私が子供の頃、家に離れがあり、「離れおばあちゃん」という人が住んでいました。

私との続柄はよく知らないのですが、結婚した後に旦那さんが亡くなり、当時はそういう場合は再婚など出来ない時代だったので、うちの離れに住んでいたそうです。

茶道の先生でした。私の父と母も茶道の師匠でしたが、その上の人です。

離れに遊びに行くと、離れおばあちゃんは、よく茶道で使う和菓子をくれました。そして赤色が好きで、赤色を見せると「綺麗」と言ってました。

子供時代、テレビで堺正章さんがカンチョーマンというのをやっていました。しかし父親がその時間には大河ドラマを見ているため、兄弟と離れに押しかけて、離れのテレビでカンチョーマンを見させてもらいました。離れおばあちゃんは、その時間には就寝していたにもかかわらず、です。迷惑な話ですね。

この離れおばあちゃんは、いつも着物姿で、着物の裾がほんのわずか何かに擦っただけで転倒してしまい、そのまま意識不明になり、亡くなったそうです。

祖母もいつも着物姿でした。むかしのお年寄りは、着物だったのです。それゆえ子供の頃の私は、年を取ったら着物を着なければならないという決まりがあるのだと思っていました。

一時期、祖母の部屋で、祖母と寝ていた時期がありました。祖父は、私が生まれる前に亡くなっています。

祖母は一緒に寝るとき、子供の私にハッサクなどを食べさせてくれました。そんな祖母に、幼い私は「おばあちゃんも、もうすぐ死ぬね」と心無い事を言ってしまいました。祖母は、私のこの言葉に無言でした。

悪気は無かったのです。幼稚園児だったので、何も考えずに言ったのです。本当に悪いことをしました。

まだファミコン登場以前、家族でゲームセンターに行くことがありました。地元では行きません。日常的にゲームセンターに通うような家族ではありません。あくまで他所に行ったときです。つまり非日常の話で、旅先というほどではありませんが、大きな街に行ったときなどです。

中学時代、台風の夜に家族でゲームセンターに行き、風の強い中を家族で帰ったのも、良い想い出です。真面目な兄弟は、こんな台風の夜にゲームセンターに行くなんて、と怒っていましたが。その日のゲームセンターは大盛況でした。ほとんどの人は、一晩中ゲームセンターに居たのではないでしょうか?