開幕戦のことだった。

 楽天のエース・岩隈久志のストレートを捉えた打球が破裂しそうなほどのインパクト音を残して、右翼席ポール右上方5階席へと突き刺さる大ファールになった。その軌道を見た時、彼への期待度が単なる若さや話題性からくるものでないという確信が持てた。

 あの日、目にした打球は本物だった。

 オリックスの若き大砲・T-岡田のことである。

 ファールになったとはいえ、'08年の沢村賞投手でもある岩隈に向かってあれほどの打球を返せたということは、彼のレベルが開幕時点ですでに一軍レベルにあることを伝えていた。

 時を経て、5月5日の対ソフトバンク戦。

 3回裏、1、3塁で打席に立ったT-岡田はここでも驚愕の打球を見せる。

 高橋秀聡のストレートを捉えると、打った瞬間にそれと分かるホームラン。T-岡田は行方を目で追うことなく、ベンチを見やり「どうだ」といわんばかりのジェスチャーを見せた。打球は開幕戦と同じ、5階席まで飛んでいた。

 これがT-岡田のホームランなのだ。

高校時代は「浪速のゴジラ」だが、ドラ1入団後は……。

 打率が.220~.230台でもスタメンに抜擢され、彼が5番を打つ理由はその凄まじい打球にある。「自然にバットが出ました。打った瞬間に(ホームランって)分かったんでね」と笑顔を見せたT-岡田。履正社高校時代は「浪速のゴジラ」として注目を浴びたが、まさに松井秀喜の打球である。

 T-岡田が「ゴジラ」の愛称で呼ばれるようになったのは、高校2年夏を前にある専門誌で紹介されてからだ。直後の大阪府大会で5本塁打、さらに2試合をまたいでの5連続敬遠をくらい、その愛称はますます彼のものになった。高校を通じて甲子園に出場することはなかったものの、通算55本塁打。足を高くあげて、左右に本塁打をぶち込む岡田の打棒は「浪速の四天王」(阪神・鶴直人、中日・平田良介、巨人・辻内崇伸)のひとりとしても、アマチュア野球界を騒がせた。

 しかし、'05年の高校生ドラフト1位でオリックス入りしたT-岡田にとっては苦しい日々が続いた。1年目こそ、一軍昇格を果たしたが、2、3年目は結果を残せずファーム暮らし。ファームでも、これといった成績を上げられなかった。当時を振り返り、T-岡田はこう話していた。

「2、3年目は苦しかったですね。メンタル的には打てなくて落ち込むことが多かったですし、フォームに関しても、全然、定まらなかったですから」

藤井コーチの「4スタンス理論」で才能が一気に開花!

 彼が変化を見せたのは3年目のシーズンを終えた秋、入団初年度にもコーチとしてタッグを組んだ藤井康雄氏がコーチに復帰してからだ。

 それまでスカウトや編成にいた藤井氏はバッティングフォームを研究するために「4スタンス理論」を学び、チームとT-岡田に伝えたのだ。今はスカウトへ再転身している藤井氏が昨年、こんなことを話していた。

「(4スタンス理論というのは)要するに体幹を意識するということなんだけど、選手によって、それぞれ微妙に違うということになるんです。(フォームを)止めて打つのが合う人もいれば、動きながら打つ方が合う選手もいる。岡田の場合は、踵重心で、それも動きながら打つのが合っているんですよ。コーチの考えに当てはめるのではなくて、そういう理論のもとやっていきましょうよ、っていう感じで取り組んでいて、岡田自身も自分で考えられるようになったんじゃないかな」

理論を習得した後、自らフォームを研究するようになった。

 高校までのT-岡田はカチっと止まった状態で始動し、足を高くあげる一本足打法だった。それに比べれば現在は大きく変化し、彼のフォームを見ていると、高校時代とは別の方法で一定のリズムを保とうとしているのが分かる。相手投手が軸足に体重を乗せた時に、一端、身体を投手側に預けている。そして、それを軸足の方に引き、体重移動させている。

 ただ、理論の習得は確かに彼を成長させたが、藤井氏と取り組んでフォームについて自分自身で研究できるようになったことにこそ、意味があったのではないかと思う。

 高校時のフォームについてT-岡田に聞いたとき、「あの時の打ち方だと(プロだと)クイックもありますし、一軍の球は打てない」と話していた。今、藤井氏はチームを離れているが、彼のフォームはさらに成長の跡を見せている。それは、彼自身がフォームについて自分で考えられるようになった証だろう。

「打った瞬間にホームランって分かるやつがいいですね」

 5月9日現在のT-岡田は打率.233で8本塁打。決して褒められた数字ではないが、開幕戦に見たあの大ファールと5月5日のホームランをダブらせて考えると、どうしてもその先の成績を考えてしまう。

 それに、“打球”だけでこれほどまでにファンを魅了してしまう選手はそう多くいないのではないか、と。

 5月5日はこどもの日。多くの子供たちが彼の打球を見て、度肝を抜かれただろうと考えると、それだけでワクワクした。低迷するオリックスだが、T-岡田の空に突き抜けるような打球だけは、あいかわらず爽快である。

 高校時代、彼から聞いた話を思い出した。どんなホームランを打ちたいか、と聞いた時のこと。

「打った瞬間にホームランって分かるやつがいいですね。どこまでいったんやろって、歩いて打球を眺めるみたいな。そういうホームランを打ちたいです」

 打席に立つだけで期待感を持たせてくれるスラッガーの誕生。

 T-岡田の打球は、野球ファンをスタジアムへといざなう。

梅雨も明け、子どもたちは夏休みへ突入と、夏本番を迎えた今日この頃。7月末からは全国各地で花火大会が開催されるようだが、近年の野球界でも“花火”は、夏のナイターイベントの定番となっている。

 野球場での花火観賞というのはなかなかにいいものだ。打ち上げ数こそ少ないが、花火の距離は近いし、ゆったり座れるし、ビールも売りに来てくれる。さらに、花火が上がっている時のあの空気。その試合が首位攻防戦だろうと、ライバルチーム同士の対戦だろうと、敵も味方も、ファンも選手も関係なく夜空に見惚れているあの瞬間の空気は、クリスマス休戦ならぬ花火休戦ともいうべき、実に平和な雰囲気に包まれる。

 考えてみれば花火大会へ行っても、渋滞と人混みとお好み焼きのソースに巻き込まれて、純粋に花火を楽しめたためしがない。ビール片手にのんびり花火を観るなんて贅沢は、いつだって野球場でのことだ。

 しかし、この花火。野球メインで観ていると、いつどこの球場でやっているのかよくわからずに、楽しみにしていると肩透かしを喰らうことも少なくない。事前に調べておけばいいのだが、一旦野球頭になってしまうと、花火が何発かより、誰が先発かの方へ頭が行ってしまうので大体忘れるのがオチだ。

 というわけで、今回は「野球場花火情報」をお届けしてみる。

【セ・リーグ】

●東京ヤクルトスワローズ
<神宮球場>
7月27日~29日 広島戦
8月3日~5日 中日戦
8月10日~12日 巨人戦
8月24日~26日 横浜戦
8月27日~29日 阪神戦
※ 5回裏終了時に300発の打ち上げ花火。

【パ・リーグ】

●埼玉西武ライオンズ
<西武ドーム>
※ 近隣の西武園ゆうえんちにて8月13日(金)と8月中の毎週土・日に花火大会を開催。

●福岡ソフトバンクホークス
<ヤフード―ム>
※ ソフトバンク勝利時の試合終了後に“勝利の花火”を8発。
ドーム球場で唯一の花火は珍しい屋根からの“打ち下げ花火”。

●千葉ロッテマリーンズ
<千葉マリンスタジアム>
7月30日~8月1日 福岡ソフトバンク戦
8月10日~12日 北海道日本ハム戦
8月13日~15日 東北楽天戦
8月20日~22日 オリックス戦
8月24日~26日 埼玉西武戦
8月31日 東北楽天戦
※ 5回裏終了時に300発。
中学生以下を対象にグラウンドから花火を鑑賞できる「花火ツアー」を開催(約100人)。

●オリックス・バファローズ
<スカイマークスタジアム>
7月21日 東北楽天戦
7月27日 北海道日本ハム戦
8月7日~8日千葉ロッテ戦
8月18日 東北楽天戦
※ 8月8日はいつもより豪勢な「スーパー花火ナイト」。

●東北楽天ゴールデンイーグルス
<クリネックススタジアム宮城>
7月30日~8月1日 オリックス戦
8月3日~5日 千葉ロッテ戦
8月10日~12日 埼玉西武戦
8月20日~22日 福岡ソフトバンク戦
※ 5回裏終了後に160発。
グラウンドで花火を観戦できる「フィールド花火観覧2010」を開催(抽選で親子20名)。

 さて、野球の話である。

 野球場での花火は何も火薬で打ち上げるものに限ったことではない。

 野球においてよく花火に喩えられるのが、ホームランである。甲子園でホームランが乱れ飛べば“甲子園花火大会”、ホームランを打たれるピッチャーを“花火師”、“花火職人”などと喩えることもある。

 夏といえば、ピッチャーはバテバテ、打者は意気軒昂に調子を上げてくる、ホームランが量産される季節。職人たちが己の力と技の粋を集めて、夜空に放つ白い球。野球場に打ち上がるホームランこそ、東高西低、打高投低、日本の夏の醍醐味なのである。

 というわけで、今夏、各球場での観測が期待される「打ち上げ花火」の見所を紹介しよう

とにかく火薬量が半端ではない東京ドーム花火大会!!

 セ・リーグでは、チーム本塁打141と、2位の阪神に40本差をつけている巨人がダントツの火薬量(7月19日現在。以下同様)。最もホームランが出やすいと言われる東京ドームは野球界の大曲といったところか。ホームラン争いの1、2位であるラミレスと阿部は10打数に1本の割合で本塁打を量産。小笠原、坂本、長野、高橋由伸など大玉揃いで今夏も勢いは止まらない。

 これに加えて、絶不調の投手陣は7月だけで19被本塁打。中継ぎのオビスポ、星野、山口の被本塁打率が1試合当たり1.5本以上と、今夏のドームはさらに花火が乱れ飛ぶ予感を漂わす。

 巨人を追う阪神は、ブラゼルが阿部と並んで30発、本塁打一本あたりの打数=本塁打率は10.56とダントツの成績。金本、城島も調子を上げているが、西の花火大会のメッカといえばPL(名物の花火大会)。一時は4番を期待されながらも二軍落ちしたPLのOB桜井広大の奮起に期待したい。

 中日はドラゴン花火の両輪、柔の和田、剛のブランコという常連組。一方で新戦力が出てきたのがチーム本塁打数12球団ワーストの広島。'08年ドラフト1位の岩本が17試合で3発と今夏の期待を一身に背負う。

セの下位チームでは“花火職人”投手が勢揃い。

「き~み~が~いた夏は~」というチャンステーマが、淋しく聞こえていたヤクルトでは途中加入のホワイトセルが15試合で4発。12球団イチ球場が狭い横浜でも、これまた新加入のハーパーが12試合で5発と、55本を打った年の王貞治に迫るペースで花火を連発。両外国人の活躍が真夏の夜の夢とならないことを祈るのみだ。

 ちなみに、下位チームではピッチャーの被本塁打の多さが顕著だ。広島では6月29日の巨人戦で5発を打ち上げたスタルツほか、ソリアーノ、ジオなどの外国人の打ち上げ活動が著しい。ここまで103発を打ち上げた職人揃いの横浜では、ロッテから移籍してきた清水直行が横浜投手陣の伝統を踏襲するべく、セ最多の16発を打ち上げ、名実ともに“横浜の人”となってしまった。

セに比べてイマイチ湿りがちのパの打者だが……。

 今季これまでのセ・リーグ全体の500本に比べて464本と本塁打数が少ないパ・リーグ。球場の広さか、ピッチャーがいいからかはわからないが、本塁打トップのソフトバンク・オーティズの21本でも巨人のラミレスと10本差。規定打席到達者の本塁打率では、T-岡田の14.65打数に一発の割合を最高に、10点台がオーティズ(15.57)、カブレラ(16.38)、金泰均、ブラウン(共に17.72)の5人と、全体的な火力不足は否めない。

注目の新型花火「左のおかわり」こと西武の坂田遼!

 そんな中、現れた注目の新型花火が「左のおかわり」こと西武の坂田遼。13試合で40打数11安打。そのうち6本が本塁打という火力は本家にも負けていない。本塁打を打てば好物の「ぺヤングソースやきそば超大盛」を食べるという新星は、この夏、どこまでぺヤング数を伸ばせるかに注目が集まる。

 同じ西武では先日、フェルナンデスが出戻り復帰し、6試合で2本と往年の火力を彷彿とさせる順調な出足。オリックスでもセギノールが出戻り復帰。BCリーグから獲得し、選手登録後にいきなり一発打ち上げたカラバイヨなど、未知の外国産花火の力も楽しみだ。

 球場別では海からの強風が名物のマリンスタジアムが、打ち上げが最も楽しめる球場だろう。チームトップの打ち上げ数を誇る、韓国製の大玉・金泰均の花火が上がれば、ハンバーガーが安くなるオマケつき。投手陣では両リーグ最多の被本塁打24本と、パの2位であるオリックスの山本省吾に10本差をつけて独走するエース成瀬、28イニングで7発を上げたコーリー、“職人の街”横浜から来た吉見の仕事ぶりにも注目したい。

花火とホームランにみる“諸行無常”を味わうべし。

 以上、ざっと駆け足でお送りした2010年度の野球場花火情報。

 決してホームラン至上主義というわけではないのだが、振り返ってみれば、子供時代に観たプロ野球の思い出は、ほとんどが夏休みに観たホームランだったりする。

 花火もホームランも、一発で散る儚さ、侘しさ、美しさは、同じ。その一瞬に集約されたゴージャスで暴力的で諸行無常な感情がいつまでも心に残ってしまうのだろう。

 とどのつまり、そんな花火が乱れ飛ぶこの季節の野球場はサイコーなのである。夏の花火を観に球場へ出かけてみては如何か。

公式戦は始まったばかり。悩むには早すぎるのでは?

 キャンプでは、疲労が溜まり本来の投球ができなくなると感じるとフォームを変えた。そこにこだわるあまり球威、制球力が落ちた。この試合でも、本人も分かっているように四球を恐れるあまり、そして「チームに迷惑をかけたくない」という思いが強いために、結果、ボールを置きにいく。

 そんな雄星を見た関係者が、首をかしげながらこう言っていた。

「公式戦が始まったばかりなのに、何を悩む必要があるんだろうね。西武は高校生の雄星に惚れて1億を出したわけでしょ。だったら、なんでそのままやらないんだろう? プロでは良くも悪くも結果を評価されてから、後のことを考えていけばいいのに」

 高校時代は、雄星の研ぎ澄まされた刀の切れ味に誰もついていけなかったが、プロでは代名詞である速球以外にも、内角、外角に投げ分けられる制球力、そしてなにより、「自分のボールは打たれない」という強い気持ちが要求される。多くの新人選手は、まず、プロの高いレベルを体感してから対応策を模索していくものだが、雄星の場合はそれを事前に試しすぎてしまった。そのため、「20年にひとり」と評価された力、左腕という名の名刀を、今失いつつある。

高校時代に「近づける」のではなく「取り戻す」べき。

 だから、と思う。それは彼に期待する全ての人間が思っていることだが、悩む前にがむしゃらに投げればいいのではないか、と。

「今は高校時代(の投球)に近づいている」

 そう雄星は言った。それは周囲を期待させるためのリップサービスでも虚勢でもなんでもない。そう感じさせてくれるボールが、この試合で1球だけあった。

 2回の先頭打者、梶本勇介へのカウント1-3からの5球目。雄星の言葉を借りれば、ストライクゾーンに置きにいく場面だ。それが、梶本の膝元を鋭く突いた。スピードは出ていなかったが、フォームは安定し、腕もしっかり振れていた素晴らしいボールだった。

 本人にとって、何がいいボールなのかは分からない。だが、今の雄星がすべきことは、常にがむしゃらにプレーし、そのなかで得たいいイメージを強く意識することだ。

 この試合を視察した指揮官の渡辺久信は、「よくなっているとは思う。これからだよ」と少なからず評価したが、「ずっと(二軍で)投げさせる」と厳しい表情は崩さなかった。

 雄星は「高校時代に近づいている」といった。そうではない。今は、「近づける」のではなく「取り戻す」時期なのだ。

 2回に見せたあのボールをこれからの試合で自在に投げられるようになれば、首脳陣の評価は高まり、一軍デビューも現実味を帯びてくる。

 それはつまり、雄星が持つ名刀の切れ味が復活したことを意味する。

 猫すら切ることができなくなった新撰組の天才剣士・沖田総司の最期のように、その左腕の力は錆付いてしまったのだろうか?

 公式戦初登板となった3月31日のイースタンリーグのヤクルト戦、西武・雄星の投球は、結果的には周囲を満足させるどころか落胆させてしまい、今後の不安を一層増幅させてしまうものだった。

 ストレートの最速は135キロ。昨夏の甲子園3回戦で記録した自己最速の155キロより20キロも遅く、三振はゼロだった。

 安打は1本も許さず1失点で抑えたものの、それはあくまでも記録にすぎない。初回の1死二塁で野口祥順に打たれたレフトフライも実は、坂田遼がホームラン性の当たりをキャッチするファインプレーだった。つまり、3失点の投球内容だった、と判断されても仕方がないだろう。

速球だけじゃない。制球力も失っていた雄星。

 最も不安定だったのが制球力だった。全35球中、半分以上となる19球がボール。外角高めに大きく逸れるという、スッポ抜けも目立った。制球に関しては、雄星自身も試合後のインタビューで顔を歪めていた。

「カウントが悪くなってしまうと、どうしても『フォアボールを出したくない』という意識が強くなって、ストライクゾーンに置きに行ってしまう場面が多かった」

 新聞やテレビで報道されているように、雄星のピッチングは悪かった。ただ、その理由はいくつもある。

 例えば調整法。登板前の2日間をノースロー調整に当て、本格的な投球練習はしなかった。雄星はゲーム前の状態について、「ブルペンですごく体が軽いと感じて、どこかおかしかった」と言った。

雄星の器用さがマイナスになっているのではないか?

 それは当然だろう。通常、先発を任される投手の登板日1日、2日前は、しっかりとブルペンで投球練習を行うものである。雄星の場合、3回という短いイニングで限定されていたとはいえ、2日もまともに投げていなければ、マウンド感覚は薄れてしまうものだ。

 この言葉を聞き、ブルペンに入る前の遠投で、終始、助走をつけながら全力投球していた行為に合点がいった。自らが抱く良い肩の状態に、少しでも早く近づけたかったのだ。

 雄星は賢い。悪いなりに自分で考え、最良の方法を導き出せる投手だ。だが、「機を見るに敏」も、時として悪影響を及ぼすことだってある。それがプロ入りしてからの雄星だ。

「今のままでも即、通用する」という言葉の落とし穴。

 雄星のつまずきは、ひとつのことを物語っている。

 プロのスカウトが、高校生に対し、最大の賛辞としてよく使う言葉がある。

「今のままでも即、プロで通用する」

 雄星も何度となくそう言われたものだ。だが、その「今のまま」の力を数段上のステージでも同じように出すことがいかに難しいか。

 それは、どこか自転車に乗れるようになるまでの過程に似ている。

 誰もがこんな経験があるのではないか。まだ自転車に乗れない頃、親が「押さえてるから大丈夫だよ」と言い、それを信じているときはうまく乗れていたのに、そう言いながらも実際は手を放していることに気づいた途端、バランスを崩してしまう。

 投手でも同じことが言える。高校時代、少々甘いところにいこうがまず打たれることはあるまいと思って投げていたのと、プロで少しでも甘いところに入ったら打たれるかもしれないとビクビクしながら投げるのとでは、自ずとフォームも変わってくるし、球の勢いも違ってきてしまう。自転車と同じように、自信満々のとき、つまり前者の方がいいパフォーマンスを発揮できることは言うまでもない。

ドラフト1位でも、1年目は活躍できないその理由とは?

 ただ、だからといって、雄星の現状を悲観することはまったくない。田中と同年代で、現在、広島で大活躍している前田健太も、1年目は一軍登板はなかった。西武の涌井秀章も、わずか1勝に終わっている。実際には、たとえドラフト1位であっても、いきなり手を放され、1年目から高校時代と同じようにスイスイと自転車をこげるものではない。

 普通に投げることさえできれば、相手がプロとはいえ、そう簡単に打たれるものではない――。それを頭ではなく、体が信じられるようになるまで。

 たとえどんなにすごいボールを持っているルーキーであっても、その境地にたどり着くまでがけっこう時間がかかるものなのだ。それは雄星とて、例外ではなかったということだけなのだろう。

 西武のゴールデンルーキー、雄星は1年目から活躍できるのか、できないのか。その結論がひとまず出たようだ。

 先日、雄星は「左肩腱板の炎症」を理由に7月22日のフレッシュオールスターを辞退した。5月4日以降、実戦から遠ざかっているということもあり、残りのシーズンで故障を完治させ、そこから再度調整し、ファームで実戦経験を積み、一軍でデビューするというのは相当難しいように思われる。ましてや、「黄金級」の評価にふさわしい投球内容を披露するというのは。

楽天・田中ら高卒ルーキーの活躍がある空気を生んだ。

 きっかけは'07年、楽天の田中将大が高卒1年目で11勝を挙げたことだった。翌年は千葉ロッテの唐川侑己が同じように高卒ルーキーとして5勝し、シーズン終盤で一軍昇格を果たした同級生のヤクルトの由規も2勝を挙げた。

 高卒1年目でも、ドラフト1位クラスの選手なら即戦力になるのではないか――。

 清原和博や松坂大輔クラスの怪物はいざ知らず、数年前までなら、高卒ルーキーはまずは体づくりからという雰囲気が当たり前だった。ところがそれらの事例によって、新たな空気が生まれた。当の選手たちも、ソノ気になっていたに違いない。

 ましてや高校時代、「20年に1人の逸材」、「世界の宝」とまで言われた雄星は、ドラフト開始以来、もっとも評価の高かった高校生左腕と言ってもいい。周囲の期待だけでなく、自分で自分にかける期待も小さくなかったことだろう。

 今年1月、雄星は1年目の抱負についてこんな風に語っていたものだ。

「最高の目標は2ケタ(勝利)。中間は、開幕一軍で5勝。最低は1勝です」

 そんな発言を聞いても、こちらも思い上がっているなどとは少しも思わなかった。むしろ、これだけ注目されているルーキーなのだから、それぐらいのラインが妥当なのではないかとさえ思っていた。

高校時代MAX154キロを誇った直球が140キロ前後に。

 だが実際には、通用するしない以前の問題だった。高校時代と同じストレートさえ投げられなくなってしまったのだ。

 プロに入ってからというもの、雄星の真っ直ぐは出ても140キロ台止まり。ひどいときは140キロにも届かず、高校時代、MAX154キロを誇った真っ直ぐは見る影もなくなってしまった。

 高校3年夏、肋骨を疲労骨折した影響で、その後、十分な練習ができずに体のバランスを崩し、結果的にフォームを見失ってしまったという。

 だが、それだけではないだろう。昨年9月の新潟国体の初戦、故障が癒えた雄星は、夏の甲子園以来およそ1カ月振りにマウンドにのぼった。9回1イニングのみの登板ということもあって、そのときの真っ直ぐはやはりすごかった。

 夏の甲子園で全国制覇を果たした中京大中京の4、5、6番打者に対し、決め球はすべて真っ直ぐ。150キロ台を連発し、3者連続空振り三振に仕留めた。

 少なくとも、故障がほぼ治った段階であれだけのボールが投げられていたのだから、不調の原因は疲労骨折の影響だけではあるまい。

 ひとまず、あの真っ直ぐが、プロ野球の一軍打者にどこまで通用するかを見てみたかった。

ロッテ・荻野、巨人・長野ら、右の好打者にも注目したい。

 菊池回避組では、右の好打者に的を絞ったのが目についた。

 ことしの早い時期から長野の指名を確約していた巨人はともかくとして、今宮健太(明豊)を指名したソフトバンクと荻野貴司(トヨタ自動車)のロッテには是非注目してほしい。

 特にサプライズを感じたのはロッテで、当日までの報道では「菊池一本」のはずが、俊足好打の外野手・荻野の指名に踏み切った。

 振り返ると、長野を昨年指名したのはロッテだったから、「右の外野手」は補てん事項だったということなのだろう。自チームの現状を冷静に把握しての菊池回避は、彼らのプロフェッショナリズムを感じさせるものといえよう。

 荻野で思い出すのは……彼に陽がようやくあたり始めた頃の高校時代。ロッテが熱心に彼を追いかけていた姿である。

「高校の時にロッテともう1球団が見に来てくれていたんです。『指名リストに入れたい』と言っていただいたのですが、本人が進学志望でしたからその時は実現しなかった。大学で力をつけて、社会人に行って、今年ロッテに指名していただいた。すごく縁を感じます」

 とは、荻野の郡山高校時代の恩師・森本達幸氏である。

 菊池雄星の動向に注目が集まった'09年ドラフト。ここ数年の潮流である、巧い左打者を抑えられる「左投手」と、左打線偏重を補う「右打者」の需要が高い、という傾向は変わらなかった。しかし、その中で若い野球人たちの運命は大きく揺れ動いた。菊池雄星という巨星がために、むしろ今年は各球団の戦略とスカウトの眼力がよりハッキリ見えたドラフトではなかったか?

 来年は世にいう「斎藤世代」がドラフトを迎える。

 逸材があふれ返っているという噂もあるが、「左腕」と「右打者」はまだまだ足らない。来年のこの日をどんな気持ちで迎えるのだろうか。これからの1年がまた楽しみである。

菊池を逃した代わりに誰をとるのか? 各チーム戦略を検証。

 菊池を逃した(回避した)代わりになる「左腕」をどう補てんするか。

 さらには「左腕」に次ぐ需要として近年求められてきているのが右打ちの野手だ。「左打者」偏重に歯止めをかけたい、という思いが各球団にも当然ある。

 結果的にみると、今回のドラフトで左投手が指名されたのは13人。右打者は18人だった。プロが認めた数がそれだけだったということなのだが、では実際にこの数を各球団でどう分け合ったのか?

 戦力外となった選手を省いて、現時点で左腕投手を抱えている数が最も少ないのは阪神で6人。次いでオリックスの8人、楽天9人である。

 球界全体の需要をより大きく感じているのはこの3球団であろう。そして、分かりやすく行動したのはオリックスだった。

 1巡目で菊池を回避すると、九州の大学球界で名の知れていた古川秀一(日本文理大)を指名。2巡目は右投手の比嘉幹貴(日立製作所)だったが、3巡目に山田修義(敦賀気比)、4巡目には前田祐二(福井ミラクルエレファンツ)、5巡目には阿南徹(日本通運)と4人の左投手を指名した。

左腕不足のはずの阪神と楽天は、違う動きを見せた。

 左投手という部分で、こだわりを見せたのが中日。1巡目にこの夏の甲子園を沸かせた岡田俊哉(智弁和歌山)、2巡目でも高校生左腕の小川龍也(千葉英和)の左腕を揃えた。

 一方で、左腕不足の阪神と楽天はというと、手薄な層を補充するには至らなかった。

 菊池を外した阪神は1巡目で150kmを超すストレートが魅力の右腕・二神一人(法政大)を指名したあと、2巡目で、地元・立命館大の左腕・藤原正典を指名した。しかし、左投手は彼1人。4巡目で右投手の秋山拓巳(西条)を指名している。現在25人もいる右投手(左投手は6人)がさらに2人も増えるのは左右のアンバランスさを加速させる。ヤクルト外れ1位の中澤雅人(トヨタ自動車)やオリックス3位の山田も狙えたのではないか?

 楽天にも同じことがいえる。9人しか左腕を抱えていない中、さらに'05年の高校生ドラフト1位の片山が打者転向もうわさされるというのに、左腕指名が今回ひとりも無かった。

 ただ右打者という部分では、阪神の場合、甲斐雄平(福岡大)、藤川俊介(近畿大)、原口文仁(帝京)らを指名しているのが見逃せない。足らない部分を補おうという姿勢が全くなかったわけではないのだ。

 ドラフトは運命の一日である。

 この日、プロを夢見る若者たちの運命が決まる。

 昨年、阪神に1位指名された蕭一傑(しょう・いっけつ)は緊張で「吐きそうになった」と吐露していた。

 今年はいったいどんなドラマが待っているのか……実は、彼らを追っかけている我々もその異様な雰囲気にいつも緊張しきっているのだが。

プロには左打者に好打者が多い=左腕が欲しい!

「左腕はどれだけおっても、足らんよ」

 ここ数年、プロのスカウトからそんな嘆きを聞くことが多くなった。

 ただ、この言葉の本当の意味を履き違えてはいけない。実は「左腕不足が深刻」ということではないからだ。むしろ、こう言った方がいいだろう。

“プロには左打者に好打者が多い”

 その事情は、ことし2連覇を果たしたWBCを例に挙げてみても明白だ。

 イチロー、川崎宗則、青木宣親、福留孝介、稲葉篤紀、小笠原道大、亀井義行、岩村明憲、阿部慎之助……と左の強打者がズラっと並ぶ。

 例えば今年のパ・リーグにおけるリーディングヒッターを見てみると、鉄平(楽天)や同2位の坂口智隆(オリックス)、今シーズンにブレークした糸井嘉男(日ハム)や長谷川勇也(ソフトバンク)も左打ち。右打線を形成しているのは西武と中日くらいのもので、阪神に至っては1番~4番まで左打者だけで組んでいたことさえあった。

 「左」の好打者に対抗する投手をと考え、スカウトたちは「左投手」の需要を口にしているに過ぎないのだ。

圧倒的な評価を受けた“待望の左腕”菊池雄星。

 この春のセンバツ。

 花巻東の菊池雄星が登場した時、スカウトたちの鼻の下は大きく伸びたものだ。「待ち焦がれていた左腕」として、菊池の評価は群を抜いていた。

 その菊池は6球団の競合になった。彼の力量ももちろんだが、さらに“左腕”に対する大きすぎる需要がそれを加速させているのだ。

 菊池は抽選により西武が交渉権を獲得。左腕の需要が高まる中、西武は大きな獲物をつかんだと言えるだろう。

 とはいえ、今回のドラフトの注目は菊池の動向だけではない。むしろ、菊池を意識しながらも他候補をどううまく獲得していくか……。スカウトの眼力やチーム戦略が問われたのはむしろ「菊池以外の選手」を見る目だったといえる。

大学時代の荻野貴がついに気づいた“自らの方向性”。

 とはいえ、当時の荻野貴から今の姿を想像できたかというと、決してそうではない。筆者自身も、高校時代の彼を見てきたが当時の印象とは全く違う。確かに足は速かったが、彼の持ち味として語られていたのは、遊撃手としての華麗な守備とミートに優れたバッティングセンス、勝負強さなどだった。森本氏はいう。

「高校の時から足は速かったんです。僕の指導方針の中で、選手に『ノーサインで走れ!』という指示はあまりしないのですが、荻野には任せていました。ただ、荻野はチームプレーをいつも考える選手で……ノーアウトで自分が盗塁を試みて失敗することでチームのムードが悪くなったりすると、それを気にし過ぎて積極的に走らなくなったりはありましたね」

 むしろ、足を武器とする選手としての才能が開花したのは、大学も上級生になってからのことである。関西学院大に進んだ荻野貴は、大学時代に自らをこう振り返っていた。

「2年の春くらいに、うちのチームには長打を打てる選手がいないということに気づいたんです。そこで、自分が塁に出て、足を生かす野球をしようと思ったんです。それからは、とにかく盗塁に力を入れるようにしました」

学生リーグ新記録まで樹立して、大学卒業時はプロを回避。

 3年春に1シーズン10盗塁を記録しその成果を見せると、4年春リーグ戦ではついに本領発揮し1シーズン17盗塁の関西学生リーグ新記録を樹立。少しでもモーションの大きい投手ならば必ず盗塁を決めたし、マークがきつくても試合の勝負所となると、それをかいくぐってでも見事に盗塁を決めてみせた。

「自分の武器は足」

 このころの荻野貴には、現在見られるプレースタイルへの手ごたえがすでにあったようだ。しかし、大学卒業時には結局プロ志望届を出さなかった。本人自身の思いはともかく周囲の評価は高かっただけに、在阪担当スカウトの多くがその決断に頭を抱えることとなった。すでに当時の荻野貴は、誰もが欲しがるほどの魅力的な「足」を持っていたからだ。

 社会人のトヨタ自動車での経験を経て、昨秋のドラフトでロッテの1位指名を受けた。ドラフトの目玉・菊池雄星を回避してでも、ロッテが欲しがった理由は今の活躍を見れば、理解できるというものである。

荻野貴の存在で、今後ますます難敵になっていくロッテ。

 今後、荻野貴に対するマークは厳しくなるだろう。それは走者として、盗塁が警戒されるだけではなく、「塁に出したくない」打者としても厳しく攻められるということだ。彼が越えなければいけないプロとしての壁が高いのは確かだが、しかし、それだけ対戦相手を苦しめているということでもある。

 昨シーズンの盗塁数がリーグ最下位だったロッテに注ぎこまれた荻野貴司という新たな要素。こうしたプレッシャーを相手チームに与え続ける選手がいるということで、ロッテはシーズンを通してますます戦い難い相手となっていくはず。

 4月11日の試合でロッテは11-0で西武に圧勝した。一見するだけでは荻野貴の足が西武をかき回した試合ではないのだが、その存在が目に見えないところで対戦チームにプレッシャーを与えていたのは間違いない。

 荻野貴の存在が、ロッテの野球を熱くさせている。