まずは、九州と大和でどちらが有利だったのかということですが、それは 間違いなく九州でしょう。

当時の先進国である中国への道のりも近く先進の技術が大量に流入し、
日本国内では、最も進んだ地域であったことは間違いないでしょう。

ではなぜその九州をヤマトが倒すことができたのか?
これについて、関氏が非常におもしろい説を唱えていますので、次回 紹介します。

 
今回は私が最近気に入って呼んでいる本をご紹介します。

関裕二氏著「古代史9つの謎を掘り起こす」を紹介します。
関氏の著書はPHP文庫から出版させたものを何冊か買いましたが、正しいかどうかは別としても、
内容がわかりやすく、私のような素人にはすごく読みやすいです。
あと、古代史のロマンを感じるのもいいですね。


関氏の説では大和政権以前の日本は九州派と大和派の二大勢力に分かれていたとされてります。
では、どちらが邪馬台国ということになりますが、結論から言ってしまうと中国に朝貢した邪馬台国は九州。しかし、後のヤマト政権に滅ぼされたという内容です。
この説を追っていくと、ひとつの物語を読んでいるようで非常におも しろいので、次回から紹介したいと思います。


突然ですが邪馬台国はどこにあったと思いますか?

近畿説と九州説で意見が分かれて早数百年。決着はつくんでしょうか?

私はこの手の古代史ネタが好きなので、色んな説を読ませてもらいましたが、
結論が出るのは無理 かなと思ってます。だって今だに学者さん達が終わりの見えない小競合いを続けてますし、あー言えばこー言う状態ですね。
でも頼みの 魏志倭人伝の中身がぐちゃぐちゃなんですから仕方無いですよね。

でもこれだけ色んな想像をさせてくれるんですから、やっぱり邪馬台国は魅力的だと思います。
 
もし決着が着くとしたら、魏志倭人伝に記載のある「親魏倭王」の金印が見つかったときですかね。
私が生きてる間に結論が出るといいなと思う今日この頃です