森 鴎外「うたかたの記」現代語意訳版 018 | 鴎外作品(現代語訳)

森 鴎外「うたかたの記」現代語意訳版 018

「何から話そうかしら。ここの学校でモデルをするときも、ハンスルという名前で通したけれど、本名ではないわ。父はスタインバッハといって、今の国王に評価されて、一時的にも名前の売れた画家をしていました。私が12歳の時、王宮のウインターガーデンで夜会があり、両親が招待されたの。宴闌(えんたけなわ)という時に、国王が見当たらなくなり、みんな驚き、移植した熱帯樹が茂るガラス屋根の下、探し回ったわ。タンダルヂニスが彫ったファウストと少女の有名な石造があり、父がそのあたりに来たとき、「助けて、助けて」という叫び声を聞いたの。声のする方に向かって走り、金色の丸天井の小さな小屋の戸口に近寄った。すると棕櫚(しゅろ)の葉陰からガス灯の光が、五色で描かれた窓ガラスを通して、薄暗く妖しげな影をつくりだすその部屋で、一人の女が逃げようとし、それを引きとどめようとしていた王がいた。その女の顔が見えたときの、父の心はどんなだったでしょう。


ウインターガーデン:
冬でも植物が育成されている屋外のあるいは温室の中の庭