みんなの保健室@OHMUSUBIの主のツブヤキ皆さんの気持ちも知りたいわ
人生会議 アドバンス・ケア・プランニング(ACP)聞いたことありますか?何だかいつのころからカタカナ語や横文字が増えた気がしますリビングウィルだとか、インフォームドコンセントなどなどもう!ついて行けないっ人生会議とはーー人生の最終段階において、あなたはどのように過ごし、どのような医療やケアを受けたいと思いますか? あなたが大事にしたいことや、望む生き方について考えたり、信頼する周りの人々とふだんから話してみたりすることを 「人生会議(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)」といいます by 厚生労働省ざっくり言うと、治療はどうしたいか、家で過ごすか、辛くなったら病院や施設を利用するか、延命するか、最期まで家で過ごすかなどなど、ご本人、ご家族だけでなく医師や看護師、相談員、ケアマネージャーなどその方に関わる医療・福祉従事者と何度も話し合い、共有することです人は必ず「死」が訪れますできればその人らしく、その人の価値観、その人がどうしたいかを尊重して関わり支援していくことが根底にありますこの様な話になると、おおよその方は「がん」「難病」などを思うと思うのですが、認知症もお忘れなく経験上、認知症になってから色々と意思確認をするのは大変でした。それに、残された家族は「これで良かったのかな」と思います。元気な時、何不自由なく自分の力で毎日の生活を送れる頃は、そんなことを考えもしないと思います年を重ねてからも「いつか」と思って後回し人生会議について考える前に、まずは自分にもしものことがあったら、どうしよう。何を残して、何をどうしよう。痛い思いはしたくない、できる限りの治療は受けたい、入院したらどうなのかな、家で過ごすにはどうかななどなど想像してくださいこれは、自分と向き合う時間でもありますだけど、何をどう考えるんだ?他の人はどうなんだろう?そう思う場合は、ぜひOHMUSUBIの会にお越しくださいざっくばらんにそんな話を楽しくすることができます最近関わることになった方が、ご自分が亡くなった時の化粧品や衣類、写真まで用意しておられ最期まで自分らしくありたいという思いと、残されるご家族に対する思いを感じました考えてみると、初めの気持ちと少し時間が経過してからの気持ちでは少し柔軟さや自由さを感じますぜひ、人生のエピローグの前段階からのシナリオを考えてみましょう
今日は雨の埼玉少し涼しくて過ごしやすいですこの間、わたくしは認知症の研修を受けていたのですが自分の今までしてきたことを振り返り、大きな間違いに気づきました思いは、ひとそれぞれその人になってみないと分からないAさんの思い伝えてくれた言葉それに対しての他の人の思った言葉どれが間違っているということはなく、それはそれぞれの価値観の違いそこに気づきながら話せると良いのですが、援助をしたい人は、自分の言葉(考え)を押しつけがち支援をしたい人は、Aさんの言葉を最後まで聴きAさんの立場になって一緒に考える助けると、支えるの違いこれを理解している人はどれだけいるのでしょうかね・・・わたくし、支えるつもりで助けるマインドでしたその場、その時の「主」は誰なのかわたくしは、Aさんが主と思いながら、わたくしが主でいた時もあったなと恥ずかしくなりましたAさんはAさんの人生ですAさんにはご自身の意思と意志があります例え認知症になったとしても、その瞬間の意思は確認できると思うのです(信じられず、何度も「良いのね?いいのね?」と問うと混乱し、不安になりその意思がぼやけてしまうのでしつこい確認は要注意)Aさんを思うばかりに「こうした方がいいよ」と支える気持ちで自分の「良い」と思う方向に誘導してしまうAさんは、本当にそれで満たされるのでしょうかそうなるよう希望と期待をもっているのは援助側だけだったりして・・・本当に支援をしたいのであれば、まずは聴くそして本人の意思を尊重するそして自分の価値観と切り離すお節介さんには難しいことだったりするAさんがいることで、自分自身が助けられているということに気づくと「やってあげている」という気持ちにはならないはず「~させた」とかねわたくし、DEVILなのでちょっとした言葉にピピピっときてしまうのですそこで何をしたいのか自身が主となり周りの人の役に立ちたいと思うのか周りの人を主として自身が役に立ちたいと思うのかそんなことを考えていた夏でした10月4日土曜日はいつもの吉川美南のウエルシアさんでOHMUSUBIの会です10:00~13:00まで参加費100円です中学生以上であれば、どなたでも参加できますお子連れでもOKですよ!誰かと気軽に話がしたいZo!と思ったらお気軽にお越しください
家で暮らすことは当たり前皆さんは、いつまでも家で暮らしたいと思いますか?それは何故でしょうか当たり前だから考えることもないのではないでしょうかわたくしも、できれば家で暮らしたいです病気になっても、多少の動きにくさはあっても先ほどのことが覚えてられなくなったとしても何故って、家が一番気が抜ける場所だから身体が家での動きを知り尽くしているから、多少の動きにくさはあっても何とかなるからと思うので他の所に行ったら、緊張して落ち着かないし、辛くて我慢できなくなってしまいそうです少しの痛みもとても辛く感じてしまいそうです長い夜、気にせずテレビも観たいし、音楽だって聴きたいときに聴きたいし何なら一緒に歌ったりもしたい自分らしく過ごしたい逆に、家より病院の方が安心して落ち着くという方もいらっしゃいます耐え難い痛みも、家だと和らぐ方もいれば、病院の方が和らぐ方もいらっしゃいますそう人それぞれなのですよね・・・ご自宅が大好きな方がいらっしゃいました自由に過ごされ、当たり前の一日を過ごしていました病気になり、動け動けとご家族に言われ元気な頃はゴロゴロしていても、何も言われなかったのに病気になった途端、動け、動かないからダメなんだと言われるようになりそれは次第にご家族のストレスになり「施設に入れるよ」という言葉をよく耳にする様になりご本人の意思はよそに、施設に入ることになりました家にいたいと思っていたけれど、施設で生活することになりましたそれから数カ月どうされているのかなと思ったら施設での生活も楽しんでいるようでした家も良かったけど、施設ではご自身の意思が尊重され過ごせているようです不便さはあっても、それはそれで気に病むまでには行かず何とかやってるよとのことでしたそれを伺い、引っ掛かっていたモヤモヤがスーッとしたのを覚えています住めば都って、言うのでしょうかねわたくしは、「いつまでも住み慣れた場所で自分らしく暮らす」ことができるよう地域看護師として活動していますが、大切なのは「家」という「場所」ではなく「自分らしく」なんだよなと改めて思いました皆さんは「自分らしくいられる場所」はありますか?自分らしくってどんなご自身ですか?
お久しぶりでございます台風前の埼玉です少し涼しく過ごせておりますが、普段のあの暑さといったら!!!水分補強と程よい塩分摂取を心がけて、熱中症対策をしてくださいねおむすびの会には、健康な方から何かしらの病気や後遺症をお持ちの方、介護をされている方、介護をされていた方など色んな立場の方がお越しになりますしゃべり場では、こんなことがあった、そんな時はどうしているなどなど、経験談を聞きながら「あ!そうすればいいのね」なんて知恵の出し合いなんかもあったり言葉に不自由さがあっても、全く気にすることなく皆さんとコミュニケーションが取れますなぜなら、そこにいる皆さんが「聴く」「聞く」気持ちで耳を傾けるからですなので、ぜひ言葉に不自由さがあって話す機会がない方にもお越しいただきたいです共生社会と最近よく耳にします色んな状況の人たちが、分け隔てなく一緒に暮らしていく世の中わたくしはそれを目指して、みんなの保健室を立ち上げました子ども、子育て中のママ向けのコミュニティは結構ある障がいを持った方や、認知症の方、介護保険の認定を受けた方の受け皿もあるそのカテゴリーに入らない方たちは?入ったとしても、そこではない居場所を求めていたら?(わたくし、ママ友の集まりなど苦手でした)そもそも何で縦割りに分かれるの?みんな一緒に過ごせる場があったら、色んなことを知れたりするし、視野が広がるのになと思ったからですというより、色んな人が一緒に生活をしているのが日常ではありませんか?と思ったからです普段から、多世代の方と交流をしていると情報や歴史、知恵や方法を受け取ることができます魚の煮つけの作り方、真綿の種の育て方、言葉、ことわざ、考え方、戦争の話、死の話、自分の住んでいる地域の話目の前に流れている川の話、暮らしの話、病気の話、社会制度の話、社会資源の話、今の流行り、スマホの使い方などなどその他に、他の方の価値観を知ることで自分の価値観に衝撃を受けたりとにかく刺激的こんなことを書いていると、わたくしの子どもの頃を思い出します学校の帰り道に、お婆ちゃん、お爺ちゃん、おばちゃん、おじちゃん、色んな人がいてあの頃のわたくしには、子育て、高齢者、病人、寝たきりの人などの分け隔てはなかったように思いますだからこそ、色んなお話しが聴けて、想像を膨らますことができ、今もそれが役に立っていたり支えになっていたりしますわたくしは、とーーーーーーっても悪い子だったのですが、親に理解されないことや、周りに理解してもらえないことなど、家ではない場所がいくつかあって今思えばとてもよかったなと思いますそんな居場所をこれからも作っていきたいなと思い、細々とですがやっておりますひとりは、息詰まってしまいますいつでも独りにはなれます大切にして頂きたいのは、誰かと話すことみんなの保健室だったら、どなたでもお越し頂き、お話ししたり、聞いたり、ただいるだけ、お菓子を食べるだけでもいいのですよ~様々な年代、立場の人が集まる楽しい居場所をみんなで作っていきませんか次回のみんなの保健室 OHMUSUBIおむすびの会は、9月6日(土)10:00~13:00です
おぅ2ヶ月も更新していませんでした2025年ももう4月毎日が早く過ぎていきます更新はしていませんでしたが、活動はしておりましたよみんなの保健室 OHMUSUBIは、ありがたいことに現在3か所で活動させて頂いています住宅街でのサロンでは、隔月で参加させて頂いて「あなたは最期をどうしたい」というテーマでこれからのご自身の生活や、ご家族のことなどを皆さんで話したり、地域にある訪問診療の医師をお迎えして訪問診療ってどんなことをしてくれるのか。など病気や障害を持っても住み慣れた場所で過ごすためのお話を伺ったり先月は、先生のお話を振り返っての感想を22名の参加者の皆さんが5つのグループになり発表していただきましたご自身の思うイメージとお話を聞いて、改めて考え思ったことがこちらです。「家族の状況や本人の状況、色んな状況、家族の覚悟など考えなければならない」「認知症になったら家にいられなくなると言われた。(これは別の方に言われたそうです)最期まで家にいることは難しいと思った」「家族の下で介護され生活するが、介護疲れの問題もある」「現実と理想の違いを感じた」「訪問診療を元気なうちに早めに信頼関係を作りたいと思いケアマネに相談したら、無理、まだ早いと言われた。重症にならないと受けられないイメージ」そこの地域には、有償ボランティアの移動サービスがあるそうで、そのサービスを利用すると通院に8.000円ほどする利用料が、5.000円で済むそうですでも、運転手さんが少なく利用も難しくなっているそうで・・・お金と足問題わたくしのお仕事もですが、色んなサービスをご提案したいと思ってもそこには「お金が掛かるのです」できなくなった「何か」は、「何か」で補わなくてはなりませんその「何か」を考えた時に工夫で解決できればいいのですが、お金が解決に必要な時もありますまずは、「いつか」「何とかなる」ではなく自分だったらどうだろうをイメージして頂きたいです1人では想像もできなければ、ぜひOHMUSUBIの会にお越しください
昨年、父が旅立ちました耳が遠く、目が見えなくなり、認知症になった父入院から施設入所へと場所が移り、病院でも施設でもスタッフの皆さんに親切にして頂き「家もいいけど、ここも良くしてくれるよ」と言っていましたある日曜日、施設からわたくしの所に連絡があり午後から急に腹痛を訴えていて、顔色も悪く、酸素量も下がっているため救急搬送をしたいとのこと幸い、掛かりつけだった病院が受け入れてくださったので、スムーズにそちらに運ばれわたくしも直ぐに駆けつけることができました腹痛の原因は何なのかと考えながら向かうわたくし便秘?感染症?などなど救急外来のストレッチャーには痛みでもがく父がいました「早くしてよ」と不機嫌検査の結果、腸に穴が開いているための痛みということが分かり・・・手術するしか方法はありません94歳、目が見えない、耳も遠い認知症手術をする理由が見当たりません認知症になり始めの父は、毎日殺してくれと言っていました医師の説明が終わる前に、わたくしには「緩和」の一択しかありませんでした緩和を選択した場合、麻薬を使用するので2~3日、早くて今夜かもしれないと予想通りの説明直ぐに、母、わたくしの夫、子どもたち、孫たちが父に会いに病院に集まりそれぞれに父に声掛けをし、これが最期かもしれない挨拶をし父も嬉しかったと思いますそして運ばれたその日の夜中にさっさと逝ってしまいましたその時の父の顔を観たら「この世に未練はないよ」と言っているような表情でしたわたくしは看護師で、たくさんの方の旅立ちに立ち会わせて頂いています皆さん、その時をご自身で選んで旅立たれているのではないかと経験上思いますなので、父は父のタイミングで・・・とは言っても、待てなかったんかい!と正直思いつつ、それがまた父らしいと思いましたたくさんのその時に立ち会いながらも、父が旅立ってからしばらくして「あれで良かったのかな。迷うことなく、母に相談することもなく、それが父にとって良い選択と思って医師に伝えたけど、本当に良かったのかな」と思う時がしばしば・・・お葬式にしても、残される母のことを考えたらお金を掛けなくても良いのではないかとかその時に、自分はどうして欲しいのかを伝えておくことって重要であり、家族に対する愛でもあると思いました家族が迷わないように、後悔しないように自分の最期についてどうして欲しいかと伝えることって本当に大切わたくしの意に反し、たくさん人がお越しになり賑やかなお葬式になりましたが、それも父が望んでその様になったのだろうなと思っていますわたくし自身が、父を通して経験させてもらい改めて「意思決定」の大切さを感じるとともに、たくさんの方に意識して欲しい、広めていきたいと思いました
今年に入りあっという間に2ヶ月半が過ぎております先日は今年1回目のOHMUSUBIの会でした毎回、気づきや知ることがあります吉川美南のウエルシアさんでのOHMUSUBIの会は、ふらっと初めてお越しになった方でも初めてじゃないみた~いな和気あいあいとした自由な場です介護されている方、介護している方お喋りが好きな方、地域で医療・福祉活動をしてみたい方どんなことをしているのか興味のある方ぜひにわたくしokikuは、現在3か所で保健室の活動をしています昨年から始めた試み「わたしリスト」の作成保健室を始めたひとつには、「意思決定」を広めたいという思いから病気の話、ご自身のエンディングについて、案外と医師任せや家族任せの方が多くてでも、本当にそれでいいのでしょうか皆さん、いつまでも家にいたい。病院・施設なんか嫌だ!コロッと逝きたい、人工呼吸器なんかに繋がれたくないなどと仰いますが、それをきちんと意思表示していますか?って話で実際に、手術のことや飲んでいるお薬のことについて「面倒だ」「したくない」と仰いながら、それをするなぜですか?と伺うと、医者に言われたからとほとんどの方が仰います医者が言うからですか?嫌なのに?と意地悪ですが問うと、その先に行かないのです医者が言うことをご自身が選択しているという意識も薄め・・・コロッと死にたいでも、言うだけではダメなのですよご自身がどうありたいか目を背けずに考えましょうよということで「わたしノート」の中で試験的に始めた「わたしシート」簡単なものです何人かの訪問看護師としてわたくしと関わっているご利用者さまに書いて頂きましたもう、入院はしない!と宣言した方からは、ご自身がどのように医療従事者に対応して欲しかったのかが聞けもう1人の方からは「こういうのを書くと、逝くのが近づいてきた気がして不安だよ」という言葉がありまたは、意思決定というより普段から仰っているお悩みをより深く伝えたかったというものもあったりそれを、これからどう生かしていくか構想中ですご高齢になればなるほど、医師からの説明はご家族にいき知りたいご本人がその場にいても取り残されていることが多いなぁと思うのですゆっくり、表情を観ながらお話すれば伝わるのですが・・・そんな時間はないっですかね保健室では、皆さんご自身の「これからをどうしていくか」「どうしたいか」が他愛もない会話の中で飛び交います誰かの言葉が、誰かの希望になるし、誰かの慰めや労いになるしわたくしなんて、毎回「そーなのですねっ」と学びになりますそんな話ができる場所なんて、そうそうないのではないかなと思うのですよ次回のOHMUSUBIの会は3月1日(土) 10:00~13:00ウエルシア吉川美南ANNEX店さんです
寒い毎日が続きますふたご座流星群が、今夜から土曜日の明け方に掛けて見頃だそうですよ寒いと空も澄んでて、寒いけれど気持ちがいいですね昨日は、三郷市文化会館内にあるコミュニティレストラン「青いそら」さんでの出張OHMUSUBIでした前回の時に、デスカフェをしてみましょうということで今回は色んな気持ちを伺うことができて学びになりましたエンディングノートに書いたり、延命はしないで良いと家族に言っても家族が受け入れられず、思い通りにはならないかもしれないというお話や骨はそこら辺に・・・というよく聞くお話など自分の意思を家族としっかり話すことも大切なこととても大切なことですよね今回は、わたくしがokikuなのに、たくさんお喋りしてしまいましたわたくしが、デスカフェ・気軽に死生観を話す会を不定期に開催するのは「意思決定」を意識して欲しいからいつか・・・と思って色々なことを先延ばしにしているとしておけばよかった・・・という結果になることが振り返るといくつかあって自分の延命や、治療、まさかの時はどう生きていきたいかを「いつか」と思わずに少し意識してイメージをして欲しいのです何度も書いていますがまた言ってら~ですが、頭の中で考えても、アウトプットしないと根付かないそして、他の方の考えや思いを伺うことで視野が広がると思うのですまた言ってら~ですがということで、今回は、わたくしの体験から亡くなった後のことも話題にしたりして疲れた方もいらっしゃるのではないかと心配なアウトプットの会でした次回は、1月16日(木)13:30~の予定です場所は三郷市文化会館内にあるコミュニティレストラン 青いそらさんです男性もお気軽にお越しください
父が入院してから月日は経ち定期的に面会に行くと、しっかりしている時もあれば今日は違う次元に行っているのねの時もありそんなある日、兄が面会に行くと「俺は、おかしくなっていたみたいだな ヤ〇ザや外国人とずっと闘っていたみたいだ」と言い、兄の前では昔の父だったようで「まとも」だったと言っていましたわたくしとしては、タンスを相手に「やんのか、おい!」「なんだお前」という立ち回りをしていた姿をライブで見ていたのであぁ、そういうことだったのねと言葉遣いや、威嚇の様子をみて答え合わせその後、母や叔父が会いに行っても「そうか」と場を合わせるかのように答えるだけ・・・母は、自分のことを認識されずショックだったようです夜間全裸放尿癖のある父は、病衣からツナギ(抑制衣)に衣装が変わりご機嫌な時、斜めな時、ご飯を食べる時、食べない時とムラがあり看護師さんや介護士さんにお手数をかけ、父だけ穏やかに過ごしていました入院生活の期限は3か月長いような短いような入院生活ももうすぐ期限が迫り次の場所に移らなければなりません病院系列の施設にというお話はあったけれど、その後のお話はなくあぁ、ご迷惑ばかり掛けているから入所ができないのねと思い近所にある父の様な手の掛かる認知症の人でも受けてくれる施設を探しわたくしの娘が申し込みをしてくれました退院があと数日という時に、近所の入所が決まり・・・と思ったら、病院系列の施設に移動する話が決まっており・・・聞いてないよ!の状況に問い合わせたところ、病院系列への入所は以前より決まっていたと施設側に言われ入所が決まったこと、転院日など何も聞かされておらず、突然明日連れて行ってくださいというのはおかしなお話ではとお伝えしましたはぁ、はぁな対応の相談員さん通常、施設への入所希望を出すと、面談があり、入所判定会議というものがありそこで可能となると、いついつに入所となるのでご準備をお願いしますとご家族にご連絡するのが、流れです(わたくし、介護老人保健施設にいましたので)なのに!!!!看護師さんやケアワーカーさんたちには本当に感謝しかありませんが、最後のこの病院と施設の相談員さんの対応がとても残念でした色々とありましたが、家から近い施設でお世話になることとなりわたくしの娘と息子が母も連れて、父を施設まで送ってくれました釣りが好きだった父、川の傍の日当たりの良い土地勘もある場所での入所生活が始まりました病院ではとてもお世話になったので、感謝してもしきれません施設は、介護老人保健施設でも部屋代や、食事代などで利用料の差があります具合が悪くなった時に、病院に連れて行くのは家族の場合や、施設の看護師さんの場合や介護老人保健施設は施設長が医師と決められており、平日は常に医師がいます施設内で対応できる医療処置も施設により違いがあるし、医師がいても受診のための通院で家族に付き添いを依頼してくる施設もありますもし、利用を考えることがあるなら、ケアマネージャーさんや関わっている看護師やヘルパーさんに、どんな雰囲気なのかなど情報を集めましょう気になる施設があったら、直接連絡をして聞くのも良いと思います最近は、コロナなどの感染症の影響で外出や外泊の許可が出ないということもあります(クラスターになったら大変ですからね)とにかく情報収集が大切です
その日は突然来たりする。あっという間で慌ただしくて、悲しむ暇もなかったなんて話を送り出した方からよく伺う葬儀やお墓のこと、お金のこと人生の結び方自分のそれを、考えることや決めること残された家族にとって、重要なことなんだなぁと思うことがありました「後は任せた」それは、どこからどこまでを意味しているのですか役割を終えた自分の命の入れ物(身体)を、どのようにして欲しいのかどのようにして良いのか縁起でもないことだけれど、考えて伝えないと無責任だなぁと自分の人生なので。病気になって、自分の人生を見つめてどう生きていくかを「その時になってから」考えるより気づいた「今」からどう生きていくかを考える方が「その時になってから」考えるよりゆとりがあるのではないかなと思うのですわたくしは、どう生きたいか、自分がどうありたいかと最近よく考えますそれは、その時がいつか来ることを常に意識している訳ではなく人生は自分が思っているよりも、すんごく速い・早いと感じるからですそして、自分の意思を何となくな方向性だけでも、家族や子どもに、親に伝えておく方が「その時」になったとき、自分で判断や意向を伝えられなくなったときに自分のイメージする生き方ができるのではないかと、仕事柄か思うからそれと、一度きりの人生なので、もっと生まれてきたわたくし自身を楽しまないとなと思うからです「その時」とは、いつのことなのかは人それぞれ違うかもしれませんそれでも、考えて、アウトプットをすることは重要と思いますなぜなら、本当に考えなければならなくなった時に過去のご自分の思いは、今のご自分をサポートしてくれるから自分は、こんな風に考えていたんだなというスタート地点があるから真っ白なスタート地点と比べると、少し違うのではないかなと思うのですそんな話を、楽しく気軽におしゃべりしませんか
すっかり寒くなりました。暖房をつけ始めた方もチラホラ身体が縮こまり姿勢も悪くなります!時々、万歳をしたり、深呼吸をしたりしてくださいね呼吸は大事リラックス効果もあり、整えてくれます何かに夢中になっている時、呼吸が止まっているなんてこともありますよね暑さの疲れから、急な気温の変化お風呂に入れる方は、ぜひ湯に浸かってくださいとにかくリラックス自分の身体をいたわってあげましょう先日の土曜日はOHMUUSBIの会でしたしばらくお会いしていなかった方がお越しになり、とても嬉しかったですオンマありがとうございましたずっと連れ添ってきた奥さんの体調が悪くなり家事を手伝うことになったいつも笑顔のMさん腰や足が悪いので、Mさんご自身も大変そうでしたそれが最近、奥さんがお元気になってきたそうで家の近くに出張スーパーが来るようになり、ご近所の方とおしゃべりをする機会が増えたそうです出張スーパーに買い物に行くごとに少しずつお元気になられ、Mさんも少しホッとされているようでした「おしゃべり」は、薬より効果があるなぁと改めて思いました「話す」ことは、何となく自分を知ってもらうことでもあり自分の気持ちを言葉にして整理することもできるなと思います楽しいおしゃべりは、ストレス発散にもなりますしね次回は今年最後のOHMUSUBIの会です12月7日(土)10:00~いつもの吉川美南にあるウエルシアさんで開催していますお気軽にお越しください
QOLは、生活の質 これは、看護計画の目標によく書かれていた言葉「QOLを向上させる」と。わたくし、ひねくれ者なので病気になってQOLの向上なんて、看護師の自己満足よっ!なんて気持ちだったので「QOLを維持する・QOLの低下を防ぐ」とよく書いていましたそしてQOD これは死の質このブログでも何度か書いておりますが、最近耳にするようになった言葉今日は緩い前置きがなく、いきなり本題ですわ先日、両方の「質」は一緒というか、繋がっているというかそんな風に思うことがありました木曜日の日に旅立つ時間が目の前に来ているという入院中のおばあ様を、自宅で看取りたいので、okikuさんたちに来てもらえないか。というご相談がありました・訪問看護師をご利用される場合「訪問看護指示書」というものが無いと訪問が難しいこと・ご自宅に帰るにあたり移動というだけで、体に負担が掛かり呼吸が止まってしまう場合もあること訪問診療医が介入してくれれば、もし旅立たれたとしても問題はないけれど、訪問診療医が介入していないで旅立たれた場合、警察が介入すること状況によって病院がOKと言ってくだされば、いよいよの時に病院に戻らなくてはならず結果、ご自宅でのお看取りということにはならないかもしれないこと・それよりも入院先の主治医が退院の許可を出してくれるかも分からないことなどを説明しましたずっと一人で過ごしてきたお婆ちゃんだから、最期は皆で送ってあげたいから、何としてでも帰らせてあげたいというご家族の強い希望で病院と相談し、結果、訪問診療医も決まりご自宅に帰って来られました夕方、訪問診療の医師が訪れ、診察と訪問看護師(わたくしたち)あてに指示を出されその後に、わたくしもお伺いしてケアなどをさせて頂きましたケア中、お声を掛けると頷いてお返事をしてくださり、明日もお伺いすることや、点滴をすることなどをお伝えすると眼は開きませんでしたが、頷いてお返事してくださいました別室でご家族から、もし何かあったらどうしたらいいかと質問があったので心配な時はいつでも連絡をしてくださるようにということともし、呼吸が止まったとしても慌てずに落ち着いてからで構わないのでご連絡をとお伝えしましたそれからわずか数時間後、ご家族から呼吸が止まったというご連絡がありお伺いして心臓や呼吸が止まっていることを確認して訪問診療医に連絡をしました身体を皆さんと拭きながら、お婆さまの元気な頃のお話や、入院中に同じ部屋の方が旅立って行かれることに気持ちも沈んでしまって行ったことなかなか呼んでも来てくれない看護師さん、孤独感などお婆さまの気持ちや入院生活の様子を伺い、それに対するご家族の思いなど色んなお話を伺いましたその後、落ち着かれたのでしょうご家族から家で皆で看取れてよかった、不思議なのだけど悲しいという気持ちがあまりないと改めてご連絡をいただきましたふと思ったのですよね死の質も、生活の質もどちらかが良ければ、どちらかも良いのではないかと旅立つときに、ご自身やご家族が思う「良いと思うこと・したいこと・してあげたいこと」が叶えられたらその方の最期の時の生活の質も良いのではないかとこんな状態で、帰れるわけがない!と言われたそうですが、それでも思いを貫き通したご家族言ってみなければ分からないやってみなければ分からないお婆ちゃんのその時の気持ちは分からないけれど、残されたご家族にとっても「生活・死の質」は大切なんだなぁ・・・終わりよければすべてよし これから生きていくご家族のためにもと改めて実感しましたもちろん、お一人で過ごされる方にとっても、できるだけその方の思いに沿った関りがしたいと思いますあなたは、最期をどうありたいですかもっと気軽に話せるようになるといいなぁ
先日の土曜日は、おむすびの会でした大腸検査の話や、介護の話、コロナ闘病の話や、仕事の話など色んな話で盛り上がりました当日顔が見れなかった方のことも話題になったりそこにいなくても、繋がっているこちらからは繋がる線はいつでも伸ばしておりますのですよなので、いつでもそれを掴んでくださいね午後は、これから進める計画について皆さんのご意見を伺いながら、気づけばあっという間に時間が過ぎ・・・今回も学び多い1日でしたそれで、わたくしのココロに残ったことインフルエンザとコロナのワクチンの接種券が届いたそうです受けるか否か「市から来たから受ける」というお言葉を聞きワクチンに限らずですが「医師に言われたから、〇〇に言われたからって、 皆さん何てスムーズに受け入れられるのでしょうか」従わないでくださいね。ということではなくなぜ、それを何の疑いもなくスムーズに受け入れてしまうのですかね何か起こった時に、〇〇って言っていたのにとか、聞いていないとか何事も疑うのではなく、自身のことなので一度、立ち止まってそれが何なのかご自身にどんな良いことと、悪いことがあるのかを気にして頂きたいなと思うのです任せるとか、流されるとかではなくなぜ?と伺ったら「言われてみればそうだね」「そこは何も気にせず、そうすると思っていた」とのことでしたこれって、わたくしもそうですが、考える癖というより言われたからやらなくちゃという癖が付いているのかもしれませんね理解していないのに、聞き直すのは相手に悪いかなとか聞き返すと嫌な顔をされるからとか忙しそうだから聞けなかったとかそれを受けるという全体的な流れだったから言えなかったとか分かりますよーく分かりますでも、ご自身の人生なのですよね言われて想像していた結果ではなかったときに後悔するのも自分自身自分の意思を決定するのは、自分自身だから、言われたからではなくご自身でしっかりと考えて決めて欲しいのです一人で考えられない時は、誰かと話してみましょうアウトプットして思考を整理してみませんかそんなことを改めて思った10月のおむすびの会でした次のおむすびの会は11月2日ですよ
2カ月おきに、吉川市内のふれあいサロンに出張OHMUSUBIとしておじゃましていますこちらは、10年以上地域に住む皆さんで運営されておりエンディングノートや、人生会議など皆で学んでおられ、これからを考える意識が高い方ばかり3回目の昨日は20名の方がお越しになり、3つのグループに分かれてそれぞれ自由におしゃべりをして頂きました最期 といってもその意味は人それぞれ付箋に書き出して頂き、全員でシェア自分のことができなくなったら歩けなくなったらボケてきたらなどなど思う所は同じ「入院して1週間以内で死にたい」は、理想だ!と笑いがおこり介護サービスの話では「お金問題」で凍えるほど場が冷えこみ・・・生の今の思いを感じましたそして、どうありたいか家族に迷惑を掛けたくないという思いが多く、食べられなくなったら病院で何もしないで枯れるように終わりたいという思いや少しくらい子どもに迷惑を掛けてもいいかな身の回りの片付けも万全でなくていいかなという思いもありましたOHMUSUBIの会のメインは「しゃべり場」自由に自分の思いを話して頂いて、同じ価値観や違う価値観を知っていただきたいのですひとり、頭の中の「わたし」とおしゃべりするのではなく他の方の思いを伺うと「そういう考えもあるのですね」と時に自分で縛り付けていた価値観に気づき、解放されるかもしれません色んな選択肢があって、自分ではそれはダメなんじゃないかしらと思っていたことが、有りなのね!なーんだ、ずっとそれはダメだと思っていたわなんてこともよくある話しできれば、それをお家に帰ってご家族ともシェアして欲しいなと思いますもっと明るく、気軽に「まさか」の時の話をできたらいいのですけどね会が終わり、参加された方から「話をしていたら、笑顔で最期は行けそうな気がして気持ちが楽しくなった」と教えてくださいましたやっぱり、ひとりで考えているより皆でしゃべるっていいなぁふれあいサロン、介護者カフェ、小さなたすけあいの会のお姉さま方いつも学びの場をありがとうございますもっと皆さんの思いを聴かせてくださいそんなわたくしの名前は聴くよのokikuです来週の土曜日10月5日は吉川美南でのみんなの保健室 OHMUSUBIの会ですみんなでとある作業を始めます
すっかり秋もう、このままでいいわと思うのはわたくしだけでしょうか。。。大騒ぎと、中暴れをしてお家での生活が難しくなってしまった94歳のわたくしの父受診をした日から一晩中、寝ずにベッドの上で騒ぎ、脱ぎ翌朝、共に一睡もできなかった母からギブアップされてしまった父は、受診先の相談員さんのサポートのおかげで、市外の精神科の病院に入院できることになりました入院してからも、落ち着かず騒いだり、裸になっての放尿などなど本当に看てくださっている看護師さんや、介護士さんのお手を煩わせておりました2週間ほど経った頃、母を連れ面会に行くとそこには穏やかな、よそよそしいような、わたくしのことは分かるのだけれど、でも認知症の父がいましたここは、よくしてくれる。着るものも良いものを着させてくれるし、食事も食べさせてくれるなど感謝の言葉が聞かれましたなら、なぜ夜中に裸になっておしっこするのよっ父の担当の看護師さんと、担当医からの病状説明積極的な鎮静はせず、本人に優しい治療をしているため身体拘束などは基本的にしないとのことということは、目が見えず、耳の遠い、大騒ぎをして、夜中に真っ裸になる父に対して根気強く付き合ってくださるということ都度都度、父に服を着せ、尿汚染のシーツを交換してくれるということ入院患者さんの人数にもよりますが、夜間帯は昼間の半分以下の人数で対応しています介護老人保健施設でもそうですが、本当に夜間帯は大変なのです誰かが大きい声で騒いでしまうと、それに触発されて他の方も不穏になってしまう何度も夜中に点滴が抜けていないか、転倒していないかなどなど1時間おきの巡回なんて当たり前+定時のおむつ交換やトイレ誘導それほど精神的にも肉体的にも大変なのですよねそれが、自分で選んだ仕事でしょと言われてしまえばそれまでなのですがそんな中、自由に振る舞う父に対してそんな対応・・・思わず、つなぎ(抑制着)を着せてもいいのですが。とわたくしがしかし、治療方針として抑制着は着せず対応すると主治医からの説明いや、しかし現場で働くスタッフさんがどれだけ疲弊しているのか現場のスタッフさんのことを思うと、いいお返事とはとても思えませんでしたただでさえ大変なのに、毎回何度も同じことをされたら心が折れてしまうと思うのですイライラしながら仕事をさせてしまうのではないかと思うのですそれって誰にとっても良い状況ではないのではないかなと今も思います冷たい家族でしょうかね・・・その後、父は食欲が落ち点滴対応となりましたふと、食べられなくなった父に点滴をすることが、父にとって幸せなのかな・・・なんて考えてしまいましたそれは、今でも思うのですけれどそれから目が見えなくなったことも原因ですが、短期間で認知症が進んだ原因は脳梗塞でした原因がわかり、少しホッとしました入院中、ふと我に返ったとき、父は何を思うのかなと今も思います寂しいだろうな生きていることを辛いと思うかなとかㇷっと風が吹くように、そんな感情もすぐに消えてしまうといいのにななんて勝手なことを思いながら。
あの人の気持ちが分からない子どもの気持ちが分からない「気持ち」最近つくづく思うのです。「その人の気持ちは、その人にしか分からない」と。相手の気持ちを理解しようと思うあまり、分かった気になってしまうきっとこうなんだと思う。共感した気になってしまうそれは、あくまで自分の中での感じた相手の気持ちであって、想像であって、推測であって・・・自分の経験の中から相手の言葉の先にあるものを感じようとする本当の気持ちは、その人にしか分からない。分かった気になって、その人の「ため」になればと思い考えるでも、それが正解かなんて分からないお困りごとを伺い、気持ちを伺い、確認して色々と提案をしたり、情報をお伝えしたりだけど、本当に望むことはその人にしか分からない実は、何かをして欲しい訳ではなくてただただ、聴いて、聴き流して欲しいという場合もあるどんなに、そちらにいてはダメですよと思ってもその人にとっては、そちらの方が心地よいということもある答えを求めている訳ではなくただ、今の気持ちをポツリとこぼしたい時もあるのですよね相手の気持ちを分かろうとすることは大切なことわたくし、棒を投げたら全速力で取りに行く犬の様にその人の気持ちを分かりたいと思うし、何か直ぐ答えを見つけたくなるのですだけど人によっては、答えを求めていない人もいるし気持ちは、誰にも奪えない自分だけもものなのだなぁとだから、答えは自分が決めることなのですよね長年連れ添ったパートナー血の繋がった兄弟や子ども、親の気持ちですら、本当の気持ちはその人にしか分からないだから、話すことは大事なこと気持ちをアウトプットすることは大事なこと(アウトプットはご自分だけが見るノートに書くことでもいいのですよ)だなと思うのと同時に「ただ聴く」ことも大切なことだなと思う今日この頃です
ほんの少しだけ涼しくなり、陽も短くなりきちんと季節は移り行くのですねわたくし、秋は顔のシミが気になります夏の、いや日々のわたくし自身への代償がぁぁぁぁぁぁ夏の暑さ、冷房で冷えた身体夏を乗り越えたと歓喜するのは、心身ともに10月を乗り越えてからと常々思っていますまだまだ油断は禁物ですよしっかりと湯につかり、寝る時間を確保して、朝は朝陽を浴びましょうそれから9月12日(木)13:30~みんなの保健室@青いそら を三郷市文化会館内にあるコミュニティレストラン青いそらさんで開催します今日のお題ちょっと重いテーマですかねQOLはよく耳にすると思いますが、QODはご存じですか?「死の質」理想的な死に方、死ぬ場所など「どのように逝きたいか」を考えること延命をするのか人工呼吸器だけでなく、延命も色々あります食べられなくなったら点滴をするのか、それも難しくなったら胃ろうを作るのかなども我が家に、延命に関する書類が渡されました以前、夫婦で話した時に「何もしない」と言っていた父ということで、延命はしないという結論になりましたがしかし!人工呼吸器は使いませんというのは決められるのに食べられなくなった時に点滴はしますかという問いがあり分からない。どうしよう。という母何に迷うのか分からないの意味は一時的な感情で決められることではありませんましてや、自身ではなく人の命に関わること代わりにひとりで決めるには荷が重いこと家族と言っても自分自身のこととは違うから食べられない=点滴よくある話ですそして、これも延命措置でもあります 出ない血管や、点滴が漏れて腫れた腕針を刺す方も、刺される方も辛い嫌がる本人それでもやらなければならないこと…そうなのですかね…以前、介護老人保健施設(老健)で一緒に働いていた80歳の医師がよく言っていた言葉「欧米では、フォークとナイフが持てなくなったら(食べられなくなったらの意味)点滴などはせずに、自然の流れに沿って最期を迎えるんですよ。だから寝たきりの人は少ないんですよ」その意味が、わたくしも年を重ね分かってきましたそんな出来事があり最近よく思うのがその人の気持ちは、その人にしかわからない自分はどうしたいどうして欲しい自分の命の決定権は、自分にありそれを家族や誰かに委ねるのは、どうなのでしょう・・・いつも同じことを言ってしまいますが、「まさか」のときを考えて、自分の気持ちを伝える、残して欲しいなと強く思いました選択肢を選んだ家族は、これで良かったのかと思う方もいらっしゃいます延命を選んでも、そうでなくてもそして、その書き残すことエンディングノートなどがありますが、タイミングもあるなぁと思うのです病気になって、気持ちが弱っている時に書けるものなのでしょうか元気なうちは必要ないですか?気持ちは、何かのタイミングで変わることもあるので、できれば「書いてみよう」と思った時に始めて欲しいなと思いますそして、定期的に読み返して「今」の気持ちと確認した方がいいと思います自分の気持ちは、自分にしか分からない自分はどうしたいのか周りにどうして欲しいのかQODのことも考えていきませんか?10月のOHMUSUBIの会から、とある計画を始めますよ~
今朝は涼しい埼玉ですお盆を過ぎた頃から、少しだけ暑さや陽ざしが和らいだように感じますとはいえ、まだまだ汗の止まらない毎日ですわたくしの父が入院してからの我が家の様子元々、過干渉な母わたくし、母とは相性が難ありなのですよって、干渉する相手がいなくなった母は、父の入院後しばらく疲れも出たのでしょう部屋に引きこもり、表情も抜けたような眼差し・・・おいおい、あなたまでと不安になるくらいでした気力が落ちて、寝てばかりそんな状況ならわたくしが、家事を!と思う所ですが、いたしませんできるのですから、やっていただきます洗濯も、夜ご飯の用意もわたくしの息子2人と娘、そして孫が、母をうまくフォローしてくれています母の手伝いをしたり、世話を焼かせたり(母をあてにすると言う意味です)、買い物に連れ出したり甘えたりわたくしの母は「私がやらないと」という性分なので、頼りにされると元気が出るようです誰かに頼りにされる=生きがい生きがいって、年を取れば取るほどに重要な元気の鍵かもしれませんね好きなことをする=生きがい働く=生きがい推しがいる=生きがい寝たきりになっても、誰かの役に立ちたいと思う方って多いんですよ何もできなくても、ただ、そこにいるだけで誰かのお役に立っているかもしれませんそれから、これはいとこに言われた言葉「できることは、できるのだから、手を出さず、誰かに(社会資源など)頼らずに、自分のペースでやるようにしないと、できることをできなくするのは、家族や周りなんだよ」自分のペースで、できることはする私のペースに合わせて欲しいから、手を出してしまう待てない故の手出しは気をつけなければですね高齢のご両親が、どちらかおひとり様になった時どうするのが良いのかこれもまた考えなければならないことですねわたくし、目標がまたひとつ増えましたです
あれから2カ月が過ぎましたわたくしの父、トシオさんが病院に受診し大フィーバーした日から・・・受診時に、10代のトシオさんはお薬の効果もなく一晩中今までにないオールナイトで大フィーバーをし、母の気持ちをすっかり折り家族に決心をさせたあの日仕事が休めないわたくしに変わり、わたくしの娘と息子が母と一緒に父を連れて入院目的で病院に連れて行きその日から入院となりました前日初診で認知症の受診をし翌日入院なんてことでしょう受診した病院の相談員さんに、状況と入院の希望をお伝えし入院先を探していただきましたとても、穏やかな患者さんの家族の気持ちに沿って対応してくださる方でそれだけでもホッとして、深く深くありがとうございますなのですがしかし耳が遠く、大声を出し、そして目が見えない8か所もお断りされてしまったとの連絡がしばらくしてからありましたやっぱりダメか母の顔が目に浮かぶ・・・ただ、少し遠いところになるけれど1か所受け入れ先がありますが遠いですよと一筋の光一旦、電話を切り母、娘、息子と相談それでも入院させて欲しいという母の気持ちを優先して冒頭の話となりました入院先でも大フィーバー約2日寝ずによくもあんなに騒げる94歳帰宅後、看護師さんがとても優しくて安心したよとのことさて、どんな入院生活となるのでしょう父もそうですが、どんなに状況が分からなくなり大騒ぎしていてもずっとその状況ということではなく、94歳の自分に戻っている時間もあります今まで関わってきた認知症の方たちもそうでしたで、思うのですその時は、訳が分からなくなり疎通が取れず入院となってしまったけれどふと我に返った時に、どうしてここにいるのだろう何でこんなことになっているのだろうあぁ、なんでと一人、知らない場所で思うのではないかとだから、何度も書きますが不確かさを感じたら、早めに受診をしてください不安な気持ちを抱いたまま過ごすのではなくそして、ご家族もおかしいなと気づいたら掛かりつけ医でも、地域包括ケアセンターでも市役所でもお友だちでも、誰かに相談してくださいさて9月7日はいつものOHMUSUBIの会ですそんなお話をしにぜひお越しください
暑い日が続きますね皆さま、体調はいかがでしょうか室温調整をしっかりお願いいたしますねわたくしの父「トシオ」先日は、あまりの認知症の症状の酷さに母も限界に達し病院に連れて行くというところでした寝ないまま、車に乗せて病院へ精神科です病院に着いてもハイテンションのまま待合室で騒いでおりまして「すみませんが、今おいくつですか?」と聞くと「15歳か18歳かな」と若返り記録更新しているじゃありませんかどうやら軍隊にいたようです。診察室に入り、状況を説明したときは丁寧に頭を下げて「よろしくお願いしますね」なんて言っていたのに、母とわたくしが傍にいるのが分かっているからなのか「早く飯をくれよ。腹が減っているんだよ。みんな待ってるじゃないか」と・・・医師にも年齢を聞かれ「今?18歳だよ」若いのに随分偉そうだねとすかさず突っ込むわたくし問診は全く嚙み合わず。お薬を出され、そのお薬に期待と希望を抱きもちろん不安も消せず診察終了帰りの車の中では、子どもの様に「飯はまだか、そばが食べたい、饅頭も食べたい」などと3分おきに訴え、終いにはここでトイレして良いのかとキャー、やめて!「出ないよ」トイレして良いのか?出るの?「出ないよ」「飯はまだか、腹減ったんだよ」を繰り返し自宅へ大変でしたが、落ち着きのなさMAXの父を診てもらえてよかったです診察中に効かないんですと言ったお薬を、そんなことないですよとその場で飲ませていただき飲むタイミングを教わりましたが、母もわたくしも期待と大きな不安なぜなら、全然落ち着かずなんなら今までで一番ハッスルしておりました大声で呼ぶ動く、ベッドの上に立ち上がるご飯は喜んで食べましたが、それ以外の時間は落ち着くことなく、寝ることなく薬の効果はいつでるのだろう・・・と、気づけば翌朝・・・朝、わたくしの息子が「もう、今日じいちゃんを入院させようよ。このままじゃ、じいちゃんも、ばあちゃんも皆ダメになる。俺が連れて行くから、okikuさんは、病院に相談して」と落胆し泣く母その傍で手を叩き、火事ですよーとマイワールドの中で過ごしている父申し訳なさを持ちながら病院に電話をしたのでした興奮している時はこれ。というお薬って、興奮している時は効かないのですよねと経験上、思っていたのですが今は医療も進んでいるので、お薬も頑張って静めてくれるのかなと思いましたがなかなかトシオさんは手強いようでしたそして、その後は・・・長くなってしまったので今回はここら辺で何かおかしいと思うようでしたら、早めにもの忘れ外来、認知症専門医に受診してください症状を抑えて進行を遅らせる治療となりますが、不安なまま過ごし進行してしまうことを考えるとやはり早期受診です父も早めに専門医に受診していたらと思う今日この頃です