別な感情なんか・・・あっ、そうか・・・それもそうよね?・・・」
「ねぇ~~~、でしょ?」
「ん?・・・『でしょ?』って、その母性本能のこととは違うわよっ!」
「へ?・・・ど、どういうことですか?」
「だから~、今更ながらに気付いたんだけどつまりは私があんたにこうやって会う理由なんて無いってことよっ」
「は、はいっ?・・・」
「はいっ。そんじゃあ、そういうわけで麗子ちゃんのことがさっきあんたが言ってた通りにして済んだらもうこれっきりにしましょう」
「こ、『これっきり』・・・って?・・・どういうことですか?・・・」
「だ~からっ、あんたとこうやって会うのは今回で最後にするってことよっ」
「・・・へっ・・・えっ!・・・えええ~~~~っ」
と、ここで非常にわざとらしく美月の言葉に対し驚愕して見せたのであるが・・・な、なんや冗談ではなくこの胸にズシンっとする感じは・・・こ、こんなん今まで感じたことなぞないぞ・・・。身体の力が一気に抜け、その身体が異常なほど重い・・・し、しかも息までもが苦しくなってきおった・・・。な、何ぞ、何ぞこれは?・・・こ、こいつはたまらん、ってんでヨロヨロしながら無理矢理立ち上がり「ちょ、ちょっと・・・便・・・いや、ト、トイレ行ってくる」とだけ美月に告げ危うくウェイトレスと衝突しそうになるほどフラフラしながら先ほどの状態をとりあえず回避するための目的地としたトイレへと辿り着いた俺。そして、別に老廃物の排出感なぞなかったのであるがとにかく今は一人になりたい空間というものをやたらと欲し、当然の如く極自然に個室に入り便座にしゃがみ込み先ほどの己の諸症状?を、ちょっと分析してみたのである。
「な、何なのだ?・・・この虚脱感と息苦しさは?・・・あっ、ああっ、ひょっとして不味いコーヒーで胸焼けでもしたんかな?・・・ぶひゃひゃひゃ・・・って、そんなんとはもちろん違うことは己でもわかっておる。単にこんなものは気を紛らわす、というか、気を落ち着かせるための思考にしか過ぎんのである。・・・では、これはひょっとして昨夜の風邪による、病み上がりの影響?・・・いや、そんなんとは違うこととは己でも・・・って、こういうのはもうええわっ!。・・・ここは、自分に正直にいこうよ。うん。・・・う~む・・・今更、というかなんというか・・・今になって突然気付いてしまったのかも知れんな・・・。この今の俺の状態を引き出したのは『これっきりにしましょう』という美月の一言が原因としか思えんのだ・・・つまりはその一言に何とも言えぬ寂しさを伴った孤独感、即ち、美月とは離れたくないという感情が身体全体に影響を及ぼしたと認めざるを得ないのである。今までは、美月とは単なる『腐れ縁』などという言葉だけで済ませておった。しかし、まあ、それも状況からいって無かったとは言えんが、あのように『絶縁』とも取れる言葉を実際に吐かれたのは確か初めてであろう、いや、確実に初めてである。それ故に、今までも考えもしなかった、美月と会えなくなることなぞ・・・。う~・・・胸の辺りが更に苦しくなってきおったぞ・・・。どないする・・・う~ん、どないしよう・・・」
などとずっと考えておったらドアがトントンっつって・・・。それで、即座にトントンととりあえず打ち返したのであるが、いつまでもこんな所におっても何の解決にもならんってんで、とにかくそこで即座にトイレを後にし、まだ、というか、なんというか、このことは絶対に美月には告げずにおこうと思いながら息苦しさ保ったまま、いや、あるいみ拭えぬまま美月の元へと戻ったのである。
「遅いわよっ!」
「へっ?・・・あっ、すいません・・・」
あっ・・・あかん・・・美月の顔がまともに見れんようになってもうたわ・・・。
「コーヒー冷め切っちゃってるんじゃないの?。代わりに違うのを持ってきてもらう?」
「あっ、いや・・・もう、けっこうです。はいっ」
「な、何?・・・なんかあった?」
「はっ?・・・い、いえ、何でもないです・・・」
あかんわ・・・鼓動までもがドクドクっと・・・心臓が飛び出しそうや・・・。
「あっ、そう?・・・ならさ、あんたと違って私明日も仕事あるしもう帰るわよ」
と、ここでまた、物凄い寂しさが胸をついてきて「さ、さっきの話は本当ですか?」と聞きたくなったのであるが、その寂しさが、ここで「本当よ」などと言われ更に美月とはこれっきりになることに真実味が出てそれが増幅するのを恐れ何も言えずにそのまま立ち上がり、会計は当初約束した通り支払いファミレスを後にしたのである。
 そして、そこから美月のマンションまでの五分ほどの帰路の間、美月が一言、二言話しかけてきたのであるが空返事しかできず、しかもその内容自体も全く記憶に残っておらん。
美月とは今後どうなっていくのであろうか?・・・。本当に今回、今夜限りで会えなくなってしまうのであろうか?・・・いや、それ自体に不安が出てきてしまったこともちろんであるが、それ以上に今更ながら気付いてしまったのであろうか、それとも今現在になって急に美月が・・・はっきり言ってしまえば愛おしく感じてしまったことに戸惑いを感じてしまっている。などと考えておるうちにいつの間にやらそこは美月のマンションの前。そして着くなり「それじゃ、来週はたっぷり楽しんでらっしゃいねぇ~」と、捨て台詞とも取れるような言葉を美月が俺に浴びせてきおった。以前の、というか、いつもの俺であれば「そ、それは嫌味ですかぁ~、美月ちゃん?」などと軽く返しておるところであるが・・・あかん・・・あかんのよ。来週二人で会うのは美月ではないことはもちろんのこと麗子でもない。しかもその日はその二人は会ったこともなく全く知らない沙希さんに会うのである。いや、しかしそれ自体は以前までの俺であれば大した問題ではなく、前述したような言葉を返しておったであろう。つまりは現在の心情というか、気付いてしまった己の心の現状に深く関わる娘、即ち、美月にこの様なことを言われてしまってもう何も言えんようになってしまったのは飽く迄も己の心の上での美月に対する見方の変動によるものなのである。しかし、当然ながらそんな俺の心の変動なぞ美月は知る由もなくその美月の目には俺のその時の反応は不可解に映っておったであろう。それを表すかのように俺だけでなく美月までもが黙り込みマンションの中へ消えることも無くそのまま暫し沈黙の時が流れた。
時間にしてみればほんの数分の間のことだったのであろうが「ど、どうかしたか?」とその沈黙を先に破ったのは美月の方であった。
「ん?・・・な、何でもない・・・です・・・」
「な、何でもないって・・・お前・・・さっきから何か変だぞ?」
「い、いや、ホント何でも・・・あっ、それより美月ちゃん明日も仕事でしょ?。早く休まないと・・・」
「お、おう・・・そうだな・・・それじゃもう帰るぞ、というか中に入るぞ・・・」
「・・・はい・・・それじゃ・・・」
「なっ?、何だよ変な奴だな・・・それじゃ、ボ~っとしてないで気をつけて帰りなよ」
「・・・はい、わかりました、きっと生きて帰還します・・・」
「おいっ!。何か縁起の悪いようなニュアンスがあるぞ。今のはっ!」
「あっ、すいません・・・大丈夫ですよ。ちゃんと帰れます、いや、帰りますから・・・それじゃ、さようなら・・・」
「お、おう・・・それじゃ元気でな・・・おやすみ」
っと・・・しまった・・・いま俺『さようなら』って言わんかったか?・・・今までそんな言葉で別れたことなんかなかったのに・・・って、それはそうと、それに対し美月ちゃんの方も何の違和感も持たず『元気でな』と返してきおったよな・・・。「や、やはりあの『これっきり』というのは本気だったのであろうか?」などと感じ寂しさの絶頂を迎え慌てて振り返ったのであるが、当然ながら美月の姿はそこにはなく既にマンションの中へ消えておった。
それで「ぬ、ぬぁ~~~っ。俺らしくもねぇ。まだはっきりと美月に恋愛的感情が出てきたわけやないやろうがっ!。っつうか『恋愛感情』なんざ俺の悩みの中のジャンルにすら入ってねぇんだよっ。クソッたれがぁ~~~!」と、己の心に向かって脳内にて叫び、
ここへ来る時には呟き程度だった「俺は風になる」という言葉を近所迷惑省みず叫んだ後自転車のペダルを踏み込んで、これまた「ぴゅ~~~っ」っと擬音を発したら理屈抜きで非常に、というか逆に更に寂しくなり、風になるというよりも俺の心に風、いや、嵐が吹き荒れたのである。「びゅ~~~~~~っ」。