すぎちゃん入院の記事から妄想。
オードリーもサンドもブレイク後は出ずっぱりだったけど体力があったんだろうなぁ。
結局どの世界も体力あるもん勝ちなんだよねぇ。
ちょっと無理して徹夜したり、朝早く起きて出かけたり、
そういうことすると3日間くらい寝込んだり熱がでたり、
そんな体力でもプライドが高くて好奇心が旺盛で仕事も遊びもがんばりたい人はいる。
やりたいのにできないと落ち込むし、人に迷惑をかけると立ち上がれなくなる。
体力ある人たちが作った社会で、体力ない人たちが生きていくには
妥協やら卑屈やら断念やら挫折やら負の感情を押し殺して行くしかないんだろうねぇ。
生活保護って本来は向上心はあるが体力的に仕事を諦めざるを得ない負の感情をもった人たちのための優しい措置だったはず。
最近なんでも規則やルールが先行して一人歩きしてしまって、
その施行に至った理念とか背景とかがないがしろにされて本質が見失われていることが多い気がする。
世の中や社会の構造が複雑化して物事の本質がみつけづらくなっている。
そもそも探す必要も無くなってる。
全体に余裕がなくて本質なんて抽象的で面倒なことを考えるよりも、
誰かが決めた規則通りやる方が楽だし怒られないし早いもんね。
本質ってなんだろうね。
一言であらわすと、愛、なのかな?
愛のあるルール違反なら少しぐらいゆるせるでしょぅ?
すぎちゃんのワイルドには愛があるから笑えるんだぜぇ~。
愛を笑うな。ワイルドを笑え。
バカップル万歳、デキ婚万歳、
すぎちゃん万歳だよ(笑)
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