朝、瞑想していて、
現れたこと。
今日は村田先生の
萬葉集の講義を聞きに行く日なので、
そのことに
少し心が引かれていたのかもしれない。
ふと、
言葉は
感情と繋がりあっていて、
恐れと
不自由の
中にある。
ということが
体のこわばりとともに現れた。
そして、
流れるままに、
言葉による表現が
自由であればいいなぁ。
と、わたしは、
心の底から願っていた。
でも、
その自由は
恐怖に押さえつけられていて、
わたしは恐ろしい
記憶や
感覚から、
逃れることができなかった。
今、
わたしを脅かすものは
なにもないよね。
と言いきかせてみても、
なぜか、
でも、誰も、
そんなふうに自由に生きることは
許されなかった。
という気持ちがわいてきて、
楽になれなかった。
という話。
そこから先へは、
今はまだ
進むことはできない。
ただ、
そんなふうに、
わたしはずっと
自由を押さえつけて
生きてきたんだな。
そして、いろいろなものを、
簡単には
手放せないんだな。
わたし、おつかれさま。
大変だったね。
と、自分をいたわってあげようと思う。
いつも苦しみをはらんでいた
言葉というものが、
わたしにとって
ギフトに変わる日が、
少しずつ
少しずつ
近づいてくる。
いや、違うか。
ギフトは
もう、
わたしの中に
そのままの姿で、
ある。

晴れた日は
心も晴ればれ。
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