『科学的な適職』を読んで――「自分に合う仕事」を探すより、幸せに働ける条件を考える
鈴木祐さんの『科学的な適職』を読んだ。
鈴木祐さんの本は以前にも読んだことがある。
さまざまな研究や論文を引用しながら話が組み立てられていて、「なんとなくそう思う」ではなく、研究データを根拠に説明される。そのため個人的にも納得感を得やすく、今回もタイトルが気になって手に取った。
とはいえ、今すぐ転職を考えているわけではない。
タイトルだけを見ると、転職を考えている人のための本にも見える。
しかし実際に読んでみると、これは転職先を探すためだけの本ではなかった。
むしろ、
「自分は今、どんな働き方をしているのか」
「今の仕事の何に時間とエネルギーを使っているのか」
「自分の仕事は、最終的に誰に、どんな価値を生み出しているのか」
といったことを振り返るうえで、とても役に立つ本だった。
そもそも人間は「仕事選び」が得意ではない
本書の根底にある考え方で、まず面白かったのが、
「そもそも人間の脳は、現代のような仕事選びをするために作られていない」
という話だった。
今では、
「自分に向いている仕事は何だろう」
「好きなことを仕事にした方がいいのか」
「今の会社に残るか、転職するか」
「どの業界なら将来性があるか」
といったことを普通に考える。
しかし、人類の長い歴史から見れば、大量の選択肢の中から自分で職業を選び、さらに「その仕事で幸福になれるか」まで考えるようになったのは、かなり最近のことだという。
つまり現代人は、脳が十分に慣れていない難しい問題を突然与えられていることになる。
人間の脳には「バグ」がある
そこで問題になるのが、本書で繰り返し登場する「バイアス」だった。
人間は、自分では合理的に考えているつもりでも、実際にはさまざまな思い込みや認知の偏りに影響されている。
本書では、こうしたものをコンピューターになぞらえて、脳に組み込まれた「バグ」のようなものとして扱っている。
この表現がとても分かりやすかった。
「好きなことなら、仕事にしても幸せなはず」
「給料が高ければ、今より幸せになるはず」
「自分の性格に合った職業を選べばうまくいくはず」
「成長している業界に行けば安心だろう」
「なんとなく、この会社は自分に合っている気がする」
どれも一見すると、もっともらしい。
ところが本書は、さまざまな研究を紹介しながら、こうした直感的な仕事選びに疑問を投げかけていく。
つまり問題は、
「何を選ぶか」
だけではない。
「その選択をしている自分自身の判断を、どこまで信用していいのか」
というところから考えなければならない。
仕事選びの「7つの大罪」
本書では、仕事選びで陥りやすい考え方を「7つの大罪」として紹介している。
・好きを仕事にする
・給料の多さで選ぶ
・業界や職種で選ぶ
・仕事の楽さで選ぶ
・性格テストで選ぶ
・直感で選ぶ
・適性に合った仕事を求める
面白いのは、どれも仕事選びでは普通に重視しそうなものばかりだということ。
「好きを仕事にする」は本当に正しいのか
中でも印象に残ったのが、「好きを仕事にする」という考え方だった。
好きなことを仕事にできれば幸せになれる。
自分も何となくそう思っていた。
しかし本書では、最初からその仕事に強い情熱を持っていることが、必ずしも将来の仕事の満足度につながるわけではないと紹介されている。
むしろ、
「なんとなくやっていたら、できることが増えて、だんだん楽しくなってきた」
という形で情熱が後からついてくることもある。
「情熱は後からついてくる」。
これはかなり印象に残った。
建築士になりたかった自分を思い出した
この話を読みながら、子どもの頃のことを思い出した。
自分は小さい頃から、ずっと建築士になりたいと思っていた。
建物を見ることも好きだったし、家の間取りを考えたりするのも好きだった。
ところが最近、自宅でDIYをしようと思っていろいろやってみると、実際の細かな作業はどうも苦手らしい。
一人で黙々と作業すること自体は嫌いではない。
ただ、「建築が好き」ということと、「建築に関わる作業を仕事として毎日続ける」ことは、まったく同じではないのだと改めて感じた。
もちろん、DIYが苦手だから建築士に向いていなかった、という単純な話ではない。
それでも、建築は仕事にせず、趣味として楽しむくらいでよかったのかもしれない。
「好きなこと」と「仕事として自分に合うこと」は違う。
本書を読みながら、その意味を自分の経験からも少し実感できた。
給料が上がれば幸せになるのか
給料についての話も興味深かった。
もちろん、生活するためには一定のお金が必要だし、給料は大切だ。
ただ、本書で紹介されている研究を見ると、収入と仕事の満足度の関係は、私たちが想像するほど大きくないらしい。
さらに人間は、単純に「いくらもらっているか」だけではなく、「周囲と比べてどのくらいもらっているか」にも影響される。
考えてみれば、給料が2倍になったからといって、人生の幸福度まで2倍になるわけではない。
生活がある程度安定した後は、さらに収入を増やすことだけに時間やエネルギーを使うより、家族や友人との時間、健康、趣味などに振り向けた方が、自分にとっては幸せなのかもしれない。
「楽な仕事=幸せ」でもない
これも意外だった。
仕事のストレスは少ないほどいいと思っていたが、必ずしもそうではないらしい。
本書では、適度な負荷やストレスが、仕事への満足感につながる可能性が紹介されている。
印象に残ったのが、バイオリンの弦のたとえ。
弦を張りすぎればいい音は出ない。
しかし、緩めすぎてもいい音は出ない。
適度な張りがあるからこそ、いい音が出る。
仕事も同じなのだろう。
そして重要なのは、単に仕事量が多いか少ないかだけではない。
自分でその負荷を調整できるか。
仕事の優先順位を決めたり、進め方を工夫したり、人に任せたりできる。
つまり「裁量権」があることが重要になってくる。
では、どんな仕事が幸福につながるのか
「7つの大罪」で、仕事選びにありがちな基準を一度疑った後、本書が示すのが「仕事の幸福度を決める7つの徳目」。
・自由――その仕事に裁量権はあるか
・達成――前に進んでいる感覚を得られるか
・焦点――自分のモチベーションタイプに合っているか
・明確――やるべきことや評価基準が明確か
・多様――仕事にバリエーションがあるか
・仲間――助けてくれる人が職場にいるか
・貢献――自分の仕事が誰かの役に立っていると感じられるか
この7つを見ていると、「何の仕事をするか」以上に、「どんな状態で働けるか」が重要なのだと分かる。
「自由」「達成」「貢献」が特に気になった
7つの中でも、自分が特に気になったのは「自由」「達成」「貢献」だった。
自由とは、好き勝手に働くことではない。
仕事の進め方や優先順位などについて、自分で判断できる余地があること。
責任が増えれば仕事量も増える。
それでも、自分で仕事をコントロールできる範囲が広がれば、同じ忙しさでも感じ方は違ってくる。
「達成」についても興味深かった。
人間のモチベーションは、大きな成功だけではなく、
「少し前に進んだ」
という感覚によっても高まる。
これは仕事を任せる側としても重要だと思う。
部下に仕事を依頼して終わりではなく、
「あなたがやった仕事によって、こう変わった」
というところまで返す。
それだけでも、その仕事の意味や達成感は変わってくるはずだ。
そして「貢献」。
自分の仕事が最終的に誰の役に立ったのかが見える仕事ほど、やりがいを感じやすい。
これも、自分自身の現在の仕事について改めて考えてみたいと思った。
幸福を増やす前に「悪」を取り除く
一方で、良い条件を増やすだけでは十分ではない。
本書では、仕事の幸福を大きく損なう要素を取り除くことの重要性も指摘している。
長時間労働。
不規則な勤務。
仕事とプライベートの境界がなくなること。
長時間の通勤。
仕事内容や指示が曖昧なこと。
そして、失敗したり質問したりすると馬鹿にされるような、心理的安全性の低い職場。
人間は良い出来事よりも悪い出来事の影響を強く受けやすい。
だから、
「もっとやりがいを増やそう」
と考える前に、
「自分の仕事の幸福を壊しているものは何だろう」
と考えることも必要になる。
それでも、人間の「バグ」は判断を歪める
ここまで条件を整理しても、まだ問題が残る。
判断するのは、バイアスを持った自分自身だからだ。
自分が信じたい情報ばかり集めてしまう「確証バイアス」。
最初に見た数字などに判断が引っ張られる「アンカリング」。
同じ情報を何度も聞くと本当のように感じる「真実性の錯覚」。
一つの要素に注目すると、それが実際以上に重要だと思ってしまう「フォーカシング効果」。
すでに時間やお金を使ったために、間違った選択から撤退できなくなる「サンクコスト」。
さらに、自分にとって気持ちのいい情報を信じたくなる感情のバイアス。
これだけの「バグ」があるのだから、
「自分の直感を信じればいい」
では、なかなかうまくいかない。
バグをなくすのではなく「バグがある前提」で考える
ここで本書のさまざまな意思決定法がつながってきた。
目的は、バイアスを完全になくすことではない。
そもそも人間である以上、それは難しい。
そうではなく、
「自分の判断はどこかで歪む」
という前提で、歪みに気づくための仕組みを用意する。
例えば、二択だけで考えず、第三、第四の選択肢を作る。
プロコン分析やマトリックス分析、ヒエラルキー分析を使って、自分が何を重視しているのかを可視化する。
感覚だけで決めず、あらかじめ意思決定の手順を決めておく。
自分の判断力を鍛えるというより、
「自分の判断力を過信しない仕組みを作る」。
この考え方は、仕事選びに限らず使えそうだ。
10分後、10か月後、10年後の自分はどう思うか
バイアスから距離を取る方法の一つが「10・10・10テスト」。
何かを決めるとき、
「この選択をしたら10分後にどう感じるか」
「10か月後はどう感じるか」
「10年後はどう感じるか」
と考えてみる。
目の前の感情だけで判断せず、時間軸を動かして自分を見る。
大きな意思決定をするときには、かなり使えそうだ。
「3年後、この選択は大失敗していた」と考える
もう一つ面白かったのが「プレモータム」。
意思決定をする前に、
「3年後、この選択は完全に失敗していた」
と仮定する。
そして、
「なぜ失敗したのか?」
を考える。
転職であれば、
思ったより裁量がなかった。
上司と合わなかった。
通勤が負担になった。
家族との時間が減った。
給料は増えたけれど、仕事に意味を感じられなかった。
など。
成功する理由ばかり探すのではなく、あえて「失敗する理由」を先に考える。
そうすれば、今の自分が見落としているリスクに気づきやすくなる。
「自分」を他人として見てみる
さらに面白かったのが、自分の意思決定を3人称で記録する方法だった。
例えば、
「私はAという判断をした」
ではなく、
「彼は今日、Aという判断をした」
と書いてみる。
そのうえで、
何を決めたのか。
なぜそう決めたのか。
どんな情報を使ったのか。
どんな結果を期待しているのか。
その判断についてどんな感情を持ったのか。
を記録する。
こうすると、自分の問題から少し距離を取ることができる。
さらに記録を続ければ、
「自分はネットの口コミを必要以上に信用する」
「数字を見ると他の条件を軽視する」
「最初に気に入った案を正当化する情報ばかり探している」
といった、自分自身の意思決定の癖も見えてくる。
「自己分析」というと、自分の内面をひたすら考えるイメージがある。
しかし、自分が過去に実際にどう判断したのかという「行動の記録」から自分を分析する方が、意外と自分を正確に理解できるのかもしれない。
自分のことは、他人の方が分かっていることもある
本書では、本人による自己評価よりも、友人などによる評価の方が、その人について正確に判断できる場合があるという研究も紹介されていた。
これも面白かった。
「自分のことは自分が一番分かっている」
と思いがちだが、それ自体が怪しい。
だから仕事選びでも、一人で考え続けるのではなく、他人から自分がどう見えているのかを聞く。
その際には、
「自分ってどんな仕事に向いていると思う?」
と漠然と聞くのではなく、
「自分は新しいことに挑戦する方だと思う?」
「細かなミスに気づく方だと思う?」
といった、具体的な質問をする。
自分を客観視するための仕組みとして使えそうだ。
転職する前に「今の仕事」を変えられないか
そして今回、最も実際にやってみたいと思ったのが「ジョブ・クラフティング」だった。
今の職場に大きな不満はない。
でも、
「このままでいいのだろうか」
と思うことはある。
そんなとき、すぐに別の仕事を探すのではなく、
「今の仕事を、自分にとってもっと意味のある仕事に作り変えられないか」
と考える。
「石を積んでいる」のか、「大聖堂を造っている」のか
ジョブ・クラフティングを象徴する話として、大聖堂建築の話が紹介されていた。
同じ作業をしていても、
「石を積んでいる」
と考える人と、
「美しい大聖堂を造っている」
と考える人がいる。
作業そのものは同じでも、その仕事をどう捉えているかはまったく違う。
日々の仕事も同じなのだと思う。
自分の1日の仕事を「スケッチ」してみる
ジョブ・クラフティングでは、まず現在の仕事をブロックに分けて書き出す。
時間とエネルギーをたくさん使っている仕事は大きなブロックにする。
少ししか使っていない仕事は小さくする。
そして、仕事全体を100%として、自分が何にどのくらい時間とエネルギーを使っているのかを見る。
これは、自分でもぜひやってみたい。
自分は1日の仕事の中で、何に一番力を使っているのか。
その仕事は、組織にどんな貢献をもたらしているのか。
そして、一つひとつの仕事を積み重ねた先に、自分は最終的に何を実現しようとしているのか。
普段は目の前の仕事を処理することに追われてしまい、こうしたことを改めて考える機会は意外と少ない。
「課題」「関係性」「認知」を変える
ジョブ・クラフティングでは、現在の仕事を大きく3方向から見直していく。
「課題クラフティング」は、今やっている仕事の内容や責任の範囲を捉え直すこと。
「関係性クラフティング」は、同僚、上司、部下、クライアントなど、仕事を通じた人との関係を見直すこと。
「認知クラフティング」は、「自分は何のためにこの仕事をしているのか」という仕事そのものの見方を変えること。
そして最後には、
「次の1週間で何をするか」
「次の1か月で何をするか」
「誰に協力してもらうか」
「どんな障害が起こりそうか」
「その障害をどう乗り越えるか」
までアクションプランに落とし込む。
単に「今の仕事を好きになろう」という精神論ではなく、かなり実践的な方法だった。
「適職」は見つけるものではなく、作っていくものなのかもしれない
本書を読む前は、「適職」という言葉から、
「自分にぴったり合う仕事が、どこかに存在している」
というイメージを持っていた。
しかし、読み終えた今は少し違う。
好きなことだから適職とは限らない。
給料が高いから幸せとも限らない。
性格診断で向いていると言われた仕事が、自分を幸せにしてくれるとも限らない。
それよりも、
どのくらい裁量があるのか。
前に進んでいる実感を持てるか。
仕事の目的や評価基準は明確か。
いろいろな能力を使えるか。
一緒に働く仲間はいるか。
自分の仕事が誰かの役に立っていると感じられるか。
そうした「働き方の条件」を考えた方がいい。
そして、今の仕事に大きな問題がないのであれば、その仕事を自分に合う形へ少しずつ作り変えることもできる。
キャリアは計画しすぎなくてもいい
最後にもう一つ、印象に残った考え方がある。
人生は予測できない出来事の連続なので、キャリアを何十年先まで細かく決めすぎる必要はないということ。
大きな方向性を決めたら、その後に起きる偶然や思いがけない出来事に対応しながら、その都度判断していけばいい。
これは、自分にはとてもしっくりきた。
完璧なキャリアプランを作るのでもない。
どこかにある「本当の適職」を追い続けるのでもない。
目の前に選択肢が現れたときには、できるだけ丁寧に考える。
自分の直感を過信せず、データを見る。
自分の脳には「バグ」があることを忘れない。
自分に都合のいい情報ばかり集めていないか疑う。
第三者の意見も聞く。
失敗した未来も想像する。
そして、転職する前に今の仕事を変えられないかも考えてみる。
そこまでやったら、未来を完全にコントロールしようとはしない。
「人事を尽くして天命を待つ」。
仕事やキャリアとの付き合い方は、結局このくらいがちょうどいいのかもしれない。
読み終えて、まずやってみたいこと
今すぐ転職するつもりはない。
だからこそ、まずはジョブ・クラフティングの「ビフォー・スケッチ」を一度やってみたいと思う。
自分は1日の仕事の中で、何に時間とエネルギーを使っているのか。
その仕事は誰の役に立っているのか。
組織にどんな変化をもたらしているのか。
そして、その仕事の積み重ねは、自分が仕事を通じて実現したい大きな目的につながっているのか。
さらに、子どもの頃に建築士になりたかった自分のように、「好き」と「向いている」を混同しているものが、今の自分にもないだろうか。
自分自身のことだからこそ、自分だけでは分からない。
しかも、その判断をする自分の脳には、さまざまな「バグ」がある。
そう考えると、「適職を見つける」というより、
「自分が幸せに働ける条件を知り、今の仕事をその方向へ少しずつ作り変えていく」
という方が、自分にはしっくりくる。
この本をきっかけに、一度、自分の仕事を分解して、自分にとっての「適職」とは何なのかを改めて振り返ってみようと思う。