『奇生虫』 大凪 揺  Continuation7 | 大凪 揺のブログ

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「くっ・・・うぐぐっ・・・き、貴様ぁ~(毒を)盛りやがったなっ!」
「クククッ・・・ぶぁっかめぇ~。これでお主も終わりだな。どぅわっはっはっは~~~」
「き、貴様・・・何が目的だっ!」
「目的っ?。決まっとろうが。お主がいつまで経っても家賃を払わんから代わりにこの娘を頂いていこうとだな・・・」
「きゃ~~~っ!」
「や、やめろっ・・・その娘には関係ない・・・て、手を離せ・・・」
「どぅわっはっはっは。もう遅いわ。お主は家賃の無いあの世でゆっくり暮らすが良いわ」
「きゃ~~~、助けて田吾作さ~んっ!」・・・「『た、田吾作』?・・・誰じゃそりゃ?」などと思いながら「お、お絹さ~~~んっ」と、声を振り絞って叫ぶ俺・・・俺?・・・。って、「『お絹さん』っつうのも誰やねんっ!」。
それで「はあ、はあ、なるほど夢ね。うん。これは確実に夢や。うんうん」と、気付いた途端目が覚めよった。しっかし不可解なのは「きゃ~」っつう悲鳴がやけに現実味を帯びておったのよね。っつうか明らかに目は覚めておるのに今も「きゃ~」っつって・・・って、むむっ・・・なんで俺はまたソファーで寝とんねんっ!・・・っと、そんなことより、確かに今悲鳴が聞こえた様な・・・などと思っておったら「裕介~っ!」っと、今度は『田吾作』ではなく確実に俺の名を呼ぶ声が聞こえてきよった。それでまた「はあ、はあ、なるほど現実ね。うん。これは確実に現実や。うんうん」などと、夢の時の様に確認しておると、やっとここで昨日の記憶が蘇ってきおったのである。
声の主は『お絹・・・』やなかった、間違いなく母上であろう。して、悲鳴の原因はおそらく『奴』である。そこで「さて、さて、どうしてくれよう」っつって、とりあえずガバッと上半身を起こし暫しそのままノンビリとソファーの上で座りながら「昨夜はその母上、いや、大佐にお任せ致そうっつうことで俺の中でまとまった故、ここはこのまま大佐に頑張って頂くのもありやな。・・・にひひっ。・・・い、いや待て。今一度、俺が実家に帰ってきた理由を思い出すのだ。・・・里心・・・うん。無かった訳ではない。しかし真の目的はあれである。うん。ならば二階で俺を呼んでおるのは大佐か?。いや、いや、違う。『会計士』である。・・・っということは・・・」と、話が己の中でまとまるや否や気付いたら「お絹さ・・・いや、母上~~~っ!」っつって、二階へと駆け上がっておったのである。
して部屋を開けるや否や案の定、窓の前で立ち竦んでおる母上を目の当たりにする。
「もう、裕介っ!。何なのよこれはっ?」
「ああっ、それは『蛾』という生き物ですよ母上」
「そ、そんなのはわかってるわよっ。何でこんな所に居るのかって聞いてるのよっ」
「それはですね、まあ、斯く斯くしかじかで・・・」
「ま、まあ、とにかく何とかしなさいよっ。これじゃ窓が開けられないじゃないの」
「ああっ、それなら御心配なく。もう策は練ってあるで御座いますよ。おほほっ」
「って、ま、まさかそのまま窓を開けるんじゃないでしょうね?。だったら母さん部屋の外へ・・・」
「あっ、いやいや、それも御心配なく」っつって、早速少しだけテラス窓を開けると「な、何よっ。やっぱり開けるんじゃないのっ」と、また母上が騒ぎ出しよったので「まあ、まあ、落ち着いて見ていてくだされ」っつって、ちょっとだけ開けた窓の隙間から網戸に指をかけ、その網戸をまた窓にピッタリと重ね『奴』を閉じ込めたまま一緒に一度更に開き、そして己がベランダに出た後、窓だけを一気に閉める。ここまでくれば後は簡単や。網戸を外して、裏側からポンッポンッと叩けば・・・「ケホッ・・・ゲホッ、ゲホッ・・・ゲホホホッ・・・」。ぶぁ~っ・・・完璧やったのに・・・思惑通り奴も大空へと再び飛んでいったのに、最後の最後に吸いました・・・何かを吸いました・・・ゲホホホホッ~。
 それで暫し咽ながら「し、しっかし、まあ、ケホッ・・・なんっつうか俺って天才やね。うん・・・ゴホホッ」などと自画自賛しながら網戸を戻した後、再び窓を開け部屋に入ると、その一部始終を見ておったにも拘わらず「何言ってんのっ。元々あんな状態にしたのもあんたでしょ?」と、先程まで騒いでおったとは思えないほど非常に冷めておった母上。「いや、まあ確かにそうなんですけどね。あれは、不可抗力だったのですよ。だから決して母上を驚かそうなんて気持ちはこれっぽちも・・・ぷっ・・・」
「ん?。何よっ!今の『ぷっ』はっ?」
「はいっ?・・・あっ、すいません、今のは屁です。つい気が緩んで出ちまいやした」
「ふ~ん・・・あんたの屁は口から出るんかいっ?」
「ええ。極たまにですけどね。ぷぷぷっ・・・。あっ、ちなみに今のはちゃいますよ」
「・・・ああっ、もういいから、ちょっとそこどいて」っつって、母上は警戒しながらテラス窓を開けると洗濯物の入った籠を持って飛び出すようにベランダに出ると即座に再び窓を閉め、そして手際よく洗濯物を干し始めた。
「さって、と・・・これからどない致そう・・・。母上は洗濯物・・・か・・・そんじゃオイラは芝刈りでも・・・って、ああっ、くだらねぇ。実にくだらねぇ」っつって、とりあえず再び階下へと降りていったのである。
 先程まで寝ておったソファーの上で胡坐をかき、背もたれに首を乗せ思いっきり伸びをしたら、あっ、あかん・・・ちょい目眩・・・。それで暫し「くぅ~・・・くわぁ~」と、やった後すぐに「ちょいと時間差が出来たがとりあえず寝起きの一服」っつって煙を吸ったら再びクラクラしてきおって「くぅ~・・・くわわぁ~」・・・って、俺は何をしとんねんっ。っと、そういや昨夜、飯を食ったあと風邪薬を飲んでここでくつろいでおったら一気に眠気がきてそのまま寝ちまったんよね。幸いその薬が効いたのか現在は風邪の諸症状はなくなっておる故この目眩は病み上がりっつうのも影響しているのやろか?。それで「マズイね、不味いね、何が不味いってタバコが不味い、くっ、くわわっ~~~」などと意味もなくテンポ良く言った後「でぇいっ!不味いんやったら吸うんじゃねぇっ」と己をツッコミ、タバコを三分の一ほど吸ったところで「勿体無ぇ、勿体無ぇ」と言いながら灰皿の上で揉み消し、再び「ぬぁ~~~っ」っつって伸びをしたら「くぅ~・・・くわわっ・・・」・・・って、さっきから俺は何をしたいねんっ!。
「う~ん・・・あっ、そういえば昨夜、父上は帰ってきたんやろか?。完全爆睡やったしな・・・」などと思っておるところへ洗濯物を干し終えた母上が二階から降りてきおったので唐突ではあるが早速「ねぇ、父上って昨夜帰ってきたん?」と聞くと、いっぱく置いて「え?・・・さあ?・・・」などと返してきおった。
「さ、『さあ?』って・・・母上?」
「あははっ。冗談よ、冗談。ちゃんと帰ってきたわよ」
「んで?」
「?・・・んでって何よ?」
「俺が帰って来てるのわかったよね?」
「そりゃわかるわよ。だってあんたそこで寝てたんだから」
「んで?」
「もうっ。だから何なのよっ?」
「いや、だからさぁ、何か言ってなかった?」
「あっ、ああっ、そういうことね。う~ん・・・これといって特には・・・」
「はいっ?・・・」
「だから、これといって・・・あっ、『なんだ帰ってきてたのか?』とは言ってたけど・・・」
「ぬなっ?。久しぶりに息子が帰って来たというのにそれだけですか?」
「あっ、そうそう、そういえばあんたの寝顔を暫くジーっと見てた後『おやすみ』って言ってチュウしてたわよ」
「うげぇ~~~っ。なっ!なななっ・・・」
「あははっ・・・嘘よ、嘘。あははははっ」
 クソッたれ、嘘にも程があるわっ。思わず腕で口を何度も擦っちまったやないけっ。しっかしまあ、説教を垂れられるのもウゼェとは思うけど、この母上といい父上も、もうちっと息子に関心を持って欲しいところですなぁ。などと思っておると「ところで、あんたいつまでここに居るの?」と、また昨夜と似たようなことを聞いてきおった。まあ俺の方も決して長居するつもりもなかったゆえ例の話が済んでおったら別に泊まらんでも昨夜のうちにマンションへ帰っても良かったのである。俺自身はともかく、年頃の息子が平日の真昼間に自宅でウロウロしておったら世間体的にも家族に迷惑がかかっちまうしな。っつうことで、まあ細かい事を考えててはキリがないし、ここはひとつ心を一度『無』にし、意を決してストレート勝負でいこうってんで「ところで母上、相談があるのですが・・・」と、例の話を切り出そうとしたのであるが「あっ、朝御飯まだだったわよね?。冷蔵庫にオカズが入ってるから適当に食べていいわよ」と、出鼻を挫かれる形と相成り結局またタイミングを逸してしまったのである。
 う~ん・・・しかし、なんやろ?・・・昨夜といい今といい、タイミングを逸したというよりも母上に巧くそのタイミングを外されてるっつうか話を意識的に逸らされてる感も否めなくもない。まあ、一年以上も音沙汰なかった人間が急に帰って来たりしたらそれだけで何かあると思われても致し方ないわな。などと思いながら、母上の申した通りに冷蔵庫を開け適当にオカズを取り出してテーブルの上に乗せておったら「ところで今、相談があるとか言わなかった?」・・・って、母上?・・・俺の考え過ぎですか?・・・。それはそうと、一度タイミングを外されておる故に改まってそれを聞かれると、これ、困るのよね。仮にここで遠まわしに金の話をしたとしてもまず良い返事は来ないであろう。それどころか「ふざけんなっ」っつって罵倒を込めた即答をされそうである。しゃ~ねぇ、やっぱり自力で何とかするしかないのね。なのね。ってんで「すいませんけど、これ食ったらマンションまで車で送っていただけませんか?」と、この場の思い付きでまったく関係ない事を御相談すると「いいわよ」と、罵倒の無い即答をしてきた母上。
「へっ?」
「『へっ』って何よ?。母さん出かける用があるからついでに乗せてってあげるわよ」
「え?・・・あっ、はいはいっ、かたじけない」と、そんなこったぁどうでもいいみたいな腑の抜けた感じで返答すると「何なのよ、可笑しな子ねぇ」っつって苦笑した後、母上は支度があるのか自室のある二階へと再び上がっていった。
くわぁ~~~っ。俺はホント一体何をしに来たのよ。・・・里心・・・まあ、何度も言うようだが確かにそれもあった。しかし、そんなもんは昨日のうちに綺麗さっぱり完璧に消え去っておったわ。そこで「もう~どうすんのよぅ~『家賃は再来月には全てお支払いします』なんて調子の良いこと大家のオバ様には言ってしまったけれども再来月って言ったら四ヶ月分じゃないのぅ~。無理よ、無理。私一人の力ではどうにもならないわぁ~」と、何故かまた頭の中でオカマちゃん口調で苦悩するアタシ、いや、俺。ん?、オカマちゃんっていやぁ確か俗に『オカマバー』などと言われておる飲み屋があったが、ああいう所の給料っていかほどなのやろうか?。あっ、そうだっ。試しに裕香の服でも借りて面接に行ってみようかしら・・・ウフッ・・・って、アホッ!。何が「あっ、そうだっ」やっ!。思い付きにも程がある。決してオカマさんを卑下しているわけではないが俺は至ってノーマルなんじゃっ、ドアホッ!。などと脳内で遊んで・・・いや、ちょっとした現実逃避を楽しんで・・・これもちゃう・・・焦りで情緒を不安定に、うん、これだ、をさせておると「御飯済んだ?」っつって母上が戻ってきおった。
実の息子がこういうのも何だが母上は実年齢よりもかなり若く見える。俺がまだ学生だった時なんかも一緒に出かけたりすると他人にもよく姉弟と間違われたもんである。まあ、早婚だったゆえ同級生の親と比べればその年齢自体も若いのであるが、それにしてもその格好はちょっと若作りし過ぎではないですか?、母上。などと思いながら空返事をして空いた皿類を流しに持って行ったら「そこに置いといていいわよ。後は母さんがやっておくから行きましょ」っつって、やけに忙しない。それで、別にさほど興味はなかったのであるが「母上は、今日は何処へお出かけで?」と何気に聞くと「う~ん・・・内緒」やと。「ああ、そうですか。はいはい」っつって、俺も帰る準備、といって何も持ってきてないからこれといってすることはないのであるが、そういやぁ昨夜風呂にも入ってねぇし・・・それどころか服も昨日のまんまや、ってんで「ちょっと顔だけ洗わして」っつって、洗面所にて顔を洗っておると「それじゃ、先に外に行ってるわね」と、やはり母上は忙しない。・・・う~ん・・・あの忙しなさ。しかもあの格好・・・。なんやろ?・・・今さっきまで興味がなかったのに急に母上の今後の動向が気になってきおったぞ。よしっ、車内で頃合を見計らって今一度同じ質問を繰り出すとするか、ってんで無造作に顔を拭き表へ出ると母上は既に乗車してエンジンもかけており、そして俺の姿を見るなり開いておった窓から「裕介っ。今トランク開けるから自分で自転車積んで。あっ、それから中に紐が入ってるからそれで開かないように縛っといてね」と言ってきおった。
「あっ、母上。そういえば家の鍵かけてないんですけど・・・」
「鍵?。ああっ、大丈夫よ、裕香が居るから」
「え?。アイツまた学校サボったんですか?」
「う~ん・・・本人は今日は休みだって言ってたけど・・・」
「いや、絶対サボりっすよ。アイツを信用しては・・・」と、更にここまで言いかけたところで自分の事を棚に上げていることに気付き、そそくさと自転車を積み込み、母上の申した通り中途半端に閉まったトランクを結んだのち助手席に乗り込んだ俺、いや、僕。
 そして労せずとも後ろへ流れだす景色。それと実に心地よい風。やっぱ車って良いもんですなぁ。俺もいつか自分で愛車を持てる身分を得て日本中、いや、夢は大きく、世界中を旅してみたいもんですなぁ。わははっ。あっ待て、その前に俺免許持ってねぇや。どぅわっはっは。などと自虐的な笑いとも取れるようなことを思っておったら「あっ、マンションに行く前にちょっと寄っていくからね」と突然母上が言ってきおった。
「ん?。寄るって何処?」
「大事な所」
「大事・・・な所・・・。いやんっ、もう。『大事な所』って、母上ったら・・・」
「ば、バカッ!。何考えてんのよ、アンタはっ!」
「ぶひゃひゃひゃ~・・・。あっ、そういえば母上は今日どちらへ?」
「え、え?・・・だから、さっきも言ったでしょ?。内緒だって・・・」
「あれっ?。そういえば今日の母上、いつもより、いや、いつも以上に若く見えるんですけどぅ~」
「な、何言ってんのよ・・・アンタは突然・・・」
 うげっ。こんな見え透いたお世辞に照れてやがる、いや、らっしゃる。それですぐさま「んで?。どちらへ?」と、更に今一度しつこく聞くと「もうっ。今日は高校の時の同級生がこっちに来るっていうんで久しぶりに会いに行くのよ」と、今度はアッサリと答えやがった、いや、答えて下さった。
「え?。え?、同級生ってひょっとして男ですか~?」
「違うわよ」
「母上~、浮気はいけませんよ、浮気は」
「だから、男の人じゃないって言ってるでしょっ」
「え~、そんなに若作り、いや、めかし込んでるのにぃ~?」
「今日会う人は遠くに嫁いでてめったに会えない人で・・・って、今アンタ『若作り』って言わなかったっ?」
「へっ?・・・な、何を言ってるんですかぁ~、んなこというわけないじゃないですかぁ」
「ふ~ん・・・。まあ、いいわ。覚悟してなさいよ」
 か、覚悟?。ん?、なんのこっちゃ?。と、その時は思ったのであるが、その数分後には、気が付いたら俺は一人のババア、いや、オバ様に大きく頭を垂れて何度も謝罪させられておってその時の母上の覚悟と言う言葉の意味を嫌と言うほど思い知らされることになったのである。そう、母上が寄るといった大事な所とは大家の家だったのである。どうやら、母上は急に俺が帰って来たことを不審に思っていたらしく既に昨日のうちに大家とのコンタクトは取れておったようなのだ。つまりは昨日のうちに母上にはバレバレだったってことよね。
 そして無事に(?)大家さんへの謝罪が済み再び車に乗り込むと今度は母上への謝罪である。
「母上っ。ほんますいませんっ」
「全くもうっ。アンタって子はっ!」
「いや、ほんま、いやいや、本当にごめんなさいっ」
「あのね、家賃の事もそうだけど、アンタ大家さんにこの期に及んで嘘までついてたでしょっ!」
「は、はい?・・・嘘・・・ですか?」
「惚けるんじゃないっ!。誰が辞職に追い込まれたって?。あんたが勝手に辞めただけじゃないっ。それと何?、家賃は再就職先が決まったから再来月には払えるって?。どうせそれも嘘でしょっ!。その時になって慌てても母さん知らないからねっ!」
それで「くっそう、大家のヤロウ、いや、大家さんったら、昨日あんな勢いで喋ったのに事細かに聞き取ってらっしゃったのね。ヒーリング能力合格っ」などと関係ない事をその時考えておったら「ちゃんと聞いてるのっ?」と、信号待ちの際に俺を睨み付けてきた母上。
「も、もちろんですよ、母上っ」
「アンタはもう・・・本当に反省してるのっ?」
「そりゃあもう、何で僕はあんな事をし、あんな事を言ってしまったのかと悔やんでも悔やみきれないほど反省してますですよ、はい」
「はぁ~~~・・・そうやっていつも調子のいいことばかり言って・・・」
「いえいえ、ホントですって、本当に反省してますって」
「・・・ああっ、もういいわっ。こういうのはもう今回だけにしてよねっ」
「は、はいっ。もちろんです。二度とこのようなことはしないように頑張っていこうと思っている次第であります。うん、いや、はい」
「とりあえず二か月分は振り込んでおいたから」
「?・・・はい?。い、今、なんて申されましたか?」
「だから、あんたの滞納してた二か月分はとりあえず振り込んでおいたって言ったのっ」
「え?・・・ええ~~~っ。は、母上ぇ~~~」
「あっ、言っとくけどあげたんじゃないから後でちゃんと返してよね」
「へっ?・・・何をですか?」
「あんたねぇっ!」
「あっ、ああっ、冗談ですって。ちゃんと返しますってばぁ」
「それと来月からの分は自分で何とかしなさいよ・・・って、にやけてるんじゃないっ!」
「に、にやけてなんかいませんよぅ」
とは言ったものの、これがにやけずにはいられますかって。「う~ん、なんて申しましょうか、ドンヨリとした厚い雲の下、いや、深い霧の中から抜け出したような・・・うん。そんな気分でございますなぁ。窓の外の見慣れた景色も実に新鮮に目に映ってきよります。はい」などと思いながら、にやにや、いや、傍から見たらへらへらとしてるように見えるであろう顔で尚もそのまま外の景色を見ておると、いよいよ左手に『元我社』、程なくして右手に『憩』、そしてまた左手に『長寿庵』と、目に映ってきよりまして、あっ、これも新鮮に映ってきよりまして、元我社でいえば三橋さんと葛西、憩はマスター、そして長寿庵ではアノ娘、それぞれ一人ずつ抱擁して回りたいほど気分が高揚しております。ぬははっ。
「・・・ん?・・・んっ?っと、待てよ」と、ここで、何故にかまた脳内に一つの厚い雲が立ち込めてきよった。今、出てきた人物に拘わる何か重要な事を忘れているような気がしてきたのである。で、まずは順を追って三橋さんと葛西であるが、この二人に関しては以前から出ている俺の会社復帰についての件。と、これはさほど厚い雲は出来んであろう。っつうことで次に憩のマスターであるが・・・う~ん・・・ある意味皆無である。そして最後はアノ娘。えっと・・・ああっ、沙希。沙希ちゃんね・・・って、ここで突然「ばっ、ばぁ~~~~~~っ!」っつって思いっきり声に出して叫んでしまった僕、いや、俺。これには「なっ!・・・なんなのよっ!もうっ!」っとビックリして怒鳴ってきた母上。これ当然。それですぐに「は、母上っ。ここでいいです。車を停めてください」と御願いすると「なっ?・・・何よ?、何なのよ?」と言いながら素直に左に車を寄せ停めてくださった母上。そして忙しなく「母上。家賃のこと本当にすいません。今日はたっぷり楽しんできてくださいね。あっ、浮気はいかんですよ、にひひっ」っつってすぐに降りようとすると「ば、ばかっ!。あっ、ちょっと待ちなさい裕介っ」と呼び止められ更に「あんまりうるさい事は言いたくないけど、そろそろちゃんとしなさいよ」と、言ったのち一枚の封筒を差し出してきた。
「な、なんですかこれ?」
「もう、いいから持って行きなさい」
「は、はい・・・」と言ってその封筒を受け取り車から降りると母上はクラクションを一度鳴らした後、颯爽と自分の目的地へ向け走り去っていった。
「は、母上。俺は今日から心を入れ替え頑張っていくであります」などと、思いながら暫しその場で立ち尽くしておると「あっ、そうだっ!。そんなことよりも・・・いや、『そんなこと』って、おいっ!。なに即座に前言撤回的なニュアンスを脳内で発しておるのだ俺はっ」と、ツッコミながら、今車で来た百メートル程の道のりを今度は己の足で逆走し辿り付いた先は長寿庵。
 忘れとったのよね。そうなのよ、すっかり忘れとったのよ、アノ娘への電話。それですぐに謝らねばと、このように馳せ参じたわけであるが今何時や?。と、時計を見ると十一時を回ったところである。「う~ん・・・まだ飯も食ったばっかしやしなぁ・・・」って、違うから。飯を食いに来たわけやないから。惚けてる場合やないのよね。ピークの昼までにはまだ時間があるゆえ今なら大丈夫なような気もするが準備に追われておる可能性もなくはない。まあけど、とりあえず謝るだけだから、うん。ってんで、一度呼吸を整えたのち暖簾をひらりと捲りあげ引き戸に手を掛けたのであるが「あっ、そういえばアノ娘の苗字なんだっけ?」と、ここでまた始まってしまった。なんやろ?・・・どうもアノ娘のフルネームが覚えられんわ。ま、まあ、入ってすぐに彼女を見つければこれは無問題やろ。っつうことで引き戸へ掛けた手を右へ流すと即座に「らっしゃい!」と威勢よい声が今日も以前と変わらず飛んできた。しかし今日は飲食が目的の御客ではないゆえちょっとその声に負い目を感じつつも中途半端な所で立ち止まりすぐに店内を見回して彼女を探し始めると「お好きな席へどうぞっ」っつって、彼女とは違う別の店員ににこやかに言われてしまい「あかん、これは無視出来んわ。かといって腹は減っておらんゆえ無駄な出費は避けたい。ならばどうする?。そう、やはりここは彼女が目に入ってこない以上聞くしかない。あっ、しかし苗字が・・・」などと考えておったら先ほど声を掛けてきた店員がちょいと訝しげな表情を見せ始め、しゃ~ねぇってんで「あ、あの~、アノ娘は居ますか?」っつって聞くと「は、はいっ?」と聞き返してくる。まあ当然やわな。う~ん、下の名前だけで言うとなんか親しい仲だと勘違いされてしまう恐れもあるがここは仕方ないってんで「さ、沙希さん居ますか?」と言い直すと「はいっ?・・・さ、沙希・・・さんですか?」と、また、似たようなリアクションを受け、柄にも無く緊張して言ったというのになんなんだ?こいつは一緒に働いておる店員の下の名も知らんのか?。などと思っておったら「あっ、ああっ、沙希さんって筒井さんのことですか?」と、なんや知っとるやん。スマン、スマンと思いながら「それだっ!・・・あっ、いや、そうです、そうです」っつうと「ああ、筒井さんだったら今日はお休みですよ」ときたもんだ。
 で、まあ、結局肝心の彼女がおらんのじゃここに居る理由は無いってんで「そうですか・・・また来ます」っつってすぐに店を後にしたのであるが「なんだよ、こんなことなら母上にマンションの前まで送ってもらうんだったな」などと思いつつ、ここからマンションまでの帰路を徒歩で辿りながら「う~ん・・・別に元々、俺の方から彼女をどうこうしたいとは思ってはおらんのであるが、いちを強引な感もあったが昨夜の八時過ぎに電話するという約束は成されておったしな・・・やはりここは早めに謝罪をするという誠意は見せておかんとあかんやろね。しかし、早めにとはいえ彼女の現所在は不明であるゆえ、その手段としては、例の番号にて昨夜のうちにかける筈であった彼女の自宅に電話をしてまずは確認するより他ない。しかし・・・う~ん・・・電話をすること自体はさほど気にはならんのであるが、問題は昨夜とは違い誰が出るかわからんということと、それに伴い、突然かかってきた見ず知らずの男からの電話に彼女の身内がどのような反応を示すかというのが非常に気になり躊躇いがあることも否めないのである」などと思考しておるうちにいつの間にかマンションを通り過ぎ「おっといかん」っつって、回れ右、いや、左だったか・・・いや、無意識に百八十度回転し五、六歩程戻ってとりあえずはマンションに辿り着いたのである。
そして部屋に入るなり「いや~、やっぱ我が家、いや、いわば我がマンションがやっぱ一番ですなぁ~。家賃の心配も未だ完全には改善されてはおらんが、いちを緩和はされたし、ほんま極楽ですわぁ~~~。わははっ」っつってベッドに寝転がり・・・って、電話はどうするんじゃボケッ。「なのよね、そうなのよね。まずは電話よね」っつって再び即座に起き上がりまずは財布の中に入れたままになっておった例のメモを取り出し名前を確認。って、いや、もう名前は覚えたから、さすがに覚えたから、っつうことでその名前の下部に書かれておる電話番号の記載を以前のように確認し低い本棚の上にある電話の受話器をそのまま一連の流れで一度は手に取ったのであるがここでまた先ほどの帰路で思考しておったことが再び脳裏に蘇りすぐにまた受話器を置く事と相成った。
う~ん、誰が出るんやろ?・・・もし身内の人が気難しい人で、あからさまに拒絶的反応を示しながら『娘とはどういった関係でしょうか?』やとか『どういった御用件でしょうか?』などと言ってきたらどないしよう。関係も何もまだ友達ですらないし、『御用件』といったら今のところ指し当たってとりあえず『謝罪』をすることくらいしかないのである。つまりこれは簡単に言えば、友達でもなんでもない人間、しかも男が平日の真昼間に謝罪のためにいきなり電話をするということになり、即ち、相手側からしてみれば俺は要注意人物となっても不思議ではない。それどころか「ウチの娘に何をしたっ?」などと怒鳴られるやも知れん状況でもあるのだ。
固まったね。うん。とりあえず再びベッドにしゃがみ込んで暫し固まりました。電話をし忘れたのは確かに俺が悪い。しかしあまりにもこの代償はでかくありませんか?。
それで「俺が何したって言うのよぅ~。だから電話をし忘れたっちゅうの。けど、この代償はあまりにも大きいっすよぅ~・・・一体俺が何したって・・・だ~から電話を・・・」と、困惑の中、また思考回路がサーキット場化しておると今使用しようとしておった電話が突然鳴きだしおって跳ねたね。うん。自分でもビックリするくらい跳ねました。
「ま、まさかアノ娘やないやろか・・・?。んにゃ、そんなわけない。向こうはウチの電話番号を知らんはず・・・しかし、それを知る手段がないわけではない。そう、あの日、一緒に店に居た葛西である。奴が教えた可能性も・・・う~ん、なくはないがこれもしかし考えにくいのよね。もし聞かれて教えたのであればまず奴から前もって『これは一体どういうことだっ?』っつうような電話が来てたはずである。それがなかったということはう~ん・・・やはりこれはないな・・・」などと考えておったら「プツッ」っつって、電話が鳴きやんでしまいおった。それで「あんっ、もうっ。何処の何方かは存じませんけど、せっかちな御方ねっ。失礼しちゃうわっ」などと言いながら内心ホッとしたのも束の間、その数十秒後には再び電話が鳴き出しよった。けど今度は跳ねなかったね。うん。跳ねませんでした・・・って、もうこれはええわっ。「ん?・・・待てよ。考えてみりゃ、電話番号をどんな手段で知ろうが電話の主がアノ娘であれば、ある意味これは好都合ではないだろうか?。誰が出るかわからん電話をこちらから掛ける不安を解消出来るだけでなく、これで早々に謝罪も完了できるのであるからして、逆に、願わくば電話の主が彼女であってほしいというところではないだろうか?・・・」ってんで、今度はなんの躊躇いも無く受話器を取るといきなり「裕介かっ?」と非常に馴れ馴れしく非常に記憶に新しい声紋の持ち主の声が耳から脳に伝わってきおった。それで「やっぱアノ娘である可能性は極めて低かったわな・・・」とチョイと落胆しながら、相手が誰だかわかった上で「誰じゃテメェ!」っつって凄んだら「未だに信じ難いがテメェの妹じゃボケッ!」と、凄み返してきおりやがった。
「何だよ、期待させやがって・・・」
「ん?・・・『期待』?・・・って、なんだよ?」
「何でもねぇ、こっちのことじゃ」
「お前、まさか物好きな彼女の電話を待って・・・」
「違うわっ!。・・・まあ、けど、ある意味、遠からず近からずでもあるわな・・・」
「えっ?、なんだって?。何ボソボソ喋ってるんじゃお前は」
「うっせぇよ。そんなことより何じゃ?」
「『何じゃ』?、とは何じゃっ?」
「だ~から、用件を言えって言ってるんじゃアホッ」
「あっ?・・・ああっ、用件ね、うん、用件・・・えっと、何だったっけな?・・・」
「・・・切るぞ」
「ちょっ、ちょっと待て。冗談じゃ。昨夜、美月さんから電話があったのをお前に言うの忘れてた、っつうか、今日言おうと思ったらもう居なかったからよぅ・・・」
「何?、美月から?」
「そうそう、そんで今度一緒に遊びに行きませんか?って言ったら『いいわよ』って、来週の日曜日会うことになってさ・・・」
「何だ、何だ?。アイツお前にわざわざ電話してきたのか?。って、だったら俺は関係ねぇじゃねぇかよっ」
「違うわっ!。お前のマンションに何回電話しても出ないから、ひょっとしたらっつってウチにかけてきたんじゃ」
「はっ?・・・はあっ?。だったら何で俺に代わらんのじゃ?」
「だって、風邪ひいて寝てるって言ったら『起こさなくて良いから電話があったことだけ伝えといて』って美月さんが言うから・・・」
「ほうほう、そんで今頃になってそれを俺に伝えた、と・・・」
「だ~から、それはさっき説明・・・っつうか、『今頃』って、一日しか経ってねぇじゃねぇかよっ」
「まあ、それはええとして、何か言ってたか?」
「だ・か・ら、それも来週遊ぶ約束をしたってさっき・・・」
「テメェのことじゃねぇよっアホッ。俺のことで何か言ってたかって聞いてんだよっ」
「う~ん・・・これといって別に・・・」
「ああ、そうかい。だったらもう・・・、あっそやっ。関係ねぇけど、ちなみに、お前さっきも電話してきたか?」
「さっき?・・・さっきっていつ?」
「ああっ、俺が電話に出るほんのちょっと前に一度掛けて来なかったか?」
「いや、掛けてねぇよ」
「ということは今日は一回しか掛けてきてねぇんだな?」
「そうだよ・・・何だよっ、それがどうした?」
「い、いや、何でもねぇ、それはこっちのことだ。用件はそれだけだな?」と、最後にいちを確認をした上、ここで受話器を置いたのであるが、美月のことはとりあえず後回しにして、さっきの電話が奴ではなかったとな?。まあ、考えてみりゃ、もしさっきの電話が奴だったら「居るんだったら早く出ろやっ!」と、まずは言ってきたやろうからこれは嘘ではないであろう。ならば、さっきのはやはりアノ娘?。・・・ま、まあ仮にアノ娘だったとしよう。だとしたら俺は電話をスッぽかした上に、結果的に居留守を使ったってことになるのではないやろか?。う~ん、これは不快。これは実に不快やぞ。やはり電話か。ここはやはり電話にて謝罪だけでなく確認もせんければこの不快感を消し去る事はでけんのか?。それで暫し「う~ん・・・ん?・・・う~ん・・・う~ん」と、唸りながら、時折、漫画を読んでみたりテレビを見たりなどして気を紛らわそうとしておったのであるが、それらいずれにしても集中が全く出来ず不快度は更に増すばかりである。
 やはりここは致し方ない電話じゃ。そもそも元々の不快の原因は約束を破ったことにあるのである。ならば例え身内が出て要注意人物視されても、遅ればせながらも俺から電話があったという事が本人にさえ伝えわれば今はそれで済むのではないのであろうか?。「そうよね。うん。結局のところそうなのよ」っつって、ここでやっともう一度、メモを手に取り、っつうか、ずっと持っておったわ、わははっ。ってんでそのメモに目をやりながらやっと受話器に手を置いたところで「ぬわ~~~っ」っと、このタイミングでまた電話が鳴きよった。跳ねたね。うん。先ほどの跳躍の記録を塗り替えるほどの勢いで跳ねましたよ。それだけでなくそのまま受話器も持ち上げてしまいましたよ。
それで「わわわっ、あわわっ」といった感じで言葉にならぬ声を発しながら持ち上げてしまった受話器を慌てて耳に持っていくと「あっ、もしもし?」と、確実に先ほどの裕香の声とは違う若い女子の声が聞こえてきおって「もっ、もも、もしもし、お、大崎で御座いますけれども・・・」と、心構えもなく応対してしまうことと相成ってしまった焦りからきておるのかこのように思いっきりドモった状態で、しかも今まで使った事も無い敬語を気が付いたら発してしまっておったのである。
「あ、あれ?・・・」
「は、はい?。何で御座いましょう?」
「裕介・・・あなた裕介よね?」
「はいっ。さようで御座いますが?」
「あんた、何ふざけてんのよっ。私よ、私。今、自宅の方に電話したら裕香ちゃんがもうマンションに帰ったって・・・」
「は、はい?・・・『私』・・・と申しますと?どちらの私さんで?」
「言うから・・・って、お前いい加減にしろよ・・・」
と、ここで「あれ?・・・あの娘こんなに口が悪かったっけか?っつうか、違うな、彼女じゃねぇな・・・それに彼女やったとしてもこの応対の仕方は良くねぇな・・・」などと考えておったらやっと冷静さが戻ってきおって「ん?、んん?・・・なぁんだぁ、美月ちゃんじゃないのぅ」と相手が美月だとわかったと同時に我に返った私、いや、俺。
「な、何?、あんた寝惚けてんの?」
「寝惚けてなんぞおりませんよ」
「あっ、あれ?もしかして・・・」
「ん?、んん?・・・なんぞ?」
「物凄い速さで電話に出たけど、ひょっとして誰かからの電話待ってたんじゃ・・・」
「ち、違いますよ・・・あっ、いや、ああっ、待ってた、待ってましたよ美月ちゃんからの電話を・・・あ、あははっ。あはははっ」
「・・・何、動揺してんのよ?」
「ど、動揺なぞしておりませんよ。あっはは、あっはは・・・」
「・・・ホントわかりやすいなお前・・・まあ、それはいいわ。っていうか、どうでもいいわ」
「ど、どうでもいいって・・・美月ちゃあん」
「って、そんなことはいいから、今、昼休み中だしアンタと違ってこっちは時間無いのっ」
「だったら、今夜、仕事が終わった後にゆっくり語り合いましょうよぅ。あっ、食事も兼ねて・・・」
「絶対嫌・・・って、あっ、だったら麗子ちゃんと二人きりで・・・」
「絶対嫌じゃっ!」
「何でよ?・・・って、あっ、そうそう、電話したのは他でもないその麗子ちゃんのことなんだけどさ・・・」
「絶対嫌じゃっ!」
「って、まだ何も言ってないだろうがっ!」
「麗子っつう、その名前を聞いただけでどうせろくでもないことだってわかりやすよ」
「あ~っ、酷いっ!。今の麗子ちゃんに言ってやろ」
「あっ・・・いや、それは御勘弁ください」
「嘘よ。そんなこと言ったらきっとあの娘ショックで寝込むわ・・・」
「へっ?。あの天然娘がそんな繊細な心を持ってるとでも?」
「う~ん・・・それもそうね。寝込むっていうのはないかも・・・」
「あ~っ、今のあの娘に言ってやろ」
「えっ?・・・あっ、それは御勘弁・・・って、だからそんなこと言ってる暇ははないのよ。その麗子ちゃんがね・・・」
「だから嫌じゃっ」
「ってめぇ・・・とりあえず話を聞けっ」
「はいはい、わっかりましたよ。今受話器を耳から離すからどうぞ御話くださいませ」
「おいっ!」
「もぅ~、冗談ですよぅ。んで?、あの天然娘がどないしたと?」
「え?、ああっ。この間のことどうやら本気みたいで・・・」
「へ?・・・この間のこと・・・って?」
「ほらっ、あんたに言ってたじゃない?・・・って、あんたわざとすっ呆けてるでしょっ!」
「え~っ?。俺には何のことやら・・・」
「あっそっ。じゃあ今度の日曜日、二人で会ってもう一度改めて同じこと言ってもらいなさいよ」
「え?・・・ええっ?。こ、今度の日曜って・・・何勝手にそんなこと決めてんのよぅ?」
「だってあの娘、いつ返事がもらえるかってしつこく聞いてくるんだもん」
「ああっ、そんじゃ美月ちゃんの口から『無理』って言っといてよ」
「嫌よっ。って、いうか最初の頃は『あんなのの何所がいいの?』とか『ろくな奴じゃないからやめときなさい』とか『あんなのはゴミよ、奇生虫よ』だとか言って・・・」
「ちょっ、ちょいとお待ちよ、お前さん?」
「おっ?出たな古女房」
「チョイとおふざけでないよ、お前さん」
「だったらその言い方はやめろ」
「はい・・・。って、いや真面目な話、何なのよ、ろくな奴じゃないやとか、挙句にはゴミやとか奇生虫とか・・・」
「だって本当のことじゃない?」
「ちょ、ちょいとお待ちよ美月さん?」
「って、まあとにかく、いろいろ言って、あの時あんたに言った事自体を無いものにしようとしたのよ・・・そしたら・・・」
「ん?・・・そしたら?」
「『ひょっとしたら美月先輩も好きなんじゃないですか?』って・・・」
「へっ?・・・そうなの?」
「ん?・・・『そうなの?』って、何がよ?」
「そっかぁ~。うん、けど、美月ちゃんやったら俺は別にかまへんよ」
「はぁっ?。あんた何言ってんのっ?」
「ん?。だって今、美月ちゃんも俺のこと好きって・・・」
「ば、バカヤロッ!。だ~れがそんなこと言ったっ!。それに何だ?『俺は別にかまへん』って?。何でお前の方が上から目線なんだよっ!アホッ!」
「まっ、まあまあ、そう照れずに」
「照れてねぇよっ!。ああっ、もうっ!。ホント時間無くなっちゃったじゃないっ!」
「ほんじゃ、やっぱ今夜食事を兼ねて・・・」
「うっせぇよっ、馬鹿っ!」
 っとまあ、ここで美月との電話での会話は途切れたわけであるが、今、その美月が言わんとしていたことはもちろんわかっていたのである。つまり、美月としては俺のことをボロクソ言って麗子にやめさせようとしただけなのに、それによって美月も俺のことを好きなんじゃないかという誤解を受けて話がこじれてニッチモサッチモいかなくなったために、直接俺から返事をして事を収めてほしい、と、そういうことであろう。
「くぁ~~~っ!。けど面倒くせぇよぅ~~~っ。めんどくせぇって・・・。なんやろ?、今の俺って『女難の相』でも出ているんやないやろか?・・・近いうち占い屋にでも見てもらうかな?」などと言いながら、とうとう例の電話をすることも忘れ・・・いや、忘れてはおらんが「後でいいやっ」っつって、なげやりになり思いっきりベッドへダイブ。それで暫しバタバタと意味も無くクロールの動きをした後「疲れたっ」っつって、仰向けになると今頃になってなんかケツポケットに違和感を感じおった。それで即座に「あっ、そうやっ。そやったわ」っつって「一体なんぞや?」と、さっき車の降り際に母上から渡された封筒を尻を浮かせて抜き取りそのままの流れで封筒を開けてみると中からほのかに銀行の香り、いや、それも言いえて妙ではあるが、札の香りがプンプン匂ってきおった。それで「へっ?・・・えええ~っ・・・」っつって、部屋の中だというのに何故か、というか条件反射的にキョロキョロと周りに誰もいないことを確認した後、親指と人差し指で中身を引っ張り出すと、そこにはけっこうな枚数の万札ぐぁ・・・。
 踊ったね。うん。これには母上に感謝の雄叫びを上げたいくらい一人でアホみたいに踊りました。