坂道のない街(書評サイト)

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本を読んで自分が何を得たかを記録しています。参考にしてください。



『お金の向こうに人がいる』というタイトルに惹かれて手に取った。


ここ10年ほど、メルカリやセカンドストリートをよく使ってきた。自分は「安くていいもの」「ブランド価値の高いものを安く買うこと」にかなり満足感を感じる。一方で、服や時計は増えている。安く買えたこと自体に満足しているだけではないか。本当に自分にとって価値のあるものを選べているのか。そんなモヤモヤがあった。


最初に印象に残ったのは、「価格」と「高揚」は違うという話だった。


1万円の福袋に20万円のジャケットが入っていても、自分が気に入らなければ高揚はほとんどない。でも20万円という価格がついていれば、得をした気持ちにはなる。価格は数字で分かりやすいが、高揚は測れない。だから僕たちは価格を価値の物差しとして使いすぎてしまう。


1000円のワインの例も印象に残った。10万円のワインには多くの良さがあり、1000円のワインには良さが一つか二つしかないかもしれない。でも、その一つをおいしいと感じられるなら、それでいい。いいワインかどうかは自分で決めればいい。


この考え方は、ものの買い方だけでなく、経済全体の見方にもつながっていた。


本を通して繰り返し出てきたのは、「誰が働いて、誰が幸せになるのか」という視点だ。


ものやサービスは誰かの労働によって作られ、その効用を別の誰かが受け取る。お金はその間を移動しているだけだ。


僕たちは財布や口座のお金が自分の生活を支えているように感じるが、実際に支えているのは、食べ物を作る人、運ぶ人、医療や介護を担う人など、財布の外側にいる人たちだ。お金があっても、働く人がいなければ生活は成り立たない。


読みながら、以前学んだ経済学の「フローとストック」を思い出した。所得や消費、GDPはフローで、預金や借金、金融資産はストックだ。誰かの預金は、別の誰かの負債でもある。政府が借金して支出すれば、そのお金は別の誰かの所得や資産になる。


ただ、この本はそこで終わらない。数字のさらに向こうに、誰が働き、何を作り、その結果、誰がどれだけの効用を得たのかを見る。


「1.6兆円の経済効果」という話も同じだった。新紙幣対応のためにATMを更新すればお金は動く。でも、1.6兆円動いたことと、社会が1.6兆円豊かになったことは同じではない。大事なのは、そのためにどれだけの労働を使い、どれだけの効用を生んだかだ。


株や不動産、バブルについても、価格が上がったことと社会が豊かになったことは同じではないという視点が示されていた。投資は、お金を増やすこと自体ではなく、未来の技術やサービス、生産力、効用を生み出すための手段だという考え方は、自分にはしっくりきた。


貿易も同じだった。日本が輸出して外貨を得ることを、本では「外国に対する労働の貸し」と捉えていた。今は日本側が働き、将来、国内で労働力が不足したときには、その外貨や海外資産を使って外国の労働や商品を受け取ることができる。


政府予算も、単なるお金の配分ではなく、社会の労働力をどこに振り向けるかという話になる。公共事業や政府債務も、金額だけでなく、現在世代がどれだけ働き、何を残し、将来世代がどれだけ効用を得るかで見る必要がある。


年金問題も同じだ。問題はお金が足りないことだけではなく、その向こうで働く人が減っていることにある。お金を増やしても、食べ物を作る人、介護する人、医療を担う人が増えるわけではない。


少子化についても、子どもを産む話だけではなく、社会全体が子育ての負担をどれだけ引き受けるかという視点が必要だという。親の負担はむしろ重くなっている。地域や社会が子育てを支える力を弱めてきたことも考えなければならない。


この本を読み終えて残ったのは、とてもシンプルな問いだった。


「誰が働いて、誰が幸せになるのか」


経済の目的は、お金や仕事やGDPを増やすことそのものではなく、人が得る幸せや効用を増やすことなのだと思う。


そして、この考え方は最初の自分の買い物にも戻ってくる。


これからも中古品を買うし、安く買えれば嬉しいと思う。でも、「いくら得したか」だけではなく、「自分はこれを本当に好きなのか」「これで自分の生活は本当に豊かになるのか」を、もう少し考えたい。


価格は分かりやすい。でも、自分にとっての価値は価格だけでは決まらない。


お金の向こうに人がいる。


この本を読んで、その当たり前のことを以前より具体的に想像できるようになった。


2026年10月18日 読了
著者:吉田修一

吉田修一さんの人物の描き方や、言葉の選び方はやっぱり秀逸だと思う。

この小説は、過去と現在を行ったり来たりしながら物語が進んでいく。決して奇抜なストーリーではなく、時系列どおりに描けば、よくある恋愛物語になってしまうのかもしれない。

でも、今読んでいる場面が過去なのか現在なのか、一瞬分からなくなるような絶妙な表現や、過去と現在の出来事が少しずつつながっていく構成が面白い。小説だからこそ味わえる魅力だと感じた。

物語の中では、高校時代に駆け落ちした二人が、約20年の時を経て再会する。

偶然タクシーで出会ったり、同じプロジェクトに関わっていたりと、再会の設定には少し出来すぎた印象もあった。

それでも、二人が再び結ばれることを期待しながら読み進めた。

二人とも決して順風満帆な人生ではなかった。特に主人公は、高校時代に母親を亡くし、その後もさまざまな苦労を重ねてきた。

だからこそ、最後には二人で幸せになってほしかった。

でも、結局そうはならなかった。

読み終えた直後は、なんとも言えないもどかしさが残った。

ただ、少し時間を置いて考えると、この小説が描きたかったのは、必ずしも「愛する二人が結ばれること」ではなかったのかもしれない。

誰かを本気で好きだったこと。一緒に過ごした時間があったこと。その事実だけで、人生には十分な意味があるのではないか。

そんなことを考えているうちに、自分自身の過去の恋愛を思い出した。

過去の恋愛というものは、時間が経つほど美化されるものなのかもしれない。

普段は意識することもないのに、年に一度くらい、ふと当時のことを思い出し、あの頃に戻りたいという気持ちで胸が張り裂けそうになることがある。

もう戻れないと分かっているからこそ、余計に切なくなる。

でも、この本を読んで、少し違う捉え方ができるようになった気がする。

あの頃、確かに誰かを本気で好きだった。

そして、その経験があったからこそ、今の自分がいる。人を愛するという気持ちを知ることができた。

過去の恋愛は、取り戻すべきものでも、忘れなければならないものでもない。

自分の人生を形づくってきた、大切な一ページなのだと思う。

人生をもう一度やり直すことはできない。

だからこそ、過去を懐かしみながらも、その時間が確かに存在したことを大切にして、今を生きていく。

そんなふうに、自分の過去と少し折り合いをつけられた気がした。

二人が結ばれなかった結末は、やっぱり少し寂しい。

でも、もし二人が再び結ばれていたら、ここまで自分自身の人生を振り返ることはなかったのかもしれない。

読み終えて残ったのは、物語の結末への満足感ではなく、過去の自分を少し肯定できたような、不思議な感覚だった。

「あの頃に戻りたい」と思うほどの時間が、自分の人生にあった。

それだけでも、幸せなことなのかもしれない。


 

 

この本を手に取ったきっかけ

以前から、ゴミ拾いには少し関心があった。

そのきっかけの一つが、大谷翔平選手のゴミ拾いに対する考え方だ。

大谷選手は、グラウンドなどに落ちているゴミを拾うことでも知られている。

特に印象に残っていたのが、「他人が落とした運を拾う」という発想。

ゴミを拾うことを、単なる清掃活動ではなく、運を拾う行動として捉えている。

この考え方が、以前から妙に心に残っていた。

自分自身、数年前に一度、比較的大きなゴミ拾い活動をしたことがある。ただ、その後は地域の清掃活動に年2回ほど参加する程度で、日常的にゴミを拾う習慣までは身についていなかった。

関心はあるけれど、なかなか実践には至らない。

そんな中で手に取ったのが、『ゴミ拾いをすると、人生に魔法がかかるかも♪』だった。

結果として、この本は自分が日常的なゴミ拾いを始めるきっかけになった。

著者のすごさは、ゴミ拾いを日常にしていること

本書を読んでまず驚いたのは、著者のゴミ拾いに対する徹底ぶりだ。

仕事先でも、旅行先でも、食事に出かけた場所でも、コンビニでも。

とにかく、さまざまな場所でゴミ拾いを続けている。

しかも、著者は大きな企業の経営者でもある。

特別なイベントとしてゴミ拾いをするのではなく、日々の生活そのものにゴミ拾いが組み込まれているのだ。

なぜ、ここまで続けられるのだろうか。

本書を読みながら、自分なりにその理由や効果を考えてみた。

大きく分けると、3つあるように思う。

① 他人が落とした「運」を拾う

一つ目は、運を良くしたいという気持ち。

これは、先ほど触れた大谷翔平選手の考え方にも通じるものがある。

他人が落としたゴミを拾うことは、他人が落とした運を拾うことでもある。

科学的にゴミ拾いと運の良さに直接的な因果関係があるかどうかは別として、こういう発想は個人的にとても好きだ。

ゴミを見つけたときに、

「面倒なものが落ちている」

と思うのか、

「運が落ちている」

と思うのか。

同じ光景でも、受け取り方によって自分の行動は大きく変わる。

自分がゴミ拾いに興味を持った最初のきっかけも、まさにこの考え方だった。

② 周囲からの見られ方が変わる

二つ目は、周囲からの見られ方。

トングとゴミ袋を持って街を歩き、日常的にゴミを拾っている人がいれば、やはり目に留まる。

実際、本書にはゴミ拾いを通じたさまざまな出会いや、周囲の人たちとのエピソードが登場する。

しかも著者は経営者。

ゴミ拾いを続けている姿が話題になり、そこから新しい会話や人とのつながりが生まれていく。

自分なりの解釈だが、こうした活動は著者個人への信頼だけでなく、企業への好印象にもつながっているのではないかと思った。

採用や社員の定着などにも、間接的に良い影響を与えているのかもしれない。

もちろん、周囲から評価されるためだけにゴミ拾いをしているわけではないだろう。

ただ、一つの行動を継続することで、その人の印象が変わり、周囲との関係にも好循環が生まれていく。

これは経営者という立場だからこそ、特に興味深い部分だった。

③ 自分自身の心が満たされる

そして三つ目が、自己肯定感や自己効力感につながるということ。

ゴミを一つ拾えば、その場所は拾う前より確実にきれいになる。

自分が行動したことで、目の前の環境が少しだけ良くなる。

非常に小さなことだけれど、自分の行動が誰かや社会の役に立っているという実感を得られる。

本書では、ゴミ拾いを通じて無心になれることにも触れられていた。

この感覚については、実際に自分でもゴミ拾いを始めてみて、非常によく分かった。


実際に3日間、ゴミ拾いをしてみた

この本をきっかけに、日常生活の中でゴミ拾いを始めてみた。

まだ3日間という短い期間だが、やってみると、読むだけでは分からなかった発見があった。

まず、周囲の視線は多少感じる。

ゴミ袋を持って歩いていると、「あの人はゴミ拾いをしているんだな」と見られているような感覚がある。

ただ、自分の場合は、それによって誰かから声をかけられたり、特別な評価を受けたりしたわけではない。

それ以上に大きかったのは、自分自身の心の変化だった。

ゴミを拾っている時間は、意外なほど無心になれる。

普段は仕事のことや、やらなければならないことなど、何かしら頭の中で考えていることが多い。

ところが、ゴミ拾いをしていると、自然と目の前のことに意識が向く。

落ちているゴミを見つけて、拾って、袋に入れる。

ただそれだけの行動に集中している時間が、思っていた以上に心地よかった。

自分のためではないことに、時間を使う

そして、今回最も大きな発見だったのが、

「自分の私利私欲とは関係のないことに、一日の時間の一部を使っている」

という感覚だった。

普段の生活では、どうしても自分の予定や仕事、家族のことなどを中心に時間を使っている。

それはもちろん大切なことだ。

でも、誰に頼まれたわけでもなく、何かの見返りがあるわけでもなく、ただ街を少しきれいにするために時間を使う。

そんな時間が一日の中にあるだけで、不思議と心に余裕が生まれる。

ゴミ拾いを始める前は、運が良くなればいいな、くらいの気持ちだった。

しかし実際にやってみると、運が良くなるかどうかよりも、この心の変化の方がずっと大きかった。

自分のためだけに時間を使わないことが、結果として自分自身の心を満たしてくれる。

そんなことを、たった3日間のゴミ拾いから感じることができた。


約330ページ。ゴミ拾いだけで、よくここまで書けたと思う

本書そのものについても、率直な感想を残しておきたい。

約330ページという、なかなかのボリュームがある。

正直なところ、ゴミ拾いというテーマだけで、よくここまで一冊の本にまとめられたなと思った。

内容の多くは、著者がゴミ拾いを通じて出会った人たちとの交流や、周囲からの評価、家族との出来事、社員とのエピソードなどで構成されている。

ゴミ拾いの方法を体系的に学ぶ実用書というよりも、ゴミ拾いを続けてきた著者の人生や、そこから生まれた人間関係を楽しむ読み物という印象だった。

ちなみに、自分自身は一字一句すべてを読んだわけではない。

興味のあるエピソードをかいつまんで読み、太字で書かれた部分を中心に読み進めた。

それでも、著者がゴミ拾いを通じて何を得てきたのか、何を伝えたいのかは十分に受け取ることができたと思う。

そして何より、実際に自分が行動を起こすきっかけになった。

読書の価値は、必ずしも一冊の本を隅から隅まで読むことだけではない。

たった一つでも心に残る考え方があり、それによって日常の行動が変わるのであれば、その本を読んだ意味は十分にあるのだと思う。

著者と同じことはできなくても、自分なりに続けていきたい

著者のように、仕事先でも旅行先でも、どこに行ってもゴミを拾う。

正直、今の自分にはそこまで徹底することは難しいと思う。

ただ、同じようにやる必要もない。

まずは自分の生活の中で、無理なく続けられる範囲から始めればいい。

散歩をするとき。

子どものサッカーの練習を待っているとき。

自宅の周辺を歩いているとき。

そうした時間の中で、少しずつゴミを拾う習慣を作っていきたい。

ゴミ拾いは、始めるのに特別な資格も必要ないし、大きなお金がかかるわけでもない。

自分がやろうと思えば、その日から始められる。

そして、拾ったゴミの分だけ、確実に街がきれいになる。

こんなにシンプルで、成果が目に見える行動も、なかなかないのかもしれない。


読み終えて――ゴミと一緒に、心の余裕を拾っていた

最初は、大谷翔平選手の「他人が落とした運を拾う」という発想に惹かれて、ゴミ拾いに関心を持った。

そして、この本を読んだことが、実際に行動を始める後押しになった。

まだ始めて3日間。

運が良くなったかどうかは、もちろん分からない。

ただ、ゴミ拾いをしている時間が思いのほか心地よく、自分のためだけではないことに時間を使うことで、心に少し余裕が生まれるという発見があった。

最初は運を拾いたいと思って始めたゴミ拾いだったけれど、実際に拾ってみると、ゴミと一緒に自分の心の余裕まで拾っていたような気がする。

この本のタイトルにある「人生に魔法がかかる」というのは、何か突然すごい幸運が舞い込んでくるということだけではないのかもしれない。

自分の行動が少し変わる。

街の景色が少し変わる。

そして、自分の心の持ち方も少し変わる。

そんな小さな変化の積み重ねこそが、ゴミ拾いによって生まれる魔法なのだろう。

この本を読んで終わりにするのではなく、これからも自分なりのペースでゴミ拾いを続けていきたいと思う。

 

 

なぜこの本を手に取ったのか

仕事をしていると、人間関係で少しモヤモヤすることがある。

こちらとしては悪気なく対応したつもりなのに、相手には悪意があるように受け取られてしまう。

その後、顔を合わせると無視されたり、明らかに不機嫌そうな態度を取られたりする。

それまで普通に話していた人が、ある日突然、よそよそしくなることもある。

今の仕事に就いてから、こうした経験を何度かするようになった。

もちろん、関わる人の大半がそういうわけではない。多くの人とは良好な関係を築けているし、仕事全体に支障が出ているわけでもない。

ただ、頭では「気にする必要はない」と分かっていても、ふとした瞬間に、

「あの対応の何がいけなかったのだろう」

「次に会ったとき、どう接すればいいのだろう」

と考えてしまうことがある。

相手の態度を変えることはできない。

それなら、こうした人たちと自分はどう付き合っていけばいいのだろうか。

そんなことを考えていたときに手に取ったのが、『あの人を脳から消す技術』だった。

読み始めて気づいたのは、この本は単に嫌な人との付き合い方を教えてくれる本ではないということ。

むしろ、嫌な相手のことを何度も考えてしまう自分の脳と、どう付き合っていくかを考える本だった。


相手は目の前にいないのに、頭の中にはいる

嫌なことがあったとき、その出来事自体は数分で終わっていることも多い。

しかし、帰宅してからも思い出す。

散歩をしているときにも思い出す。

何か別のことをしていても、突然その人の表情や言葉が浮かんでくる。

実際にはもう目の前にいない相手が、頭の中にはずっと居座っている。

考えてみれば、これはもったいない。

相手とのやり取りに使った時間よりも、その後に自分一人で相手について考えている時間の方が、長くなっているかもしれないからだ。

本書を読んで、まず変えるべきなのは相手の態度ではなく、この「頭の中で相手とのやり取りを繰り返してしまう状態」なのだと思った。

すべての出来事をプラスに受け取る「肯定的受信」

最初に印象に残ったのが「肯定的受信」という考え方。

すべての出来事をプラスに受け取ると、あらかじめ心の中で決めておく。

嫌な出来事が起きてから、どう前向きに考えようかと悩むのではなく、最初から自分の受け取り方を決めておくという発想だ。

これを読みながら、以前、別の本で目にしたイライラしたときの対処法を思い出した。

「ありがとうございます。あなたのおかげで私は成長できています」

と心の中でつぶやき、両手を合わせて拝んでおくというもの。

まだ実践したことはないが、少し面白い方法だと思っている。

嫌な相手を無理に好きになる必要はない。

ただ、その出来事を「自分にとって何かを学ぶ機会だった」と捉え直すことはできる。

もちろん、すべての理不尽な行為を肯定する必要はないし、我慢し続けるという意味でもない。

相手の言動の良し悪しと、自分がその出来事をどう受け取るかは別の問題なのだと思う。


「あの人」を脳から消す7つのテクニック

本書では、嫌な相手や出来事が頭から離れないときの具体的な方法として、7つのテクニックが紹介されている。

どれも特別な道具を必要とせず、日常生活の中で実践できそうなものだった。

① 映画化テクニック

どうしても頭から離れない出来事を、映画のワンシーンのように置き換えてみる。

自分自身の視点からではなく、第三者として、その場面を眺める。

カメラのアングルを変えるようなイメージだ。

例えば、職場で誰かに無視された場面を思い出したとき。

「なぜ自分がこんな態度を取られなければならないのか」

と考えるのではなく、

「主人公が職場で、ある人物から無視されるシーン」

として眺めてみる。

自分と出来事との心理的な距離を取ることで、感情的な反応を和らげていく。

これは実際に使ってみたいと思った。

② 書き出してみる

頭の中で考えていることを、紙などに書き出す。

頭の中だけで考えていると、同じ出来事や言葉が何度も繰り返され、何にモヤモヤしているのかさえ分からなくなることがある。

そこで、

何が起きたのか。

自分はどう感じたのか。

何が気になっているのか。

といったことを文字にする。

頭の中の混乱を視覚的に整理する方法だ。

③ リフレーミング

同じ出来事を、別の視点から捉え直す方法。

例えば、

「厳しい上司」を「仕事に真摯な人」と捉えてみる。

「面倒な作業」を「新しいことを学ぶ機会」と考えてみる。

ここで面白かったのが、自分の人生をドラマのように考えるという発想だった。

ドラマの主人公は、いつも順風満帆なわけではない。

さまざまな試練を経験しながら成長していく。

だから、嫌な出来事に遭遇したときも、

「これは主人公である自分が成長するための重要なシーンだ」

と考えてみる。

そうすると、目の前の出来事を少し違った角度から見られるかもしれない。

④ タイムリミット・テクニック

嫌なことを「考えてはいけない」と無理に抑え込むのではなく、あえて考える時間を決める。

例えば、

「今から15分間だけ、このことを思う存分考えよう」

と設定する。

ポイントは、考えること自体を禁止しないこと。

ただし、いつまでも考え続けないように、時間の区切りを作る。

これは仕事で嫌なことがあった日の帰宅後などに使えそうだ。

⑤ 「今ここ」テクニック

過去の嫌な出来事や、まだ起きていない未来への不安ではなく、今この瞬間に注意を向ける。

今見えている景色。

聞こえている音。

身体の感覚。

呼吸。

過去の出来事を何度も再生していることに気づいたら、意識を現在へ戻していく。

⑥ 身体化テクニック

心の問題を頭の中だけで解決しようとせず、身体から働きかける。

姿勢を整える。

呼吸を意識する。

身体の緊張を解く。

嫌なことを考えているときには、知らないうちに身体にも力が入っていることがある。

まず身体の状態を整えることで、気持ちを落ち着かせていく。

⑦ 言語化テクニック

自分が感じていることを、具体的な言葉にする。

例えば「イライラする」という感情も、少し掘り下げると、

「無視されて悲しかった」

「誤解されたことが悔しかった」

「次に会うことに不安を感じている」

など、いろいろな感情が含まれている。

その感情に名前をつける。

自分が何を感じているのかを、まず自分自身で認識することが大切なのだと思った。


「あの人」を考えないのではなく、別のことで脳を満たす

7つのテクニックに加えて、今回特に印象に残ったのが、

「新しいお気に入りの考え事を見つける」

という発想だった。

本書では、脳には空白を埋めたがる特徴があると説明されている。

つまり、

「あの人のことを考えないようにしよう」

と決めるだけでは、かえってその人のことを意識してしまう場合がある。

それなら、嫌な相手のことを考えていた時間を、別のことに使えばいい。

自分の成長について考える。

新しく挑戦したいことについて考える。

夢中になれることを見つける。

これは、単に嫌なことを忘れるという消極的な方法ではなく、自分の時間をもっと有意義なものに置き換えていくという考え方だ。

「あの人」がいない脳を作る3つのポイント

本書では、そのための方法として次の3つが紹介されている。

  1. 夢中になれることを見つける

  2. 隙間時間の過ごし方を変える

  3. 小さな変化を記録する

この中でも、自分が特に意識したいのが「隙間時間の過ごし方を変える」こと。

例えば、散歩をしているとき。

何も考えずに歩いていると、つい仕事上の嫌な出来事を思い出してしまうことがある。

それなら、その時間を最初から別のことに使う。

今日あった良かったことを振り返る。

新しくやってみたいことを考える。

読んだ本の内容を整理する。

「あの人について考える時間」を減らすだけではなく、「自分のために考える時間」を増やしていく。

これはぜひ習慣にしたいと思った。


感謝を習慣にする

本書では、感謝を意識することも勧められている。

感謝日記をつける。

寝る前に感謝する時間を持つ。

その日にあった良かった出来事を思い出す。

本書では、こうした習慣と扁桃体や前頭前野の働き、ドーパミンやセロトニンなどとの関係についても説明されている。

脳への具体的な作用や変化の期間については、研究条件によって解釈に注意が必要だと思うが、少なくとも自分の注意を「嫌だったこと」から「良かったこと」に向け直す習慣としては、取り入れる価値がありそうだ。

一日の終わりに、

「今日は何が嫌だったか」

ではなく、

「今日は何が良かったか」

を考えて眠る。

それだけでも、一日の締めくくり方は変わってくる気がする。


マインドフルネス――感情を否定せず、飲み込まれもしない

本書では、夫婦など身近な人との関係に悩んだときの方法として、マインドフルネスも紹介されている。

相手の言動によって悲しさや怒りを感じたとき、

「今、自分は悲しさを感じているな」

と、その感情をただ観察してみる。

感情を否定しない。

しかし、その感情に飲み込まれもしない。

具体的には、静かな場所で楽な姿勢をとり、呼吸に意識を向ける。

息が入ってくる感覚。

出ていく感覚。

途中で別の考えが浮かんでも、それを責めたり否定したりせず、ただ観察して、再び呼吸へ意識を戻す。

ここで大切なのは、相手を変えようとする前に、まず自分自身の心を整えること。

自分の気持ちが落ち着いていれば、相手の言動についても、少し冷静に考えられるようになるのかもしれない。


読み終えて――他人の機嫌は、自分の責任ではない

今回の本を読んで、自分の中で一番整理できたのは、

「相手への対応」と「相手について考え続けること」は別の問題だということだった。

仕事上、こちらの対応によって相手に誤解を与えてしまったのであれば、必要に応じて説明したり、改善したりすることは大切だと思う。

しかし、そこまで対応した後も、相手が不機嫌でいるかどうかは、自分にはコントロールできない。

無視されたからといって、その理由をいつまでも考え続ける必要はない。

相手の機嫌を直すために、自分の時間やエネルギーを使い続ける必要もない。

これまでは、

「次に会ったとき、どう接すればいいだろう」

と考えていたが、これからは、

「必要な対応は普通に行う。それ以上は考え続けない」

というくらいの距離感でいいのかもしれない。

相手を嫌いになる必要もないし、無理に仲良くする必要もない。

仕事上、必要なコミュニケーションを取ればいい。

そして、相手が目の前からいなくなったら、自分の頭の中からも退場してもらう。


これから実践したいこと

今回の読書を通じて、まず取り入れてみたいことを整理しておく。

・嫌な出来事があったら、映画のワンシーンとして第三者の視点から眺めてみる。

・どうしても考えてしまうときは、15分だけ考える時間を設ける。

・イライラしたときは「ありがとうございます。あなたのおかげで私は成長できています」と心の中で唱えてみる。

・散歩などの隙間時間は、嫌な相手のことではなく、自分の成長や新しい挑戦について考える時間にする。

・一日の終わりには、嫌だったことよりも、良かったことや感謝できることを振り返る。

そして、今回の本で最も心に残った考え方は、

「嫌な相手を脳から消すことは、自分の人生に使える時間を取り戻すことでもある」

ということだった。

仕事をしていれば、これからも人間関係で嫌な思いをすることはあるだろう。

相手の言動をすべてコントロールすることはできないし、すべての人から好かれることもできない。

でも、誰のために自分の時間を使うかは、自分で決められる。

せっかくなら、嫌な相手のことを繰り返し考えるよりも、自分が大切にしたい人や、これからやってみたいことのために時間を使いたい。

「あの人」を変えるのではなく、「あの人」が頭の中を占める時間を変えていく。

まずは、そこから始めてみようと思う。

 

 

『科学的な適職』を読んで――「自分に合う仕事」を探すより、幸せに働ける条件を考える

鈴木祐さんの『科学的な適職』を読んだ。

鈴木祐さんの本は以前にも読んだことがある。

さまざまな研究や論文を引用しながら話が組み立てられていて、「なんとなくそう思う」ではなく、研究データを根拠に説明される。そのため個人的にも納得感を得やすく、今回もタイトルが気になって手に取った。

とはいえ、今すぐ転職を考えているわけではない。

タイトルだけを見ると、転職を考えている人のための本にも見える。

しかし実際に読んでみると、これは転職先を探すためだけの本ではなかった。

むしろ、

「自分は今、どんな働き方をしているのか」

「今の仕事の何に時間とエネルギーを使っているのか」

「自分の仕事は、最終的に誰に、どんな価値を生み出しているのか」

といったことを振り返るうえで、とても役に立つ本だった。

そもそも人間は「仕事選び」が得意ではない

本書の根底にある考え方で、まず面白かったのが、

「そもそも人間の脳は、現代のような仕事選びをするために作られていない」

という話だった。

今では、

「自分に向いている仕事は何だろう」

「好きなことを仕事にした方がいいのか」

「今の会社に残るか、転職するか」

「どの業界なら将来性があるか」

といったことを普通に考える。

しかし、人類の長い歴史から見れば、大量の選択肢の中から自分で職業を選び、さらに「その仕事で幸福になれるか」まで考えるようになったのは、かなり最近のことだという。

つまり現代人は、脳が十分に慣れていない難しい問題を突然与えられていることになる。

人間の脳には「バグ」がある

そこで問題になるのが、本書で繰り返し登場する「バイアス」だった。

人間は、自分では合理的に考えているつもりでも、実際にはさまざまな思い込みや認知の偏りに影響されている。

本書では、こうしたものをコンピューターになぞらえて、脳に組み込まれた「バグ」のようなものとして扱っている。

この表現がとても分かりやすかった。

「好きなことなら、仕事にしても幸せなはず」

「給料が高ければ、今より幸せになるはず」

「自分の性格に合った職業を選べばうまくいくはず」

「成長している業界に行けば安心だろう」

「なんとなく、この会社は自分に合っている気がする」

どれも一見すると、もっともらしい。

ところが本書は、さまざまな研究を紹介しながら、こうした直感的な仕事選びに疑問を投げかけていく。

つまり問題は、

「何を選ぶか」

だけではない。

「その選択をしている自分自身の判断を、どこまで信用していいのか」

というところから考えなければならない。

仕事選びの「7つの大罪」

本書では、仕事選びで陥りやすい考え方を「7つの大罪」として紹介している。

・好きを仕事にする
・給料の多さで選ぶ
・業界や職種で選ぶ
・仕事の楽さで選ぶ
・性格テストで選ぶ
・直感で選ぶ
・適性に合った仕事を求める

面白いのは、どれも仕事選びでは普通に重視しそうなものばかりだということ。

「好きを仕事にする」は本当に正しいのか

中でも印象に残ったのが、「好きを仕事にする」という考え方だった。

好きなことを仕事にできれば幸せになれる。

自分も何となくそう思っていた。

しかし本書では、最初からその仕事に強い情熱を持っていることが、必ずしも将来の仕事の満足度につながるわけではないと紹介されている。

むしろ、

「なんとなくやっていたら、できることが増えて、だんだん楽しくなってきた」

という形で情熱が後からついてくることもある。

「情熱は後からついてくる」。

これはかなり印象に残った。

建築士になりたかった自分を思い出した

この話を読みながら、子どもの頃のことを思い出した。

自分は小さい頃から、ずっと建築士になりたいと思っていた。

建物を見ることも好きだったし、家の間取りを考えたりするのも好きだった。

ところが最近、自宅でDIYをしようと思っていろいろやってみると、実際の細かな作業はどうも苦手らしい。

一人で黙々と作業すること自体は嫌いではない。

ただ、「建築が好き」ということと、「建築に関わる作業を仕事として毎日続ける」ことは、まったく同じではないのだと改めて感じた。

もちろん、DIYが苦手だから建築士に向いていなかった、という単純な話ではない。

それでも、建築は仕事にせず、趣味として楽しむくらいでよかったのかもしれない。

「好きなこと」と「仕事として自分に合うこと」は違う。

本書を読みながら、その意味を自分の経験からも少し実感できた。

給料が上がれば幸せになるのか

給料についての話も興味深かった。

もちろん、生活するためには一定のお金が必要だし、給料は大切だ。

ただ、本書で紹介されている研究を見ると、収入と仕事の満足度の関係は、私たちが想像するほど大きくないらしい。

さらに人間は、単純に「いくらもらっているか」だけではなく、「周囲と比べてどのくらいもらっているか」にも影響される。

考えてみれば、給料が2倍になったからといって、人生の幸福度まで2倍になるわけではない。

生活がある程度安定した後は、さらに収入を増やすことだけに時間やエネルギーを使うより、家族や友人との時間、健康、趣味などに振り向けた方が、自分にとっては幸せなのかもしれない。

「楽な仕事=幸せ」でもない

これも意外だった。

仕事のストレスは少ないほどいいと思っていたが、必ずしもそうではないらしい。

本書では、適度な負荷やストレスが、仕事への満足感につながる可能性が紹介されている。

印象に残ったのが、バイオリンの弦のたとえ。

弦を張りすぎればいい音は出ない。

しかし、緩めすぎてもいい音は出ない。

適度な張りがあるからこそ、いい音が出る。

仕事も同じなのだろう。

そして重要なのは、単に仕事量が多いか少ないかだけではない。

自分でその負荷を調整できるか。

仕事の優先順位を決めたり、進め方を工夫したり、人に任せたりできる。

つまり「裁量権」があることが重要になってくる。

では、どんな仕事が幸福につながるのか

「7つの大罪」で、仕事選びにありがちな基準を一度疑った後、本書が示すのが「仕事の幸福度を決める7つの徳目」。

・自由――その仕事に裁量権はあるか
・達成――前に進んでいる感覚を得られるか
・焦点――自分のモチベーションタイプに合っているか
・明確――やるべきことや評価基準が明確か
・多様――仕事にバリエーションがあるか
・仲間――助けてくれる人が職場にいるか
・貢献――自分の仕事が誰かの役に立っていると感じられるか

この7つを見ていると、「何の仕事をするか」以上に、「どんな状態で働けるか」が重要なのだと分かる。

「自由」「達成」「貢献」が特に気になった

7つの中でも、自分が特に気になったのは「自由」「達成」「貢献」だった。

自由とは、好き勝手に働くことではない。

仕事の進め方や優先順位などについて、自分で判断できる余地があること。

責任が増えれば仕事量も増える。

それでも、自分で仕事をコントロールできる範囲が広がれば、同じ忙しさでも感じ方は違ってくる。

「達成」についても興味深かった。

人間のモチベーションは、大きな成功だけではなく、

「少し前に進んだ」

という感覚によっても高まる。

これは仕事を任せる側としても重要だと思う。

部下に仕事を依頼して終わりではなく、

「あなたがやった仕事によって、こう変わった」

というところまで返す。

それだけでも、その仕事の意味や達成感は変わってくるはずだ。

そして「貢献」。

自分の仕事が最終的に誰の役に立ったのかが見える仕事ほど、やりがいを感じやすい。

これも、自分自身の現在の仕事について改めて考えてみたいと思った。

幸福を増やす前に「悪」を取り除く

一方で、良い条件を増やすだけでは十分ではない。

本書では、仕事の幸福を大きく損なう要素を取り除くことの重要性も指摘している。

長時間労働。

不規則な勤務。

仕事とプライベートの境界がなくなること。

長時間の通勤。

仕事内容や指示が曖昧なこと。

そして、失敗したり質問したりすると馬鹿にされるような、心理的安全性の低い職場。

人間は良い出来事よりも悪い出来事の影響を強く受けやすい。

だから、

「もっとやりがいを増やそう」

と考える前に、

「自分の仕事の幸福を壊しているものは何だろう」

と考えることも必要になる。

それでも、人間の「バグ」は判断を歪める

ここまで条件を整理しても、まだ問題が残る。

判断するのは、バイアスを持った自分自身だからだ。

自分が信じたい情報ばかり集めてしまう「確証バイアス」。

最初に見た数字などに判断が引っ張られる「アンカリング」。

同じ情報を何度も聞くと本当のように感じる「真実性の錯覚」。

一つの要素に注目すると、それが実際以上に重要だと思ってしまう「フォーカシング効果」。

すでに時間やお金を使ったために、間違った選択から撤退できなくなる「サンクコスト」。

さらに、自分にとって気持ちのいい情報を信じたくなる感情のバイアス。

これだけの「バグ」があるのだから、

「自分の直感を信じればいい」

では、なかなかうまくいかない。

バグをなくすのではなく「バグがある前提」で考える

ここで本書のさまざまな意思決定法がつながってきた。

目的は、バイアスを完全になくすことではない。

そもそも人間である以上、それは難しい。

そうではなく、

「自分の判断はどこかで歪む」

という前提で、歪みに気づくための仕組みを用意する。

例えば、二択だけで考えず、第三、第四の選択肢を作る。

プロコン分析やマトリックス分析、ヒエラルキー分析を使って、自分が何を重視しているのかを可視化する。

感覚だけで決めず、あらかじめ意思決定の手順を決めておく。

自分の判断力を鍛えるというより、

「自分の判断力を過信しない仕組みを作る」。

この考え方は、仕事選びに限らず使えそうだ。

10分後、10か月後、10年後の自分はどう思うか

バイアスから距離を取る方法の一つが「10・10・10テスト」。

何かを決めるとき、

「この選択をしたら10分後にどう感じるか」

「10か月後はどう感じるか」

「10年後はどう感じるか」

と考えてみる。

目の前の感情だけで判断せず、時間軸を動かして自分を見る。

大きな意思決定をするときには、かなり使えそうだ。

「3年後、この選択は大失敗していた」と考える

もう一つ面白かったのが「プレモータム」。

意思決定をする前に、

「3年後、この選択は完全に失敗していた」

と仮定する。

そして、

「なぜ失敗したのか?」

を考える。

転職であれば、

思ったより裁量がなかった。

上司と合わなかった。

通勤が負担になった。

家族との時間が減った。

給料は増えたけれど、仕事に意味を感じられなかった。

など。

成功する理由ばかり探すのではなく、あえて「失敗する理由」を先に考える。

そうすれば、今の自分が見落としているリスクに気づきやすくなる。

「自分」を他人として見てみる

さらに面白かったのが、自分の意思決定を3人称で記録する方法だった。

例えば、

「私はAという判断をした」

ではなく、

「彼は今日、Aという判断をした」

と書いてみる。

そのうえで、

何を決めたのか。

なぜそう決めたのか。

どんな情報を使ったのか。

どんな結果を期待しているのか。

その判断についてどんな感情を持ったのか。

を記録する。

こうすると、自分の問題から少し距離を取ることができる。

さらに記録を続ければ、

「自分はネットの口コミを必要以上に信用する」

「数字を見ると他の条件を軽視する」

「最初に気に入った案を正当化する情報ばかり探している」

といった、自分自身の意思決定の癖も見えてくる。

「自己分析」というと、自分の内面をひたすら考えるイメージがある。

しかし、自分が過去に実際にどう判断したのかという「行動の記録」から自分を分析する方が、意外と自分を正確に理解できるのかもしれない。

自分のことは、他人の方が分かっていることもある

本書では、本人による自己評価よりも、友人などによる評価の方が、その人について正確に判断できる場合があるという研究も紹介されていた。

これも面白かった。

「自分のことは自分が一番分かっている」

と思いがちだが、それ自体が怪しい。

だから仕事選びでも、一人で考え続けるのではなく、他人から自分がどう見えているのかを聞く。

その際には、

「自分ってどんな仕事に向いていると思う?」

と漠然と聞くのではなく、

「自分は新しいことに挑戦する方だと思う?」

「細かなミスに気づく方だと思う?」

といった、具体的な質問をする。

自分を客観視するための仕組みとして使えそうだ。

転職する前に「今の仕事」を変えられないか

そして今回、最も実際にやってみたいと思ったのが「ジョブ・クラフティング」だった。

今の職場に大きな不満はない。

でも、

「このままでいいのだろうか」

と思うことはある。

そんなとき、すぐに別の仕事を探すのではなく、

「今の仕事を、自分にとってもっと意味のある仕事に作り変えられないか」

と考える。

「石を積んでいる」のか、「大聖堂を造っている」のか

ジョブ・クラフティングを象徴する話として、大聖堂建築の話が紹介されていた。

同じ作業をしていても、

「石を積んでいる」

と考える人と、

「美しい大聖堂を造っている」

と考える人がいる。

作業そのものは同じでも、その仕事をどう捉えているかはまったく違う。

日々の仕事も同じなのだと思う。

自分の1日の仕事を「スケッチ」してみる

ジョブ・クラフティングでは、まず現在の仕事をブロックに分けて書き出す。

時間とエネルギーをたくさん使っている仕事は大きなブロックにする。

少ししか使っていない仕事は小さくする。

そして、仕事全体を100%として、自分が何にどのくらい時間とエネルギーを使っているのかを見る。

これは、自分でもぜひやってみたい。

自分は1日の仕事の中で、何に一番力を使っているのか。

その仕事は、組織にどんな貢献をもたらしているのか。

そして、一つひとつの仕事を積み重ねた先に、自分は最終的に何を実現しようとしているのか。

普段は目の前の仕事を処理することに追われてしまい、こうしたことを改めて考える機会は意外と少ない。

「課題」「関係性」「認知」を変える

ジョブ・クラフティングでは、現在の仕事を大きく3方向から見直していく。

「課題クラフティング」は、今やっている仕事の内容や責任の範囲を捉え直すこと。

「関係性クラフティング」は、同僚、上司、部下、クライアントなど、仕事を通じた人との関係を見直すこと。

「認知クラフティング」は、「自分は何のためにこの仕事をしているのか」という仕事そのものの見方を変えること。

そして最後には、

「次の1週間で何をするか」

「次の1か月で何をするか」

「誰に協力してもらうか」

「どんな障害が起こりそうか」

「その障害をどう乗り越えるか」

までアクションプランに落とし込む。

単に「今の仕事を好きになろう」という精神論ではなく、かなり実践的な方法だった。

「適職」は見つけるものではなく、作っていくものなのかもしれない

本書を読む前は、「適職」という言葉から、

「自分にぴったり合う仕事が、どこかに存在している」

というイメージを持っていた。

しかし、読み終えた今は少し違う。

好きなことだから適職とは限らない。

給料が高いから幸せとも限らない。

性格診断で向いていると言われた仕事が、自分を幸せにしてくれるとも限らない。

それよりも、

どのくらい裁量があるのか。

前に進んでいる実感を持てるか。

仕事の目的や評価基準は明確か。

いろいろな能力を使えるか。

一緒に働く仲間はいるか。

自分の仕事が誰かの役に立っていると感じられるか。

そうした「働き方の条件」を考えた方がいい。

そして、今の仕事に大きな問題がないのであれば、その仕事を自分に合う形へ少しずつ作り変えることもできる。

キャリアは計画しすぎなくてもいい

最後にもう一つ、印象に残った考え方がある。

人生は予測できない出来事の連続なので、キャリアを何十年先まで細かく決めすぎる必要はないということ。

大きな方向性を決めたら、その後に起きる偶然や思いがけない出来事に対応しながら、その都度判断していけばいい。

これは、自分にはとてもしっくりきた。

完璧なキャリアプランを作るのでもない。

どこかにある「本当の適職」を追い続けるのでもない。

目の前に選択肢が現れたときには、できるだけ丁寧に考える。

自分の直感を過信せず、データを見る。

自分の脳には「バグ」があることを忘れない。

自分に都合のいい情報ばかり集めていないか疑う。

第三者の意見も聞く。

失敗した未来も想像する。

そして、転職する前に今の仕事を変えられないかも考えてみる。

そこまでやったら、未来を完全にコントロールしようとはしない。

「人事を尽くして天命を待つ」。

仕事やキャリアとの付き合い方は、結局このくらいがちょうどいいのかもしれない。

読み終えて、まずやってみたいこと

今すぐ転職するつもりはない。

だからこそ、まずはジョブ・クラフティングの「ビフォー・スケッチ」を一度やってみたいと思う。

自分は1日の仕事の中で、何に時間とエネルギーを使っているのか。

その仕事は誰の役に立っているのか。

組織にどんな変化をもたらしているのか。

そして、その仕事の積み重ねは、自分が仕事を通じて実現したい大きな目的につながっているのか。

さらに、子どもの頃に建築士になりたかった自分のように、「好き」と「向いている」を混同しているものが、今の自分にもないだろうか。

自分自身のことだからこそ、自分だけでは分からない。

しかも、その判断をする自分の脳には、さまざまな「バグ」がある。

そう考えると、「適職を見つける」というより、

「自分が幸せに働ける条件を知り、今の仕事をその方向へ少しずつ作り変えていく」

という方が、自分にはしっくりくる。

この本をきっかけに、一度、自分の仕事を分解して、自分にとっての「適職」とは何なのかを改めて振り返ってみようと思う。

 

 

今回手に取ったのは、堀田秀吾さんの『科学的に証明された すごい習慣大百科』。

この本を読もうと思った理由は、今の自分の「習慣」に、あまり納得がいっていないからだ。

振り返ってみると、どうも自分は欲望に弱い。

タバコをやめたいと思いながら、寝る前に毎日1本吸ってしまう。
もう少し穏やかでいたいと思いながら、感情的になってしまうこともある。
ダイエットしたいと思いながら、目の前に甘いものがあると手が伸びてしまう。

「やめた方がいい」「こうした方がいい」ということは、自分でも分かっている。

それでも、なかなか変えられない。

これから年齢を重ねていけば、体力も少しずつ落ちていく。今のうちにしっかりとした習慣を身につけておかなければ、将来の健康だけでなく、人生を楽しめる時間まで短くしてしまうような気がする。

だから今、自分の「OS」ともいえる習慣を、一度アップデートしてみたい。

そんな気持ちでこの本を読み始めた。

意志が弱いのではなく、「仕組み」を変える

この本を読みながら一番感じたのは、

「自分を変える=強い意志を持つ」

ではないということだった。

むしろ、意志の力だけに頼らず、自然と望ましい行動を取れるように環境や行動を少し変えていく。

そのための小さな方法が、この本にはたくさん紹介されている。

例えば、新しい習慣を身につけたいなら、すでに習慣になっている行動にくっつける。

「朝、コーヒーを飲みながら英単語を5つ覚える」

というように、「何をするか」だけでなく「いつもの何にくっつけるか」を決めておく。

仕事も長時間頑張り続けるのではなく、25分程度で休憩を挟む。あえてキリの悪いところで仕事を終えて、未完了の状態を残しておくと、次に再開しやすくなる。

そして、何もしないで「ぼーっとする時間」もつくる。

隙間時間ができると、すぐスマホを手に取ってしまう自分には、これは結構重要かもしれない。

悪い習慣には「我慢」ではなく別の行動を用意する

特に自分に使えそうだと思ったのが、「イフ・ゼン・プランニング」。

「もし○○したくなったら、△△する」

と、あらかじめ行動を決めておく。

例えば、

「タバコを吸いたくなったら、まず水を一杯飲む」

と決めておく。

「吸ってはいけない」と我慢するだけではなく、欲求が出た瞬間に別の行動を差し込む。

甘いものを食べたくなったときも同じだろう。

この本では、食欲を抑えるためのちょっと変わった方法として、額を軽くたたくことや、少し小さな皿を使うことなども紹介されている。

どれが自分に合うかは試してみないと分からない。

ただ、「自制心をもっと強くしなければ」と考えるより、

「欲望が出たとき、自動的に何をするか」

を先に決めてしまう方が、自分には合っている気がする。

「やるぞ!」より「やれるかな?」

意外だったのが、自分への声のかけ方。

何かを始めるとき、

「よし、やるぞ!」

と自分を奮い立たせるより、

「これ、やれるかな?」

と疑問形で自分に問いかけた方が、うまくいく場合があるという。

問いかけられると、脳は、

「どうやったらできるだろう?」

と方法を考え始める。

これは仕事にも使えそうだ。

気合いを入れるよりも、

「どうすればできる?」

と自分に問いかける。

精神論から、具体的な方法を考えるモードへ切り替えるということなのだと思う。

感情的になったら「発散」しない

もう一つ、今の自分に必要だと思ったのが、怒りへの対処法。

腹が立ったときに物に当たったり、誰かに八つ当たりしたりして「発散」しても、怒りが消えるとは限らない。むしろ怒りを長引かせることもあるという。

本書には、感情との距離を取るための小さな方法がいくつも出てくる。

視線を上げる。
手を洗う。
不安や感情を紙に書き出す。
嫌な出来事を別の角度から捉え直す。
そして、自分自身を第三者のように眺める。

例えば、

「私は今、ものすごく腹が立っている」

ではなく、

「彼はいま腹を立てている。なぜこんなに腹が立っているのだろう?」

と考えてみる。

自分の感情の真ん中にいる状態から、一歩外に出て自分を見る。

感情そのものをなくすのではなく、感情と自分との間に少し距離をつくる。

これはぜひ身につけたい。

運動は「運動」だけに効くわけではない

運動についての話も興味深かった。

本書では、運動習慣がストレスや食生活など、生活のさまざまな行動と関連する研究が紹介されている。

つまり、

「健康のために運動する」

だけではない。

一つの良い習慣が、別の良い習慣につながっていく可能性がある。

反対に、悪い習慣も連鎖していく。

だからこそ、生活全体を一度に変えようとするのではなく、まず一つ、生活の中心になる良い習慣をつくる。

その候補として運動はかなり有力だと思った。

自然の中で、何もしない時間をつくる

森林浴についての話も印象に残った。

本書では、20~30分ほど自然を感じられる場所で過ごすこととストレス軽減との関連や、自然の中で長く過ごすことと問題解決能力との関連を示した研究が紹介されている。

忙しければ、机の上に小さな観葉植物を置くだけでもいいという。

これは、「ぼーっとする時間をつくる」という話とも組み合わせられそうだ。

20~30分、スマホを見ない。

何かを勉強するわけでもない。
SNSもニュースも見ない。
ただ自然の中にいる。

常に情報を取り込んでいる今の生活では、こういう「何もしない時間」こそ、意識して確保しなければなくなってしまう。

「半歩先」の新しいことをやる

新しいことに触れると、脳は新たな報酬の可能性に反応するという話も面白かった。

ただし、いきなり大きなことに挑戦する必要はない。

印象に残ったのは、

「半歩先にある新しいこと」

という感覚。

いつもと違う道を歩く。
普段読まない本を読む。
行ったことのない店に入る。
新しい仕事のやり方を一つだけ試してみる。

人生を変えるような大挑戦ではなくていい。

日常から「半歩」だけ外へ出る。

これは年齢を重ねるほど意識しておきたい。

「最高」を探し続けない

そして、自分に結構刺さったのが「マキシマイザー」と「サティスファイサー」の話。

常に最高の結果を求めるのがマキシマイザー。

それに対して、

「自分にとって、このくらいなら十分」

という基準を持つのがサティスファイサー。

仕事でも買い物でも、

「もっといい方法があるのではないか」

と考え始めるとキリがない。

最高を目指すこと自体が悪いわけではない。でも、すべてに最高を求めれば、時間も気力もなくなってしまう。

「これで十分」

と自分で線を引く。

これは妥協というより、自分なりの満足基準を持つということなのだろう。

仕事を抱え込みすぎないためにも、覚えておきたい考え方だった。

「運がいい」と思って生きる

「自分は運がいい」と思うことについても触れられていた。

もちろん、「運がいい」と念じれば超常的に幸運が舞い込んでくる、という話ではない。

「自分は運がいい」と捉えることで、物事の見方や行動が変わり、チャンスに気づきやすくなる可能性がある。

同じ出来事でも、

「ついていない」

と捉えるか、

「ここから何か得られるかもしれない」

と捉えるか。

その解釈が次の行動を変え、結果としてその後の人生も変わっていく。

そう考えると、「運がいいと思う」というのも、一つの習慣なのかもしれない。

誰かの幸せを願い、祈る

意外だったのが、「誰かの幸せを願う」「祈る」という習慣。

本書では、他者を思いやる行動や祈りと、本人の幸福感や心の安定との関連を示す研究が紹介されている。

もちろん、祈れば病気にならない、願えば何でも叶う、という話ではない。

自分以外の誰かを思い、その人の幸せを願う。

それ自体が、自分の心のあり方にも影響するということなのだろう。

週に1回くらい、神社に行って大切な人のことを思いながら手を合わせる。

そんな習慣なら取り入れてみてもいい。

自分の願いを叶えてもらうためだけではなく、「誰かのことを思う時間」としてのお参り。

少しやってみたいと思った。

最後は「自分で決める」

そして、この本の中でも特に大切にしたいと思ったのが「自己決定」。

本書では、自分で人生の選択をしているという感覚と幸福度との関連について紹介されている。

どれだけ自分にとってプラスになることでも、

「これをやりなさい」

と強制されれば、やりたくなくなる。

いわゆる「リアクタンス」だ。

逆に、

「これは自分で選んだ」

と思えれば、その結果に責任も持てるし、頑張る理由も生まれる。

これは仕事にも当てはまると思う。

部下に対して細かく、

「こうしなさい」

と指示するより、目的と条件を共有して、本人が考えて決める余地を残す。

「上司にやらされた仕事」から「自分で選択した仕事」に変われば、仕事への向き合い方も変わってくるのではないか。

自分のOSを、少しずつ書き換える

この本を読む前は、

「悪い習慣をやめなければ」

という気持ちが強かった。

でも、読み終えて少し考え方が変わった。

悪い習慣を意志の力で一つずつ潰していくというより、

「良い行動が自然に起きる仕組みをつくる」

と考えた方がいい。

そして、いきなり完璧な人間になろうとしない。

今回、まずやってみたいと思ったのは次のようなことだ。

  • タバコを吸いたくなったら、まず水を一杯飲む

  • 感情的になったら、手を洗う、書き出す、第三者のように自分を見る

  • 運動を生活の軸になる習慣にする

  • 20~30分、スマホから離れて自然の中でぼーっとする

  • 「半歩先」の新しいことを日常に入れる

  • 何でも最高を求めず、「これで十分」という基準を持つ

  • 週に1回、大切な人のことを思って祈る

  • 「やらされている」ではなく、「自分で選んだ」と考える

全部を一気にやろうとすれば、それ自体が続かない気もする。

だから、これも「半歩」でいい。

考えてみれば、習慣とは毎日繰り返している小さな選択の集積なのだと思う。

年齢を重ねることは止められない。

でも、そのときの自分をつくっている「OS」は、今からでも少しずつアップデートできる。

健康でいたい。
できるだけ穏やかでいたい。
仕事も楽しみたい。
家族との時間も楽しみたい。
そして、できるだけ長く人生そのものを楽しみたい。

そのために、まずは自分の意志の弱さを責めることより、「自然とそうしたくなる習慣」を一つずつつくっていこうと思う。

『科学的に証明された すごい習慣大百科』は、そのための小さな選択肢をたくさん与えてくれる一冊だった。

 

 

『もしアドラーが上司だったら』を読みました。

タイトルから、部下との接し方やマネジメントについて書かれた本だと思って読み始めたのですが、読み終えて強く感じたのは、これは職場だけの話ではないということでした。

ちょうどこの本を読んでいた頃、小学6年生の子どもと宿題の教え方をめぐって口論になりました。

子どもが問題を解いているのを見て、考え方が違っていたので「こう考えたらいいよ」と教えたところ、「そんなやり方は学校では習っていない」と言われました。

「じゃあ今から一緒に覚えればいいじゃないか」と言っても、「先生からそんなやり方は聞いていない」。

「だったら、お父さんから聞いたこととして覚えればいいじゃないか」と返すと、「なんでそんなことをしなきゃいけないのか」。

そんなやり取りを繰り返すうちに、こちらも腹が立ってしまい、最後には怒鳴ってしまいました。

今振り返れば、大人気なかったと思います。

そんなタイミングでこの本を読んだからこそ、特に響いたのが「課題の分離」でした。

自分の課題と、相手の課題を分ける

本書で紹介されるアドラー心理学の重要な考え方の一つが「課題の分離」です。

自分が何をするかは自分の課題。

それを相手がどう受け取るかは相手の課題。

子どもとのやり取りを振り返ると、私は「正しい考え方を教えなければ」「理解させなければ」と思いすぎていたのかもしれません。

親である自分にできるのは、必要なことを伝え、求められれば一緒に考え、学べるように支えること。

それをどう受け取り、どう行動するかは子どもの課題です。

相手の課題まで自分の思いどおりにしようとするから、思ったような反応が返ってこないと腹が立つ。

これは子育てだけでなく、職場でも同じだと思いました。

失敗を「なかったこと」にしない

もう一つ、子育てについて考えさせられたのが「結末を体験させる」という考え方です。

例えば、子どもがお弁当を忘れたとき。

親が毎回学校まで届ければ、その場では子どもを助けることができます。

でも、それによって「忘れても誰かが何とかしてくれる」ということを学んでしまうかもしれません。

これまでの自分を振り返ると、「失敗したらかわいそう」という気持ちから、子どもの失敗を先回りしてフォローし、失敗を失敗でなくそうとしてきたところがありました。

でも、成功だけでなく失敗も大切な経験です。

取り返しのつく失敗であれば、失敗そのものを経験し、そこから自分で学ぶことも必要なのだと思います。

「解決してあげる人」ではなく、「自分で解決できるようになるのを支える人」。

子どもの成長とともに、親の役割も変えていかなければならないのだと思いました。

できていない5%ではなく、できている95%を見る

本書で印象に残った言葉があります。

「人の行動の95%はできている。それなのに、たった5%のできていないことにばかり注目すると、やる気がなくなってしまう」

これは職場でも家庭でも耳の痛い話です。

人を見るとき、どうしても「できていないこと」が気になります。

だからこそ意識的に、ネガティブな状況の中にもポジティブな側面を探して捉え直す「リフレーミング」を練習する。

できなかった5%を指摘する前に、できている95%を見る。

これはぜひ意識したいと思いました。

「仕事ができない」と「人間としてダメ」はまったく違う

本書では「機能価値」と「存在価値」を分けて考えます。

言い換えれば、

機能価値=やり方
存在価値=あり方

仕事でうまくいかなかったのは、その仕事において機能を十分に発揮できなかったということ。

それを「自分は人間としてダメだ」と存在価値の否定にまで広げる必要はありません。

これは部下を見るときも同じです。

仕事のやり方を指摘することと、その人自身を否定することは違う。

そして、自分自身についても同じ。

誰にでも弱いところや不完全なところがあります。

それを含めて自分を認める「自己受容」が大切です。

本書に出てきた、

「失敗する勇気」
「誤りを認める勇気」
「不完全である勇気」

という考え方が印象に残りました。

他人を勇気づける前に、自分を勇気づける

部下を勇気づけようとすると、まず相手の良いところを探そうと考えます。

でも、その前に必要なのは自分自身への勇気づけ。

自分のできていない5%ばかりを見ている人が、他人のできている95%を見続けるのは難しい。

まず自分の良いところにも目を向ける。

自ら勇気を持つことが、他者を勇気づける出発点になる。

そして相手を勇気づけることで、自分もまた勇気づけられる。

「勇気は循環する」という考え方が心に残りました。

反対意見には「共感→提案」

仕事ですぐ実践できそうなのが、意見が違う相手への接し方です。

いきなり、

「反論→自分の意見」

と進めてしまうと、その後どれだけ論理的に説明しても、相手には「自分の意見を否定された」という感覚が残りやすい。

そこで、

「共感→提案」

という順番にする。

ここでいう共感は、同意することではありません。

「そう考える理由は分かる」

と一度相手の考えを受け止めてから、

「そのうえで、こういう方法はどうだろう」

と提案する。

「同意はしない。でも共感はする」。

部下との会話だけでなく、いろいろな人とのコミュニケーションで覚えておきたい考え方です。

「自分でやった方が早い」を手放す

そして今回、仕事の面で一番自分に刺さったのが「任せる」ということでした。

私はいまだに、

「自分でやった方が早い」

と思って、自分で仕事を抱えてしまうところがあります。

確かに、その仕事だけを見れば自分でやった方が早いかもしれません。

でも、それを続けていれば部下はいつまでも経験できません。そして、自分自身もいつまでも同じ仕事を抱え続けることになります。

任せるとは丸投げすることではありません。

自由と権限を与え、その代わりに責任も持ってもらう。

そして、その自発的な経験から学んでもらう。

部下が失敗しそうになったとき、上司がすべて先回りして修正すれば、子どもの忘れ物を毎回親が届けるのと同じことになるのかもしれません。

もちろん、組織に重大な損害を与えるような失敗は防ぐ必要があります。

でも、取り返しのつく失敗まで奪わない。

成功体験も失敗体験も、本人にとっては大切な学びです。

これからは自分がすべてやるのではなく、ある程度は部下に任せる。

そのうえで、任せた仕事を完遂できるようサポートし、勇気づけながら成長を促す。

「任せる」ということは、部下だけでなく上司自身が成長する機会でもあるのだと思いました。

役職に上下はあっても、人間の価値に上下はない

本書には、勇気のある人は部下や後輩だけでなく、上司や先輩に対しても一人の人間として接し、できるだけ上下を持ち込まない、という趣旨の話も出てきます。

仕事上、上司と部下には役割の違いがあります。

責任や権限も違います。

でも、それは人間としての価値に上下があるということではありません。

役割は違っても、人間としては対等。

これも「機能価値と存在価値を分ける」という考え方につながっているように思います。

迷ったときは「より大きな共同体」で考える

もう一つ覚えておきたいのが「共同体感覚」です。

何かの選択に迷ったとき、

「より大きな共同体が利益を得られるのはどちらか」

と考える。

個人より組織、組織より地域というように、自分から少しずつ視点を広げてみる。

「自分がどう評価されるか」だけではなく、

「誰かの役に立てているか」
「誰かを喜ばせることができたか」

へと視線を移していく。

仕事上の意思決定だけでなく、日常生活でも使えそうな判断軸だと思いました。

問題行動だけを見るのではなく、その背景を見る

本書では、勇気をくじかれた人の行動が、

「注目を集める」
↓
「権力闘争」
↓
「復讐」
↓
「無能力の誇示」

と進んでいく考え方も紹介されています。

職場で反抗的な態度を取る人や、感情的になっている人を見ると、どうしてもその行動自体に目が向きます。

でも、

「なぜ、この人はこんな行動をしているのだろう」

と考えてみる。

問題行動を容認するという意味ではありません。

その背景に「勇気を失っている状態」があるかもしれないという視点を持ち、できるだけ早い段階で勇気づける。

互いに勇気づけられる関係ができれば、職場の心理的安全性や助け合う風土にもつながっていくのだと思います。

「解決する人」から「成長を支える人」へ

この本を読んで一番考えさせられたのは、家庭でも職場でも、自分の役割が少しずつ変わってきているということでした。

これまでは、

「自分がやる」
「自分が教える」
「自分が間違いを直す」
「自分が解決する」

ということが自分の役割だと思っていたところがあります。

でも、小学6年生になった子どもに対しても、成長していく部下に対しても、これから必要なのは少し違うのかもしれません。

任せる。

見守る。

失敗する機会まで奪わない。

必要なときには支える。

そして、できていることに目を向けて勇気づける。

子どもの宿題で怒鳴ってしまった自分を振り返ると、まだまだできていないことは多いです。

でも、それこそ「できていない5%」だけに目を向けるのではなく、自分自身も不完全であることを受け入れながら、少しずつ変えていけばいいのだと思います。

「部下をどう変えるか」ではなく、「自分がどう関わるか」。

「子どもをどう動かすか」ではなく、「親としてどう支えるか」。

家庭でも仕事でも、自分の役割が変わりつつある今のタイミングでこの本を手に取れたことは、とても有意義でした。

まずは「自分でやった方が早い」を少し手放すこと。

そして、できていないところを指摘する前に、できているところを見ること。

そこから実践してみようと思います。



今回読んだのは『Tarzan特別編集 セルフケアの大正解 血圧・血糖値・コレステロール』。

この本を手に取った理由は、自分の血圧です。

現在、上の血圧が平均170mmHgくらいあります。必要な治療は受けながらも、薬だけに頼るのではなく、食生活や運動、生活習慣から改善できることもあるのではないかと思い、読んでみました。

特に印象に残った内容と、実践したいことを記録しておきます。


【血圧対策は食べ方から】

本書では、血圧対策として次のような食品や食べ方が紹介されていました。

・皮付きピーナッツを20粒
・サラダにレモン汁
・納豆にはタレではなく酢
・イカやタコでタンパク質を摂る
・アボカド、バナナ、メロン、キウイなどでカリウムを摂る
・カカオ70%以上のハイカカオチョコレート
・高知ナス
・杜仲茶やGABA茶
・100%ブドウジュース
・甘酒

全部を取り入れる必要はありません。

自分としては「何かを追加する」より、普段の食べ方を変える方法が続けやすそうです。


【減塩は「我慢」より「置き換え」】

例えば、

・醤油は「かける」より「つける」
・餃子は「酢+胡椒」
・枝豆には塩を振らない
・納豆のタレを減らして酢を使う

といった方法。

また、和食だから塩分が少ないとは限りません。

味噌汁、干物、漬物などが重なると塩分量は多くなります。そばも、つゆの塩分には注意が必要です。

「健康そうな料理」というイメージだけで判断しないことが大切だと思いました。


【血糖値対策は「甘いもの」だけではない】

血糖値について印象に残ったのは、砂糖だけでなく果糖やデンプンにも注意するということ。

本書では、

・砂糖入り飲料
・清涼飲料水
・エナジードリンク
・果物ジュース
・果物入り野菜ジュース
・洋菓子

などの摂りすぎに注意するよう紹介されています。

さらに、ご飯、パン、麺、ジャガイモなどに多く含まれるデンプンにも注意。

「お菓子を食べていないから大丈夫」ではなく、主食を含めた糖質全体を見る必要があります。

本書では、主食を摂りすぎている場合、ご飯やパン、麺を半分程度にする方法も紹介されていました。


【食べる順番も変える】

今回、特に実践してみたいのが「カーボラスト」です。

ご飯やパン、麺などの糖質を最初に食べず、食事の後半に回します。

本書では「オイルファースト」という考え方も紹介されていました。

そして、早食いを避け、よく噛む。

つまり、

「何を食べるか」

だけではなく、

「どの順番で、どのくらいの速さで食べるか」

まで意識するということです。


【食事以外の血圧対策】

生活習慣では、次のような方法が紹介されていました。

・熱い風呂を避け、ぬるめにする
・入浴前後に水分を摂る
・身体を締め付けない服を選ぶ
・階段を急いで駆け上がらない
・昼寝は30分以内
・丸めたタオルを握る「タオルグリップ」を行う
・ラベンダーなど好きな香りを取り入れる
・「合谷」というツボを押す
・便秘を防ぎ、排便時に強くいきまない

このあたりは医学的根拠の強さもそれぞれ異なると思うので、「本書で紹介されていたTips」として記録しておきます。


【まず実践する10項目】

全部をやろうとすると続かないので、まずは以下を意識します。

①納豆のタレを減らして酢を使う
②醤油は「かける」から「つける」へ
③餃子は酢+胡椒
④甘い飲料や果汁ジュースを減らす
⑤ご飯・パン・麺を食べすぎない
⑥糖質を食事の後半にする
⑦早食いをせず、よく噛む
⑧熱すぎる風呂を避ける
⑨昼寝は30分以内
⑩無理のない範囲で身体を動かす


【この本を読んで感じたこと】

今回、一番印象に残ったのは、

「健康のために何かを増やすだけでなく、普段の習慣を少し置き換える」

という考え方です。

納豆のタレを酢にする。

醤油をかけずにつける。

甘い飲み物を減らす。

ご飯の量や食べる順番を変える。

一つ一つは小さな変化ですが、毎日のことだからこそ続ける意味があると思います。

自分の場合、上の血圧が170mmHg前後とかなり高いので、セルフケアだけで何とかしようとは考えず、医療機関での治療と生活習慣の改善を両方進めます。

そして、数か月後に血圧がどう変化しているのかも記録してみようと思います。


※この記事は『Tarzan特別編集 セルフケアの大正解 血圧・血糖値・コレステロール』を読んだ個人的な読書ログです。本書で紹介されている方法には、医学的根拠の強さが異なるものも含まれます。治療や服薬については自己判断で変更せず、医師等の指示を優先してください。


『Tarzan特別編集

 

 

増補版』を読んで――「休む」だけではない疲労対策
 

最近、疲れをどう取るか、というよりも「そもそも疲れにくい状態をどうつくるか」に関心がある。

そんな視点で読んだのが『Tarzan特別編集 疲れ対策の新常識 増補版』。

疲労というと、

「よく寝る」
「身体を休める」
「栄養のあるものを食べる」

くらいのイメージだったが、この本では、呼吸、食事、運動、視覚、住環境、仕事の進め方など、かなり幅広い観点から疲労対策が紹介されていた。

全部を実践する必要はないと思うが、「これはやってみたい」と思ったものがかなりあったので、備忘録として残しておく。


選択肢を減らすだけでも、脳は疲れにくくなる

最初に面白かったのが、

「選択肢が多ければ多いほど、脳には精神的なストレスがたまる」

という話。

服を選ぶ。昼食を選ぶ。何から仕事をするかを考える。

一つ一つは大したことではなくても、毎日大量の選択を繰り返している。

そこで、重要ではないものについては、あらかじめ選択肢を減らしてしまう。

例えば、

「仕事の服は白いYシャツ」
「昼食はそば」

と決めてしまう。

毎日の小さな判断を減らすことも、疲労をためないための一つの方法らしい。

これは仕事にも応用できそうだ。

朝一番にToDoリストを作り、あれもこれも同時にやろうとせず、一つずつ処理する。

頭の中にすべてを置いておかないというだけでも、脳の負担は減りそうだ。


「疲労」と「疲労感」は違う

これも覚えておきたい。

疲労と疲労感は、必ずしも一致しない。

本書では、

疲労=活動能力の低下

疲労感=疲労が存在することを自覚する感覚

と整理されている。

つまり、「疲れた感じがしないから大丈夫」とは限らない。

忙しいときほど疲労感を無視して動けてしまうこともあるので、自分の感覚だけで判断しないことも必要なのだと思う。


休養には7つの方法がある

今回、一番覚えておきたいと思ったのが「休養の7モデル」。

休養というと、寝る、横になる、何もしない、と考えていたが、それだけではない。

本書では休養を大きく3種類、7つのモデルに分けている。

【生理的休養】

①休息型
睡眠や休憩などで心身を休ませる。

②運動型
ストレッチなどの軽い運動を行う。

③栄養型
消化吸収のよい食事をする。

【心理的休養】

④親交型
人やペットと触れ合う。

⑤娯楽型
好きな趣味や活動を楽しむ。

⑥造形・創造型
料理、絵、日曜大工など、何かを作る。

【社会的休養】

⑦転換型
買い物、食事、旅行、部屋の模様替えなどで環境を変える。

疲れたときに必ずしも「何もしない」のが正解ではない。

例えば仕事で頭が疲れているなら、家に帰って筋トレをしたり、料理をしたりすることも休養になる。

「何をすれば休めるか」ではなく、

「今の自分には、どの種類の休養が不足しているのか」

と考える方がよさそうだ。


スタンフォード式「IPA呼吸法」

身体の疲労対策として、実際に試してみたいと思ったのがIPA呼吸法。

IPAはIntra Abdominal Pressure、腹腔内圧(腹圧)のこと。

空のペットボトルは外から押すと簡単につぶれるが、中身が詰まったペットボトルはつぶれにくい。

身体も同様に、腹圧を高めて体幹を安定させることで、身体の動きの無駄が減り、疲労軽減につながるという考え方だ。

ポイントは、

「息を吐くときにも、お腹を膨らませた状態を保つ」

こと。

やり方は、

①仰向けになって両膝を立てる
②両手を肋骨の一番下に置く
③5秒かけて鼻から大きく息を吸う
④横隔膜を下げるイメージでお腹を膨らませる
⑤腹圧をできるだけ維持する
⑥肋骨下部を引き下げるように意識する
⑦5~7秒かけて口からゆっくり吐く
⑧6セット行う

反り腰の改善にも使われる方法として紹介されていた。


視野を広げて歩く「パノラマビジョンウォーキング」

ストレスがかかると、人間は無意識に視野が狭くなるという。

そこで、

「意識的に視野を広げながら歩く」。

遠くを見たり、左右の風景まで含めてパノラマのように眺めたりする。

開けた景色を見ながら歩くことで、脳をリラックスさせるというもの。

特別な時間を作らなくても、通勤や散歩で試せるのがいい。


「整いすぎた部屋」も脳には疲れる?

住環境の話で興味深かったのが「ピンクノイズ」と「1/fゆらぎ」。

一定の規則性の中に少しだけ不規則性がある状態が、人間に心地よさを与えるという。

焚き火、風、自然光、空気の対流など、自然界にはこうした「ゆらぎ」がある。

部屋も同じらしい。

物があふれた部屋では情報量が多すぎて脳が疲れる。

一方で、徹底的に物を排除した生活感ゼロの空間も、ゆらぎが少なすぎる。

基本的には整理されているけれど、

アート
雑貨
観葉植物
手仕事の器

などがある。

「整っているけれど、少し不均一」というくらいがよいようだ。

これはインテリアを考える上でも面白い視点だった。

窓を開けて風を入れる。自然光を取り入れる。観葉植物を置く。

そんな簡単なことも疲労対策になる。


デジタルだけではなく、紙の本を読む

本書では、デジタル媒体を見ることによる脳への負担についても触れられていた。

本を読むのであれば、紙の本を選ぶ。

均一なデジタル情報だけではなく、自然物や手仕事のものを身近に置く。

職人が作った器なども、土や焼き加減によって一つずつ微妙に表情が異なる。

そうした「完全には均一ではないもの」が持つゆらぎを生活に取り入れるという発想は面白かった。


食事から疲労を考える

食事については、糖化や慢性的な炎症をできるだけ避けるという考え方が紹介されていた。

具体的には、

白く精製されたものより、

玄米
雑穀米
全粒粉パン
粗挽きのそば

などを選ぶ。

調理方法も、

ステーキよりしゃぶしゃぶ

魚ならフライや天ぷらより刺身

といったように、高温調理に偏らない。

また、超加工食品を摂りすぎないことも意識したい。

健康のためにサプリメントを大量に摂ることについても、本書は慎重だった。

「健康のためだから多ければ多いほどいい」ではなく、必要最低限にする。

結局、特別なものを大量に追加するより、普段の食事を整えることが基本なのだと思う。


お酒を飲むなら、つまみはさっぱりしたものに

これもすぐ実践できそう。

飲酒中は肝臓がアルコールの代謝を行っている。

そこに脂っこい食事まで大量に入れるのではなく、

青菜のおひたし
冷奴

など、さっぱりしたものを選ぶ。

お酒をやめる、ではなく、「飲むならどう負担を減らすか」という発想なので取り入れやすい。


40℃のお風呂に20分

身体にはストレスによるダメージから回復しようとする仕組みがあり、その一つとして本書で紹介されていたのがHSP(ヒートショックプロテイン)。

そのHSPを増やす方法として、

「40℃程度のお湯に20分間、全身浴する」

という方法が紹介されていた。

疲れたときはシャワーだけで済ませることもあるが、入浴を「回復のための時間」として考えるのもよさそうだ。


凝った筋肉は「伸ばす」のではなく「寄せる」

「マッスルリセッティング」も覚えておきたい。

やり方は非常にシンプル。

①凝りや痛みのある場所を探す

②筋肉を30秒間寄せる

③5秒間ほど優しく揺らす

覚え方は、

「探す → 30秒寄せる → 5秒揺らす」。

一般的なストレッチでは筋肉を伸ばそうとするが、逆に筋肉を寄せて緩めるという発想が面白かった。


パソコン仕事では「遠くを見る」

これは仕事中にすぐできる。

長時間パソコンを見ているときは、こまめに画面から目を離す。

2m程度先を見る。

その後、5m以上先を見る。

近くから遠くへ視線を移す。

眼球だけを動かす。

意識的にしっかりまばたきをする。

デスクワークでは、身体より先に目や脳が疲れていることも多いので、習慣にしたい。


眠れないならベッドから出る

眠れないときに、ベッドの中で「寝なければ」と粘り続けない。

一度ベッドから出て、単純な作業をする。

ただし、自分が大好きな趣味を始めると逆に脳が興奮する。

本書では、レゴのような比較的単純な作業が紹介されていた。

「眠るために頑張らない」というのも大事なのかもしれない。


週末断食という方法

少しハードルは高いが、週末断食も紹介されていた。

いきなり食事を抜くのではなく、土曜日の朝に準備食、日曜日の夜に回復食を入れる。

土曜朝:卵粥+豆腐
土曜昼・夜:プレーン粥+梅干し
日曜朝・昼:プレーン粥+梅干し
日曜夜:卵粥+豆腐

間食は野菜ジュースか海藻スープ。

ポイントは、断食そのものよりも、前後に準備食と回復食を入れて段階的に食事を変えることのようだ。


この本を読んで一番感じたこと

読み終わって感じたのは、

「疲れたら休む」

だけでは、疲労対策としては少し狭いということ。

仕事の進め方を変える。

余計な選択を減らす。

呼吸を変える。

遠くを見る。

身体を動かす。

料理をする。

部屋を整える。

自然光や風を取り入れる。

食事を変える。

お風呂に入る。

つまり、疲労対策とは「疲れを取る技術」であると同時に、

「疲れにくい生活を設計すること」

なのだと思った。

特に残しておきたいのは、「休養の7モデル」。

疲れたから寝る、だけではなく、

「今日はどんな休養が必要なんだろう」

と考えてみる。

身体が疲れているのか。

頭が疲れているのか。

人間関係に疲れているのか。

同じ環境にいることに疲れているのか。

それによって、必要な休み方も変わる。

この本に載っている方法を全部実践するのではなく、自分の生活の中で無理なくできるものを少しずつ試してみたい。

まずは、

「朝にToDoリストを作る」

「仕事中に遠くを見る」

「視野を広げて歩く」

「仕事の後に筋トレや料理をする」

「40℃程度のお風呂にゆっくり入る」

「疲れたときに7つの休養のどれが必要か考える」

あたりから。

疲れてから何とかするのではなく、普段の生活の中に「疲れにくくする仕組み」を入れておく。

この本から一番持ち帰りたいのは、そんな考え方だった。

※本記事は『Tarzan特別編集 疲れ対策の新常識 増補版』を読んだ際の個人的な読書ログです。副腎疲労、サプリメント、断食など医学・栄養に関する記述は、本書で紹介されている内容を記録したものであり、実践に当たっては個々の健康状態や最新の医学的知見を踏まえて判断する必要があります。

 

 

「未来を予測する」のではなく、「今あるもの」から未来をつくる

なぜ、この本を手に取ったのか

この本を手に取ったきっかけは、仕事で関わっているイベントの中で「エフェクチュエーション」という考え方を知ったことだった。

もともとは、優れた起業家が不確実な状況の中でどのように意思決定し、事業を前に進めているのかを体系化したものだという。

ただ、話を聞いていて感じたのは、これは起業家だけのための考え方ではないのではないかということだった。

仕事はもちろん、自分の私生活にもかなり応用できそうだった。

特に共感したのが、**「まず小さく始める」**という考え方。

これは以前から自分自身が何となく大切にしてきたことで、それがエフェクチュエーションという形で整理されていることに納得感があった。

そこで、改めてエフェクチュエーションについて深く知りたいと思い、本書を読むことにした。

DXも「小さく始める」でいいのではないか

仕事でDX支援をしていても、「小さく始める」ことの重要性を感じる。

DXのセオリーとしては、まず企業の方針や目指す姿を整理する。その後、業務を棚卸しし、業務フローを可視化する。そして業務そのものを見直したうえで、必要なデジタルツールを導入する。

確かに正しい。

ただ、これをきちんとやろうとすると、かなりの時間と労力が必要になる。それを進められる人材も必要になる。

そして、この**「正しい手順を踏まなければならない」という発想そのものが、DXがなかなか始まらない理由の一つになっているのではないか**と以前から感じていた。

だったら、目の前にある小さな課題を、まずデジタルで解決してみる。

効果が出れば、次の課題に取り組む。

実際、自分の組織でもこうした進め方を試し、その有効性を感じることがあった。

最初から全体最適を完成させるのではなく、失敗しても大きなダメージにならない範囲で、まずやってみる。

本書を読むと、これは「許容可能な損失」の原則に近い考え方だった。

自宅の外構もエフェクチュエーションだった

これは仕事だけではない。

以前、自宅の外構を全体的にきれいにしたいと思い、業者に見積もりを取ったところ、500万円程度かかることが分かった。

そこで500万円をかけて一気に完成させるのではなく、自分でできるところから少しずつやってみようと考えた。

まず人工芝を敷く。それができたら、次は何かを作ってみる。

やってみると知識が増える。できることも増える。そして、最初には想像していなかった次のアイデアも出てくる。

そもそも外構工事の素人なのだから、最初から完璧な完成形を設計して、そのとおり施工することなど難しい。

今持っている知識や道具でできることから始める。失敗しても困らないくらい小さく試す。そこで得られたものから、次に何をするかを考える。

考えてみれば、これもかなりエフェクチュエーション的だった。


エフェクチュエーションの5つの原則

1.「手中の鳥」の原則

今、自分が持っているものから始める

エフェクチュエーションでは、最初にゴールを決め、そのために必要な資源を集めるのではなく、まず自分の手元にあるものを見る。

基本となるのは、

  • 私は何者か

  • 私は何を知っているか

  • 私は誰を知っているか

という3つ。

そして、**「今あるものを使って何ができるか」**を考える。

印象的だったのが、「ゲーム&ウオッチ」と「ボンカレー」の事例だった。

任天堂のゲーム&ウオッチは、液晶電卓の需要が頭打ちになっていたシャープの技術と任天堂との接点から生まれた。

大塚食品のボンカレーも、大塚グループがすでに持っていた点滴液などの殺菌技術を食品に応用することで開発された。

どちらも、

すでに持っている技術 × 新しい用途

から生まれている。

「何を作りたいか」から必要なものを集めるのではなく、**「今、自分たちが持っているものから何ができるか」**を考える。

この発想は、スタートアップ支援でも使えると思った。

「何をやりたいですか」と聞く前に、

あなたは何者で、何を知っていて、誰を知っているのか。

そこから考えてみる。


2.「許容可能な損失」の原則

本当に必要な資源はどれくらいか

この本の中でも、自分が特に共感した原則。

新しいことを始めるとき、「どれくらい儲かりそうか」だけで考えるのではなく、

「失敗したとしても、自分が許容できる損失の範囲か」

を考える。

そして重要なのが、

本当に必要な資源はどれくらいか。

という問い。

最初に投入する資金、人員、時間が大きければ、当然、失敗した場合の損失も大きくなる。

不確実性が高く、やってみなければ分からないのであれば、最初の一歩をできるだけ小さくする。

まずは、新たな資源投入を必要としない行動から着手する。

「やるか、やらないか」ではなく、

「どこまで小さくすれば、とりあえずやってみることができるか」

と考える。

これはDXにも、私生活にも、そのまま使える考え方だと思う。


3.「レモネード」の原則

想定外をチャンスに変える

「レモネードの原則」は、予期せぬ出来事や偶然を避けるのではなく、新しい可能性を生み出す材料として活用するというもの。

大きな成功につながるような幸運な偶然は「セレンディピティ」と呼ばれる。

ただし、偶然が起きただけではセレンディピティにはならない。

偶然に気づき、それを活用する行動を起こして初めて「幸運な偶然」に変わる。

本書では、そのための4つのステップが紹介されていた。

  1. 予期せぬ事態に気づく

  2. 同じ現実に対する見方を変える(リフレーミング)

  3. 予期せぬ事態をきっかけに、手持ちの手段を拡張する

  4. 拡張した手段を使って、新たに何ができるか考える

特に面白いのが「リフレーミング」。

「予定と違う。どう元に戻そう」ではなく、

「この出来事を別の角度から見たら、何か可能性はないか」

と考える。

セレンディピティとは、単なる運の良さではない。

偶然を待つのではなく、起きた偶然を活用する。


4.「クレイジーキルト」の原則

人との相互作用が、想定外の未来をつくる

印象的だったのが、少年時代のスティーブ・ジョブズの話。

12歳だったジョブズは、周波数カウンターを自分で作りたいと思ったものの、必要な部品を入手できなかった。

そこで、ヒューレット・パッカードの創業者が近くに住んでいることを知り、電話帳で電話番号を調べ、直接電話をかけた。

「部品を分けてほしい」と頼んだのである。

偶然本人が電話に出て、部品を提供してくれただけでなく、夏休みにHPで働かないかと誘われた。

その後も関係は続き、やがてApple創業へとつながる人間関係も生まれていった。

多くの人は、

「そんなことを頼むのは図々しい」
「断られるだろう」

と思って、電話をかけないかもしれない。

でも、一本の電話から未来が変わった。

未来が不確実であることは、計画どおりにいかないということでもある。

しかし同時に、

自分が想像していなかった、もっと面白い未来へ進む可能性がある

ということでもある。

人に働きかける。そこで生まれた関係から、また次の可能性を考える。

クレイジーキルトの原則は、人との関係によって未来そのものを作っていく考え方なのだと思う。


5.「飛行機のパイロット」の原則

未来を予測するより、今をコントロールする

コントロール可能な活動に集中し、予測ではなくコントロールによって望ましい成果に帰結させる。

飛行機のパイロットは、事前に設定した航路だけを見て飛んでいるわけではない。

計器の数値、視界、天候などを確認し、

「予定どおり進んでいるのか」
「何か想定外のことが起きていないか」

を察知しながら、自ら操縦桿を握り続ける。

起業家も同じ。

未来に起こることを完璧に予測するのではなく、「今ここ」で自分がコントロールできることに集中する。

行動すれば、新しい情報が得られる。

新しい人に出会う。

想定外のことも起きる。

そして手持ちの手段が増える。

そこから、また次の行動を考える。

未来を「当てる」のではなく、行動によって未来を「つくる」。

この考え方が、5つの原則全体を貫いているように感じた。


「私は誰か」を考える――ワークグラム

5つの原則以外で印象に残ったのが、自己理解のための**「ワークグラム」**だった。

面白いのは、単純に「自分の得意なこと」を棚卸しするものではないこと。

自分が好きではないのに、努力によって得意になった能力やスキルは排除する。

そして、本来の「純粋な喜び」や「関心」の軸だけで自分自身を可視化する。

長く仕事をしていると、本当は好きではないのに、必要に迫られて何度もやった結果、得意になってしまったことがある。

すると周囲からは、

「それが得意なら、それを仕事にすればいい」

と言われる。

でも、「できる」と「好き」は違う。

ワークグラムでは、

自分は何をしているときに純粋に楽しいのか。

を考える。

これは「手中の鳥」の中でも、特に**「私は誰か」**を考える方法として面白かった。


「やりたいこと」が分からなければ、関心軸を探す

関心軸を言語化することは、「そもそも何をやりたいのか分からない」という人にも有効だという。

そのためには、子どもの頃から現在までを振り返る。

  • どんな経験をしてきたか

  • どんなときにワクワクしたか

  • 何に夢中になったか

  • どんなときに悔しかったか

  • 何に強く反応したか

面白いのは、「好き」や「楽しい」だけでなく、「悔しい」も手がかりになること。

なぜ、それほど悔しかったのか。

なぜ、それだけは放っておけなかったのか。

その裏側には、自分が大切にしているものがある。

「これから何をやりたいか」が分からなければ、無理に未来から答えを探さなくてもいい。

これまでの人生で、自分の感情が強く動いた瞬間を拾い直す。

そこから、自分の「関心軸」が見えてくる。

これも「手中の鳥」なのだと思う。


読み終えて

未来を予測できないことは、悪いことではない

この本を読む前、自分がエフェクチュエーションに惹かれたのは「小さく始める」という考え方だった。

読み終えてみると、それだけではなかった。

5つの原則に共通しているのは、「未来は予測できない」ということをネガティブに捉えていないことだと思う。

未来が予測できない。

だから、完璧な計画を作ってから動こうとしない。

今持っているものから始める。
失敗しても大丈夫な範囲で試す。
想定外の出来事が起きたら、それを利用する。
人に働きかけて、新しい可能性をつくる。
そして、自分がコントロールできる「今」に集中する。

この繰り返しで未来を作っていく。

自分が仕事や私生活でやってきた「まず小さくやってみる」という感覚も、この中に位置づけるとかなり整理された。

特に覚えておきたいのは、

「どこまで小さくすれば、とりあえずやってみることができるか」

という問い。

DXでも、新しい事業でも、DIYでも、何かを始めようとすると、つい完成形から逆算して必要なものを考えてしまう。

すると、必要な予算、人材、時間が大きくなり、始めること自体が難しくなる。

そうではなく、

今、自分は何を持っているのか。
その中で何ができるのか。
失敗しても大丈夫な最初の一歩は何か。

から考える。

そして、一歩進めば、最初には持っていなかった経験や知識、人とのつながりが手に入る。それを使って、また次の一歩を考えればいい。

最初からゴールまでの道筋が見えている必要はない。

むしろ、進んだ先で出会う人や偶然によって、最初に想像していたものとは違う未来にたどり着くこともある。

それこそが、未来が不確実であることの面白さなのかもしれない。

この本は「起業家がどう事業をつくるか」を学ぶ本だと思って読み始めたが、読み終えてみると、仕事でも私生活でも、何か新しいことを始めるときの自分なりの行動原則として使えそうな本だった。