昨年、阪神から戦力外通告を受けた今岡誠(現ロッテ)は、合同トライアウトの独特の雰囲気を体験し、こう本音を漏らした。
「思ったより緊張しました。いやぁ、マジで久しぶりに」
厳しいプロ野球の世界で実績を挙げた選手ですら、狼狽にも似た感覚を無意識のうちに抱いてしまう。
それが、トライアウトという舞台。
11月10日に西武ドームで行われた今年のトライアウトには33名が参加した。例年に比べると参加人数こそ少なかったが、昨年の今岡と同様、知名度のある選手が出ていたので注目度そのものは高かった。
そのなかでも、ひときわ周囲の目を集めた選手が3人いた。
彼らは、結果だけが求められるこの場所で様々な思いを抱きながらも、経験を武器に最高のパフォーマンスを見せてくれた。
堀幸一は、日本一になった古巣ロッテの試合を見なかった。
「この日までは正直、考える時間が長すぎたから気持ちに浮き沈みはありましたよ。『早くトライアウトが終ってほしい』と」
通算1827安打の実績を誇る41歳の堀幸一は、9月11日にロッテから戦力外通告を受けてからの日々をこのように話してくれた。
クライマックスシリーズ、日本シリーズと、仲間たちの戦いぶりは気になっていたが、試合は見なかった。「今できることをやるために、集中して練習したかったから」だ。
練習の成果は結果となって表れた。
第1打席に一塁線をしぶとく破る、堀らしいいぶし銀の安打を放ったかと思うと、2打席目には佐藤誠(ソフトバンク)のスライダーを強振。豪快な一発をレフトスタンドに叩き込んだ。
アピールは十分。堀も結果には満足していたが、それは打撃に限ったことではなかった。
「まだまだ体が動くことをアピールしたかったから。バッティングよりも、守備もできるということを見せられてよかった」
セカンドとサードの守備も無難にこなした。代打要員として次の球団へは行きたくない――。それをプレーで訴えたかったのだ。
「肉体的に衰えてはいるけど、力を出せる自信はあるし、(22年間現役を続けてきた)プライドだってあるから。野球ってそんなもんじゃないだろう、と」
そう、大ベテランは自信をのぞかせた。
小林雅は「行き先が決まらなくてもイライラしない」。
10月29日に巨人から戦力外通告を受けた36歳の小林雅英も、自らの経験を遺憾なく発揮した。
日米通算234セーブを挙げた男は、やはりピンチに強かった。
打者5人に対して無安打1四球。球速もMAX145キロをマーク。その威力は、1打席目に本柳和也(オリックス)から本塁打を放った25歳の松坂健太(西武)が、「球、めっちゃ速かった」と驚嘆したほどだった。
「145キロを出せたのはよかったですけど、(三振よりも)ゴロを打たせるのが僕のピッチングなんで、フォアボールが心残りでした。カウント1-1、打者4人(四球を出したため5人との対戦)という決められたルールのなかでアピールするためには、絶対に抑えるしかない。それしか考えていませんでした」
加えて、長年にわたり守護神を務めた小林雅には、「前向きな開き直り」もある。
「トライアウトを受ける決心なんていりませんよ。置かれている状況を考えたときに、次のステージに進める方法が今の僕にはこれしか無かっただけのこと。やれることはやれたのですっきりしています。判断するのは球団ですし、もし行き先が決まらなくてもイライラすることはないです」
この日の彼には余裕が感じられた。それは、プレー以外でも同じだった。
オリックスが小林雅の獲得を検討しているとの報道が……。
投手の場合、投げ終われば自由に解散しても良いことになっている。小林雅は18人中6番目の登板だったが、すぐには帰らなかった。そのことを記者に尋ねられると、「そりゃあね」と当たり前のように理由を話した。
「チームメート(深田拓也と村田透)が投げるまで帰るわけにはいきませんよ。ライバルとはいえ1年間一緒に戦ってきた仲間だし、自分と同じ立場で投げている以上、やっぱり応援したかったから」
このような人間性もプラスに作用したのかもしれない。
小林雅に吉報が届いた。報道によると、オリックスが獲得を検討しているそうだ。彼の目の前でぼやけていた「次のステージ」は、今、はっきりと映し出された。
堀、小林雅に比べると実績は乏しいが、多田野数人は同年代のなかで誰よりも厳しい環境のなかで野球を続けてきた。
多田野がこの日の全投手の中で最高の投球内容を披露!
'02年、ドラフト1位候補ながら、故障などが原因で指名されず大学卒業後に渡米。5年間のアメリカ生活のほとんどがマイナー暮らしだったが、インディアンス時代には白星を挙げるなど足跡を残し、'07年の大学・社会人ドラフト1位で日本ハムに入団した。
逆輸入右腕として注目された1年目は7勝。2年目も5勝を挙げたが、3年目の今年は未勝利。たった1年の不振ではあるが、30歳という年齢がネックとなり、10月2日に戦力外通告を受けた。
「今日のようなピッチングをシーズンでもできていれば、こんなこと(戦力外)にはならなかった……」
打者4人に対し無安打無四球と完璧な成績だったにも関わらず、囲み取材での表情は終始固かった。わずか3年で戦力外となったことに忸怩たる思いがあったからだろう。
「通用しないと感じたらここには来ていませんから」
ただ、投球内容はトライアウトを受けた全投手のなかでも抜群だった。内角、外角のコントロールが素晴らしく、ふたりの打者に対してバットを2本へし折るなど、相手の裏をかく投球術は見事だった。
「バッターのタイミングを外すことはできたと思います。コントロールについては、ストライクを取ることが第一目標でした。それに、キャッチャーの荒川(雄太=ソフトバンク)が考えてリードしてくれた。サインに首を振っても、すぐに自分が投げたいボールを要求してくれたのが嬉しかった」
背水の陣でありながら、同じ境遇の荒川に配慮するなど殊勝なコメントが目立った多田野だが、現役へのこだわりは人一倍ある。
「自分の力が通用すると思ったからトライアウトを受けたので。通用しないと感じたらここには来ていませんから」
堀、小林雅、多田野は次のステージへの第一歩をこの場で踏み出すことができた。戦力外通告を受けた屈辱をバネにし、来年、捲土重来の精神で古巣を見返してほしい。そう、切に願う。