若い頃、同人誌活動をやっていたことがありました。
最初、その同人誌を読んだとき、同じような感じの小説が複数あって、それは突然、人を殺せという声が聞こえて人を殺すというストーリーの小説でした。
2~3人がこういう筋立てのホラー小説を書いていました。
プロの作家でも、ネタがかぶることがあります。某新聞のお正月号に短編ホラー小説を複数の作家が書いていました。
その内の二人(有名作家です)が、同じネタの小説でした。
死んだ家族の姿が見えたので、それを見ていたら、実は死んでいたのは自分だった、というようなストーリーでした。
同じようなストーリーが同じ新聞に並んで載ると、やはり「なんだかな~」という気分になります。
先ほどの同人誌の、人を殺せという声が聞こえたという内容の小説を書いていた同人の一人は、自分の作品は拙い習作だと言いながらも、「殺せ、殺せ、殺すのだ」という作中のセリフだけは、自信があるというようなことを言っていましたが、私はそれほどのセリフとは感じませんでした。
また、最初のほうだけ小説を書いて、その後が書けない同人もいました。
プロじゃないのだから仕方ないです。
ネットの時代になり、自分のサイトで小説を発表する人もいます。
ある人の小説は、登場人物がしきりに「サングラスをかけるのを忘れないでください」と言われるのですが、なぜサングラスをしないといけないのか、わかりません。
読み進むうちに、古代エジプト展みたいなとこの展示品のレリーフの肖像画と、その登場人物の顔がそっくりなので、周りの人に怪しまれるのでサングラスをして変装する必要がある、ということがわかります。
作者としては、わざと説明せずに「謎」としておいて、後で「あ、そういうこと」と思わせたいのでしょうが、この程度のことを「出し惜しみ」すると説明不足として不満を持たれる場合もあります。謎であれば、なぜ古代エジプトのレリーフの肖像画の人物と同じ顔なのか、そっちでしょう。これも「生まれ変わり」とか、そういう気がしますけど。
とにかく、小さなことを「謎」にして引っ張るのは、感心しません。
別の人の小説では、雨が降り出したとき、スライムか何かが光輝き始めたことを「謎」として書き、実はそのスライムか何かが雨を降らせていた、という落ちでしたが、これでは謎でもなんでもないでしょう。スライムか何かが輝き始めた時点で、怪しいと思われるわけですから。
かく言う私も、低レベル小説しか書けず、偉そうなことは言えません。
以前、プロの編集の人に作品を見てもらったとき、犬の死体が出てくるシーンで、その死体は温かいか冷たいか、それでいつ死んだかがわかる、と指摘されて、そんなことをまったく考えずに書いていた私は、なるほど、と感心させられました。
同人誌で、他の同人に評判が良かった小説も、編集の人に視点のおかしさを指摘されました(ちなみに、わざと視点をおかしくしたのですが、そういう効果は通用しないとわかりました)。
プロットを褒められた作品もありますが、実は当時の私は、まずプロットを作る、ということすら知らなかったのです。
その小説では、親切な人が、親切で言ったのに、相手がその意見を聞かず、それで腹が立つシーンがあったのですが、プロの編集の人に「本当に優しいなら、そういう事は言わない(腹を立てて言ったセリフについて)」と言われて、自分が書きたいことが伝わらないもどかしさも感じました。
例えば、親切で座席を譲ったのに断られたら、少しムッとするような心の変化を書いたつもりでしたが、伝わりませんでした。首尾一貫してない人物を書いてると思われたのでしょう。
あくまで素人小説であり、みんな楽しみで書いているのだから、あまり欠点を指摘するのは野暮かもしれませんが、私はスキルアップしたいので指摘してもらいたいタイプです。
というか指摘してもらわないと気づかない事が多いのです。